169.じゅうごのひとびと。
迷宮内、増設少学舎。
「どうだ?
書けそううか?」
「ナビズ族経由で続々と情報が入ってきますので、予想していたよりもやりやすいようです」
「で、これが草稿の第一号、か……。
うむ。
思ったよりは、悪くはないな。
よかろう。
これを、印刷に回してくれ」
「では?」
「ああ。
この号外が、栄えある迷宮日報の第一号となる。
印刷が終わったら即座に迷宮の入り口ででも配らせろ。
初回だし、宣伝の意味も含めて無料で配布してよい。
まずは、新聞というものがどういうものであるのか、不特定多数に対し具体的に見せるのが先決だ」
迷宮内、男性用宿舎。
「……ぐう……」
「こんな騒がしい中、よく寝ていられるよな、こいつも」
「いや、百時間も連続で説教食らったあとだぞ。
おれだって……ふぁ……いい加減、眠いところなんだが……」
「おれは……腹が減ったな。
胃が縮んでいるから、しばらくは粥にしておいた方が無難って……なんだそら?」
「……あー、なんか、目がさめちまったな。
しかし……なんでこんなに騒がしいんだ?」
「しるか。
なにせ、おれたちはこっちの言葉ひとつ、わからんからな。
どこかの誰かがご親切に解説してくれるわけでもなし……」
「瀕死の状態でかつぎ込まれた難民だもんな、おれたち」
「しかも、糞まみれで」
「いうな!」
「あー……なんだって、こんな古代人たちに厄介者扱いをされなけりゃならないのか……」
「ドラゴンがあんなに強いとは思わなかったからな。
てっきり、でっかいトカゲだとばかり……」
「考えてみれば、そのでっかいトカゲが相手だったとしたら、すぐに狩り尽くされて絶滅しているよな、ドラゴン」
「ローンにローンを重ねて揃えた最近の装備が、まるで役に立たなかった……」
「そのローンも、向こうの世界に置き去りしたままだ。
もはや返すことも出来ないんだから、悔やむ必要もない」
「こんな原始的な場所への島流しと引き替えでは、借金の棒引きもあまり嬉しくないな。
みろよ、このベッド。
ごつごつしたシーツの下に敷いているのは、麦藁だ」
「……まだ、銃くらいは残っているよな」
「まあな。装甲車に何丁か。
でも……それでどうするつもりだよ」
「ここの要人を人質にでもするってのはどうだ?
みたところ、刀剣や槍で武装するのがせいぜいの文明レベルなようだし……」
「で、そうやって人質を取って……いったいどういう要求をつきつけようってんだよ。
少なくともここの連中は、おれたちを監禁したりはしてないんだぞ。
一時的に優位に立てたとしても、それ以降はどうにも動きようがなくなるさ」
「……う、うむ。
いわれてみれば……」
「ま、今は体を休めよう。
今後のことは、もっと体調を戻してからじっくりと考えればいいさ。
どうせ……逃げ場もないんだ」
迷宮内、某所。
「……いわれてみれば……虫っぽいかなあ、こいつら」
「ああ。
体表のこれは、革鎧でも着込んでいるのかと思ったら……どうやら、こいつら自身の皮膚のようだし……」
「外骨格ってやつだな。
で、中はどろどろの液体……二本足で歩いているって以外は、まるっきり、虫のようだ」
「で……中には、背中に薄い羽が生えていて、飛ぶのもいると……」
「こいつらだけが相手だったら、普通の冒険者だけでもどうとでも対処可能だな。
問題は……」
「あの、巨大な芋虫か」
「ああ。
魔法をすべて無効化するってのが、思ったよりも厄介だ」
「あの巨体を人力だけで壊すのはなあ。
火炎瓶と発破で……という対処法を考えたやつは、頭がいい」
「あ。それ、ぼっち王の指示らしいな。
昨日、追い返されてきたパーティから知らされた情報だけで、その場でぱっと用意させたらしい」
「またあいつか」
「なんだかんだで、節目節目で無視できない活躍しているんだよな、あいつ……」
「この場にいないってことは……今頃、なにをしているんだろ?」
迷宮内、臨時修練所。
「ほう……では、もう研修生を受けつけたい、と……」
「おう。
これ以上、下手に考え込んでいても埒があかねえ。
こっちも、迷宮内での実習はそこそこ息が合うようになってきた。
これ以上は、実践だろ実践。
実際にあれこれやりながら、よりよい方法を考えていけばいいさ」
「ま、そういうんなら止めはしないがね。
それは、パーティの構成員全員の合意があっての決定なんだな?
ん。
じゃあ、事務員さん。
最初の百名様を案内して、こいつらも新しい修練所に案内して……」
「許可してくれるのか?
有り難い! 感謝するぜ、ぼっち王!」
「勘違いするなよ。
お前らの自主的な判断に委ねているだけだ。
失敗しても成功しても、そいつはお前たちの責任。自分の言動の尻拭いをするのは常に自分、自己責任は冒険者の常だろう。
おれは、なにかを許可をしたり却下したりする立場にはいない。
でも、まあ……どこかで煮詰まったら気軽になんでも相談しに来いや」
「お、おう」
「それから、事務員さんたちは常につき従ってお前たちの言動を記録しているからな。
体罰その他、不祥事を起こしたら即座にギルドに報せがいくことになっている。
くれぐれも、慎重にいけ」
「わかってる!」
「なんだかんだで、やつらもおぬしのペースにはまってきておるようだの」
「特別、たいしたこともやっていないんですけれどね。
やつらの方はともかく、事務員さんたちの処理能力が追いつくかどうかが目下の心配事です。
ここだけでも、短期間にかなりの量の記録が溜まるようになっているから……」
「その点は、ご心配なく。
連日の残業のおかげで、増員も含めて、急速に仕事に慣れてきていますので……」
「ああ、すまないね。
毎日毎日、こんなに大量の書類をまかせて……」
「いえ、働いた分、お金になりますので。
それに、交代で休憩したりして、どうにかやりくりしています。
それよりもこれ、さっきメッセンジャーの子が持ってきたんですが……」
「……号外? 迷宮日報、か……。
この前、王子がいってたやつかな?
これ、一部もらっていいの?」
「どうぞ。
こんな、束で持ってきましたから」
「あ、そ。
……うーん。これが、新聞ってやつか……はじめてにしては、要領よくまとめているじゃないか……」
「どれどれ。
シナクよ。こちらにもみせてみよ」
「あ、どうぞ。リンナさん」
「準大量発生案件、か……。
なんでこんなときに限って拙者は……」
「リンナさん。
ギルドに提出する報告書は?」
「……あと少し。あと少しで完成する」
しゅん。
「……新聞、ですか?」
「あ、猫耳のお嬢さんか。
読む?」
「いいんですか?」
「ああ。もう、一通り目を通したし……」
「どうでした?」
「ナビズ族経由で知らされた情報ばかりだったな。
よくまとめてあるけど、おれとしては、新鮮味がなかった」
「……なるほどぉ。
へぇー。
今、迷宮ではこんなことが……」
「で、そっちはどんな塩梅ですか? お嬢さん」
「どう……っていわれましても。
とりあえず、あの魔女さんにいわれた……出来るだけ多くの人に自分の存在を印象づける、でしたっけ?
それを、やらせていただいてます」
「いただいてます、か。
そっちも、なんだか妙なことになっているよなあ。
なんだよ、賞金って……自分で懸けて身内で取るんなら、自作自演もいいところじゃないか……。
そんなことをするんなら、素直にあの全裸が大金を直接手渡した方が、よっぽど手っ取り早いだろうに……」
「……いわれてみれば、そうですね」