158.じぎょうけいかく。
迷宮内、羊蹄亭支店。
「それでこれが、例の見積もりってやつか……」
「色々あって、最初の予定よりもだいぶん膨らんでしまって恐縮なんですが……」
「そうなのか?
おれ、この手のものの相場ってのが、まるで予測がつかないんだけど……」
「どれ、シナクよ。
わらわにも見せてみよ。
……ふふん。
まあ、予測の範囲内ではあろうな。
造営の規模からしてみても、これくらいの金額が妥当であろう」
「ティリ様がそうおっしゃるんなら、妥当なんだろうな。
で、これ、一括払いでいいのか?
これくらいの金額なら、今、ギルドの口座にあると思うけど……」
「待て待て!
シナクよ、慌てるな!
こういうのはな、最初の取り決めが肝要じゃ」
「取り決め、ですか?」
「誰がどれほどの比率で出資して、将来どれほどの利益を受け取るのかしかと話し合い、納得した上で公式に書面にまとめ、そこではじめて具体的に金が動く。
そうでもしておかないと、後に禍根を残す。
今回の件でいえば、狙撃銃術式の開発と試射場の運営、それに合宿所を含む周辺設備の維持と運営、わらわらのセーフハウス造営……と、大まかに分けて四種類の事業を同時に行っておる。
これをごっちゃにしたままでは混乱するばかりであろう」
「ああ……なるほど。
いわれてみれば……」
「とりあえず、その四つのうちの最初のやつ、術式開発についてはおれたちのパーティの自己資金だけでなんとか調達出来そうです」
「ならば、それでよい。
販売に関してもおぬしらに任せても問題はないんか?
だとすれば、狙撃銃術式の販売利権はすべて、おぬしらが握ることになるが……」
「資金にもまだまだ余裕があるので、なんとか」
「それと、二番目の試射場運営も、わたしたちでやりますわぁ。
もともと、あの場所を借りたのはわたしたちですしぃ……」
「ふむ。
それもまた、よい。
で、残る二つであるが……」
「最後のセーフハウスの分ってのは、言い出したおれたちが金を出すべきだろう。
といっても……この図面をみると、結局、合宿所と一つの建物になっちまったみたいだから……」
「それこそ、資金を出す比率を話し合う必要があろうの。
三番目の合宿所の維持、運営にかかる費用と合わせて……」
「そうすると……合宿所関連と試射場関連の経営は、完全に分けた方がいいですか?」
「試射場をおぬしらだけで経営するというのであれば、そうした方が無難であろうな。
どちらにしても、恒常的に運営するつもりであれば、少なからぬ人を雇わねばならん。
それらの差配についても、おいおい考えておけよ」
「はあ……それはもう、重々自覚するところですが……。
ティリ様でもぼっち王先輩でも、誰かあて、ありませんかね?」
「わらわは、そもそもこちらには知人が少ないのでな」
「おれだって、知っているやつっていったら、せいぜいギルドとか冒険者の関係者くらいだからな。
あー……強いていえば、ここのマスターくらいかな?
その手の相談が出来そうなのって……」
「マスターには、真っ先に相談しましたぁ」
「で、なんだって?」
「時間をくれってぇ」
「……そんなところか。
例え心当たりがあったにしても、すぐに返事が返ってくるわけでもないしな……」
「はーい」
「……イオリスさん。
どうも、お久しぶりです」
「そーねー。
このお店も使える子がだんだん育ってきたんで、わたしたちが直接店に出ることも少なくなってきましたし……」
「それで……なんで、いきなり出てきたんですか?」
「だから、お返事」
「返事?」
「心当たりだから」
「心当たり、って……あっ!
マスターの!」
「ピンポーン! 正解!
シナクくんたちが新しくお店だか宿屋だかをはじめるって聞いたから、面白そうだなぁ、って……」
「ああ、そうですね。
酒場でも茶店でも、客商売の経験がある人の方が、安心出来るっていえば出来ますけど……」
「しかも、元冒険者。
あの手の荒くれどもの扱いは、手慣れたものよぉ」
「……だ、そうだ。
どうする? お前ら」
「マスターの奥さんか」
「心強いな」
「いっそのこと全部任せたくなりますねぇ」
「マスターに、詳しい内容とか聞いてます?
といっても、現状でもあんまり細かいことは決まってないんですけど……」
「ではぁ、イオリスさんへの事業内容説明はぁ、マルサスとハイネスに任せたぁ。
わたしはぁ、こっちで資金分配とかの打ち合わせをぉ……」
「おれとしては、建築関係にかかる費用の半分以上は出していいと思うんだけど……。
これだけの金額だと、おまえらのパーティでは払いきれないだろ?」
「ええ。正直いいましてぇ、半分でもかなりきびしくぅ……」
「術式の開発や試射場にも金がかかるもんな。
いっそのこと、建築費は全部こっちで持つか?」
「いや、シナクよ。
それはよしておいた方がよい」
「そうなんですか? ティリ様」
「そうしてしまうと、こやつらが共同出資者ではなく単なる雇人になってしまう。
当座に必要な分はこちらですべて用立てるにしても、書類上ではこやつらにもいくばかの負担をさせるべきであろう。われらへの借金という形にして、後から時間をかけて無理のない範囲で返済させていけばよい」
「なるほどなあ。
主導権とか主体性の問題になってくるのか……」
「そうですわねぇ……。
術式開発と試射場はすべてこちら持ち……ということになればぁ、あとの建物に関してはぁ……」
「半分以上は、こちらが持つ。
こちらのセーフハウス兼用することを申し出たのは、こちらであるからな。
そうさな……そちらの負担分は、必要となる費用の三分の一から四分の一といったところではどうか?」
「ではぁ、三分の一でぇ」
「いいのか? そんなに負担をして。
合宿所だけでは、利が薄いと思うが?」
「そのかわり、周辺の事業で儲けますからぁ。
試射場利用者に販売する飲食物とかぁ、諸々の周辺事業もこちらの分担にしていただければぁ……」
「確かに、そちらの方が儲かりそうではあるの。
では、そういうことで事業計画書の草案を作っておくか……」
「つまり……その試射場っていうのは、実用的な狙撃銃の練習場と娯楽施設の性格を兼ね備えた施設になるわけですね?」
「そうなります」
「ですから、イオリスさんのような艶やかな方をぱーっと集めてお客を呼び寄せて、ですね……」
「ハイネス。
こんなところで人妻を口説くな」
「口説いてねーよ」
「あらあら。
でも、この計画だと……思ったよりも人手が必要となるようですけど……」
「試射場のインストラクターに飲食周り、合宿周り……確かに、数十人から下手をすると百名以上の大所帯になりそうな勢いです」
「インストラクターのあてはあるんですか?」
「そっちも、これから手配するところですね。
そもそも、肝心の狙撃銃の術式がまだ完全に完成しているわけでもないので……」
「でも、ある程度の形にはなっている?」
「それはもう。
そこまでの目途もたっていなかったら、ここまで準備を進めているわけがありません。
インストラクターも、重傷を負って引退を余儀なくされた冒険者を中心に、これから声をかけていく予定です」
「そっちかぁ……。
そっちでも悪くはないんだけど……ウェイトレレスと兼任で女の子を多く雇用するっていうのはどうかな?」
「……女の子、ですか?」
「研修所にいけばいくらでもいるでしょう。
後衛としても実力はそこそこあるけど、色々な原因でなかなか冒険者としてはデビュー出来ない子たちが。
あと、これからモンスターがもっと強くなってくれば、現役の子の中からも弾き出されて来る子が増えると思うのよね。
教えられる人にとっても、そういう子たちに手取り足取りして貰った方が嬉しいと思うけど……」