32.ひとくちにぼうけんしゃといってもろいろなたいぷがいる。
「おやまあ、シナクちゃんじゃないかい。ずいぶんとご無沙汰だったねえ。あらあら。その格好はいったいどうしたわけだい? とってもかわいらしくって怖いくらいに似合いすぎなんだけど……シナクちゃん、そういう趣味あったの?」
「ねーよ。
ってか、おかみさん、珍しいな。あんたがたがこんな時間に迷宮の外にでてくるのって。
なんか、突発的なことにでもぶちあたったのか?」
「そうそう。それなんだよシナクちゃん。ちょいと聞いておくれ。ついいましがたね。うちら迷宮の中で見つけちゃったんだよ」
「なにを?」
「いやね。
階段」
「……階段?
あの、昇ったり降りたりする?」
「そう。その階段。
どうやらあの迷宮……別フロアがあるらしいわねえ。今、うちの子たちがギルドに詳しいことを報告しにいったところなんだけど……」
「それ……別フロアには、もう足を踏み入れたのか?」
「やだねえ。ダウドロ一家は、そんな無謀なことはしやしないよ。今のフロアも攻略しきっていないのに、なにが出てくるかわからない別フロアにいきなり入ったりはしやしないよー。そこいらの素人じゃあるまいしー」
「だよなあ……。
あんたんところは、十分に慎重だもんな」
「そうだよ、シナクちゃん。うちの一家はだてにあんたと賞金額を争っちゃいないからね。
とはいっても、うちは一家全員でシナクちゃんのソロ活動に負けているんだけどねー」
「それはいいとして……おおーい、ルリーカ。
迷宮って……階段とか、そういうのアリなわけ? 過去の例からみて」
「過去の記録をみる限り、階段や昇降機、あるいは門など、あきらかに人造物とみられる施設が発見される例は少なくはない。その際、別フロアにはそれまでとはまったく異なる環境が出現されることが多い」
「そういうもんなのかー。
その、まったく異なる環境ってのは……具体的にいうと、どんなもんなんだ?」
「その手の人造物をくぐると、いきなり密林とか氷原とか砂漠とかが広がっていたりする。一説によると別の世界に転移させられているというし、別の説では、仮想的に再現したいつわりの空間であるともいわれているが、詳細は不明」
「例によって、空間なんたら魔法か」
「おそらく、空間なんたら魔法。
その詳細は不明ではあるものの、その術式をなすために必要な魔力の源泉については有力な仮説が提出されている」
「なんだい、そりゃ?」
「おそらく……迷宮ないしは迷宮の設計者は、高価な素材となりうるモンスターを内部に放つことによって多人数の人間を誘致し、人間とモンスターを迷宮内部で戦わせ、殺し合わせることによって、迷宮造営に必要な魔力を迷宮内部の生体から取り出している。迷宮内で倒れた生命体が一定数に達するごとに別フロアが出現することを、過去の記録が裏付けている。事実、迷宮内部の魔力分布は、自然状態の他の地域よりもよほど濃い」
「なんとまあ……実際、一攫千金を狙って素人さんまで扱ってきているからなあ、この迷宮にも……。
巧妙といえば、いえるか」
「そうそう、シナクちゃん。そういえば迷宮内でも知らない顔とずいぶん出会ったんだけど、うちらが潜っている間になんかあったのかい?」
「そういや、ダウドロ一家は、今回は何日前から潜っていたんですか?」
「そうねえ。ええっと……今日で四日目、だったかねえ……」
「じゃあ知らないか。
ここ二、三日のあいだに、近隣から迷宮の噂を聞きつけて威勢のいい若い衆が多数、集まってきましてね。ギルドの方にとっっても人ではある方がいいから、最初に最低限の講習を受けさせることを条件にしてどんどん冒険者として受け入れはじめたところです。
おかみさんところの若いのがギルドにいったのなら、そっちでも詳しい説明を受けている頃かと思いますが……」
「なるほどねえ。そりゃ、そうだよねえ。ロストする一方じゃあ、ジリ貧になるばっかりだし、迷宮攻略のあてはぜんぜんないし……ここいらで長期戦を覚悟するのは、当然だよねえ」
「あー、シナクにーちゃん!」
「ルリーカちゃんだー!」
「バッカスのおっさんも!」
「なんだ、みんな変な格好してるなー!」
「あらあら。うちの子たちが帰ってきたようだねー」
「あっ、シナクさん。
今、聞きました? 迷宮内部に階段が……」
「今、ダウドロのおかみさんに聞いたところです」
「ねーねー、シナクにーちゃん! 今日はなんでこんな服着ているのー」
「あー、もう。
バッカスの嫁さん、剣聖様に着ることを強いられているんだよ!
今、ギリスさんとはなしているいるところだから、ちょっと静かにしていてくれなー」
「ルリーカちゃん、これ似合うちょー似合うー。
わたしもちょー着てみたいー」
「これは剣聖様からの借り物」
「そっかぁー。
剣聖様に頼んでみたら、わたしにも貸してくれるかなー」
「わははははは。
いい子にしていたらな、おれからも頼んでやるから、ちょっとうちの子たちを連れて向こうで遊んで来てくれ」
「バッカスのおじさん、それ本当? 絶対だからね!」
「ほらほら。今日はもう仕事はないから、みんなで剣聖様の子を連れておとなしく遊んでおいで」
「ルリーカも一緒にいってこい。たまの休みだ。同年輩の子たちと遊んでも罰は当たらないだろう」
「「「はーい!」」」
「ごめんねー、うちの子たち、騒がしくて……。
で、ギリクさん、地図はもう見てもらえたかねー……」
「あっ。はい」
「途中、そんな手強いのにも遭遇しなかったんで……とりあえず、人夫さんたちにも階段までの通路を確保するようにことづけてきたんだけど、それでよかったかしら?」
「はい。それで結構です」
「さっきルリーカちゃんに聞いたんだけど、あの手の施設をくぐると環境とかがガラリと変わるそうだから、しばらくは様子見で放置しておいた方がいいのかねー……」
「そうですね。環境だけではなく、向こうにどんなモンスターがいるのか確認できていない以上、まず最初は、うちのギルドから選りすぐりの攻撃力を持つ方を集めて、様子をみた方がいいかも知れません」
「その方が安全だねー。
うちのギルドには、ルリーカちゃんやコニスちゃん、レニーくんみたいなレアスキル、レアアイテム持ちがいるからねー。
うちらのような用心深いのだけがとりえの凡人は、探索に専念してた方が効率いいよねー。まだまだ、足を踏み入れていない場所も残っていることだし……」
「ええ。引き続き、それでお願いします。
それとは別件で、ダウドロさんにはお願いしたいことがあるのですが……」
「ええ?
新入りさんたちへの講習?」
「そうです。ギルドとしても、これ以上、ロスト率を大きくしたくないので……それで、ダウドロさんたちには、チーム編成でいく場合の役割分担のしかたとか迷宮内部についての実際的な知恵を伝えていただきたく……」
「なーなー、抱き枕。
あの人たちも、冒険者なのか? そこいらのおばはんと子どもたちにしかみえないが……」
「ダウドロ一家といってな、立派な冒険者だよ。家族でパーティー組んでいて、一度迷宮に入ると何日か潜りっぱなしだからおれも数えるほどしか顔あわせていないけど……変人が多い冒険者の中では、比較的まともな人たちだ」
「わははははは。
彼らは、何代も前からこの山で働いている。鉱山の中については知り尽くしている」