161.まわるみすりる。
「……はなしが見えないんだが……」
「あそこの猫耳だがな。
若干の仕込みは必要だが、あれをギルドに連れて行けばそれだけの懸賞金が貰える。
存在が不確定な猫へかけた懸賞金とギニオスとかいう商人が行方不明中の娘を捜索するために懸けた賞金の二十取りだ。ウハウハだ」
「そうか。ウハウハか……って、待て。
猫と猫耳が同一の存在だと、どうやって納得させるんだよ!」
「だから、そこで若干の仕込みが必要となる。
まず、そこの猫耳!」
「はい!」
「自分の意志で転移するのに慣れるための練習も兼ねて、これから数日をかけて迷宮のあちこちに出没して、なるべく多くの者に目撃されるようにしろ。その際、絶対誰にも捕まるな。
この猫耳とは、あちこちに現れたり消えたりする存在である……ということを印象づけることが目的だ」
「は……はぁ。
あの……」
「質問はもう少し説明を聞いてからにしろ。
それと前後して、わたしが賞金を懸けた猫探しクエストの内容を微妙に修正する。
純粋な猫から、その猫は猫耳をつけたギニオスの娘という形態を取っている可能性もある、と。
そのどちらをギルドに連れて行っても賞金は支払うものにする、と。
これはまあ、事実を追認するだけのことなのだが、同時進行で多数の目撃者を作っておくのが重要なわけだ」
「あー……それって、いってみれば、出来レースのような……」
「人聞きの悪いことをいうなよ。
クエストを発注したこのわたしがクエストの内実を現実により近い形に修正しただけだ。誰にはばかることもなかろう。
第一、誰に迷惑がかかるというのだ?」
「えっと……かからない……かな?
強いていえば、クエストを発注した全裸が……」
「そのわたしがいいといっているのだ」
「……それでいいような……納得がいかないような……」
「一番つまらないのは、な。
ここでわたし自身がこの猫耳を確保してギルドからクエストを取り下げることだな。
これだと、多少の違約金はギルドに取られるが経済的な損失は一番少ない」
「確かに」
「だが……こうして逃げもしない猫耳を捕まえるというのも、ひどく面白味がないのだ。
とことん逃げまどってくれれば、まだしも追いかけ甲斐があるというのに……」
「最後の一行が本音か」
「とにかく、存在が不確定な猫とギニオスの娘が同一の存在であると世間一般が認知してきた頃合いで、この猫耳本人がギルドに出頭して、わたしが懸けたのとギニオスが懸けたの、二種類の賞金をがっぽりといただく。
で、それをお前らの試射場だかセーフハウスだかの初期費用に充てる。
お前らにしてみれば金に糸目をつけずに事業の準備を行える、この猫耳にしてみればこの迷宮内に自分の居場所を確保することが出来る。
どちらにとっても、いいことづくめではないか」
「ええっと……あー……。
いい……のかな? これ」
「……わたしに聞かれましてもぉ……」
「いや、でも……確かに、お金はありすぎても困るってことはないし……設備費とは別に人件費とか、これからいくらでも持ち出しがあるわけで……」
「術式が完成して正式に売り出すまでは、まとまった入金のあてもないしな」
「ティリ様のご意見は?」
「ふふん。
強いていえば、わらわたちの出資が減る分、口を出しにくくなるのが難点ではあるが……金子が大いに越したことはないというのは動かしがたい事実であろう。
よきにはからえ」
「ってことは……反対意見はないのか?
あとは……あー。
そうだな。おれの方から、一つだけ。
家出人の捜索願とか、本人出頭でも賞金降りるのかな?」
「問題があるようだったら、お前さんなり他の誰かなりがつき添ってギルドにいって、賞金を受け取ればよい。
ギニオスとかいう商人に対しては、この猫耳本人がなんらかの方法で連絡を取りさえすれば、細かい文句はいわないだろう。いや、文句はいうかもしれないが、少なくとも納得はするだろう」
「……そんで……その賞金を、こっちの事業に回す、と……。
うーん……なんか、どっかでズルしているようで納得がいかねー……」
「ズルといえば、この猫耳の人がこの場に平然と居る時点でズルではあるんですけどね」
「それはいいんですけどぉ……ミスリルのインゴット十本分って金額がちょっと、多すぎるかなぁ、って……」
「ああ、そうだ。
そこは、おれも感じていたぞククリル。
かなり多めに見積もったとしても、おれたちの事業に必要な金額はその三分の一もあれば十分だ」
「ふふん。
ならば、残りはもっと切実に金子を欲しているところにでも貸し出せばよかろう」
「ティリ様。
その……もっと切実に金子を欲しているところ、とは?」
「決まっておろう。
あのたわけ王子の、少学舎よ。
あちらでは今、金子はいくらあっても足りない有様であろう。
ついさっき、あの王子もいっておったであろう。
教育にはとかく金子が必要、しかしそれを回収するにはかなり長い時間を見ねばならないと……」
「あ、あ……確かに、そんなようなことを……」
「やるのではない。貸すのであるぞ。
低金利での長期貸しつけじゃ」
「ティリ様ぁ。
そうすることでぇ、わたしたちが得るメリットはぁ?」
「うむ。
名分を得ることが出来るな。
わらわたちの事業は、教育事業に賛同し資金を提供していますと……」
「なるほどぉ」
「もとはといえば、この全裸と猫耳父の商人さんの金なんだけどな」
「細かいことは気にするな。金は天下のまわりものとかいうだろう。
だいたい、大元をいうのなら、だな、お前さんがこのわたしに治療費として差し出したミスリルだぞ、あれは」
「……ええ!
そうなの?」
「本当、回りまくっているわねぇ」
迷宮内、試射場予定地。
「……で、ここが、先ほどはなしたおれたちの試射場になるわけだけど……」
「……へぇー。
ずいぶんと、広いですね」
「広いだけで、まだまだなにもないけどねぇ」
「その耳ですから、宿舎に寝泊まりするわけにもいかないでしょう。
それともまた、いつものようにどこかに消えますか?」
「いえいえ。
ああいう霞がかった生活は一度体験すれば十分でございます。
おほほ。
たまには、というかこれからは、もう少し寝たり食べたり、人間らしい生活をしてみたいかなぁ、って……」
「泊まるといっても、まともな寝台もないので毛布にくるまってここのベンチにゴロ寝、みたいな感じになります。
この石窯で薪を焚きながら眠りますので、寒さはしのげるかと思いますが、お世辞にも快適とはいいがたく……」
「素敵!
アウトドアみたいですね!
そういうのわたくし、一度体験してみたかったんです!」
「素敵! って……ああ。
なんだか調子狂うな、この娘さんは……」
「これがお嬢様というものか」
「したり顔でうなずいているんじゃねー、マルサス!」
「そうはいうがな、ハイネス。
かのギリオス商会のご令嬢といえば、おれたち王国の小貴族など束になっても適わないぐらいのお大尽だぞ」
「いわれなくってもわかってるわっ!」
「でもぉ、本当にいいんですかぁ、お嬢様ぁ。
こんな、あの魔女さんがいうとおりにほいほいついて来ちゃって……」
「構いませんよぉ。
なんだかみなさん、面白そうな方たちばかりだし……」
「確かに、面白いやつが揃っているな」
「マルサス!」
「……それに、わたくしでしたら、いざとなればいつでも消えて逃げられますしぃ……」
「……それもそうですわねぇ」
『……それで、なんでおれまでここに引っ張り込まれているのだ?』
『さっきの説明、まだ済んでいないでしょう?
なんであの猫耳がここにいるのか、納得がいくまで説明してよ!』
『すまぬ、ゼグス。
あとで術式の試射をやらせてやるから、しばらくこいつらにつき合ってやってくれ』
『……いいけどな』