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151.がくし。

 迷宮内、魔法統括所。

「え。ごめん。

 帝国大学に雇われた旅の楽師であるが、楽器とその弾き手を所望しておるのはこちらでいいのかの?

 迷宮たらいうケッタイなところに来るのははじめてなもんで、どうにも勝手がわからん」

「そう。楽師と楽器を必要としているのはここ。

 こちらの異族たちに、リュートなどの演奏法を教えて欲しい」

「なにやら、そんなこともいうておったの。

 急ぎの用件だとかで、詳しいことを聞く余裕もなかったんだが」

「まあまあ、おじいさん。

 まずはこちらに腰掛けて、お茶でもお飲みになってねん」

「珍しい。風の民のねーちゃんがおる。

 風の民におうたのは、果たして年十年ぶりであるかのう」

「帝国大学所属のリリス。

 これでも、言語学の教授なんですけど、おじいさんのお名前を伺ってもよろしいですかねん」

「ヒフウラと申す。見ての通り、しがない旅の楽師。

 大学とは、古い民話や伝説の採取に手を貸したりなんだりするうちに、かれこれ長いつきあいになるな。

 馴染みのセンセイからたっての願いと懇願され、当地に送られた次第。

 もとより、この年まで単身でさすらう身の上。身軽で誰に気兼ねもなく即座に移動できるということで、気軽に声をかけやすかったのであろう」

「ギルド所属の魔法使い、ルリーカ。

 行きがかり上、この統括所の責任者をしている。

 こちらの異族たちは、異なる世界からやってきた。

 力ある言葉を曲に乗せて歌う、呪歌の歌い手たち。

 その呪歌を楽器の演奏とともに歌ったらどうなるのか、その影響をまず調査したい。

 そしてはかばかしい効果が認められるようなら、この異族たちに楽器を持たせて演奏させながら歌わせたい。

 検証と、その後、必要になるなら楽器の手ほどきをして貰える人を、探していた」

「そうかそうか。

 呪歌というたら、魔法の歌か? 歌うことで効果を発する?

 うんうん。

 古来、楽とは大気を振るわせることで周辺の魔を払う神事でもあった。今では神事としての楽が形骸化してすっかり効果を失っておるが、別の世界とあればそうした呪歌が残っていてもおかしくはない。

 今日は挨拶だけですませるつもりであったが、そうと聞いてこのおいぼれも俄然興味を持ってしまった。

 異なる世のお人たちよ。

 よければ、この老いぼれめに別世界の楽とやらを聞かせてはくれまいか?」

(歌を聴かせてー)(だってー)

『……よろしいのでしょうか?』

「いい。

 外に聞こえても、騒音ではないから文句を言われることもない」

『では……』


「……ふふ。

 意味は分からぬが、心地よい歌声だ。

 どれ」


 迷宮内、臨時修練所。


 カリカリカリカリ……。


「あの……シナクさん」

「はい?」

「まだ……残りますか?

 最後の一人になりましたけど……」

「……え?

 ああ。もうそんな時間か。

 もう、みんな帰った?」

「はい。

 あまり急ぐお仕事でなければ、今日はもうお終いにして、後日に回した方が……」

「ああ……そう。だね。

 別に、そんなに火急の用件ってわけでもないんだけど。

 うーん……結局、半分もいかなかったなぁ……。

 ま、いいか。

 うん。

 今日はもう終わりにして、帰ることにする。

 お疲れさま」

「あ、はい。

 お疲れさまです。お先に失礼します」

「さて……。

 帰り支度を、しましょうかね……」


 迷宮内、羊蹄亭支店。

「おや? 楽器の音。

 珍しく、にぎやかだな。

 いや、いつもも騒がしいっていえば騒がしいんだが、そいつは人のはなし声が原因だし……」

「おう、シナクか。

 今日は遅いの」

「どうも、リンナさん。

 ありゃ……頭脳種族のみなさんもおそろいで」

「粗相の始末というか拙者の不始末の始末というか、せめていらぬ苦労をかけた礼でもと思っての。

 こちらの酒にも興味があるということで、今宵は奢ることにした」

「ああ、なるほど。

 リンナさん、ときどき暴走しますからね」

「最後の一行は余計だ」

「ま、そんなことで納得して許してくれるんなら安いもんか」

「そういうことであるな。

 頭脳種族は、迷宮産のモンスター肉をトッピングしたピザがことのほかお気に召したらしい」

「そいつは結構なことで。

 で……この音は?

 いつから、旅の吟遊詩人なんて人種が出入りするようになったんですか? この迷宮」

「本日からだ。

 テオ族の魔法を解明する際、楽曲の専門家がいた方がよいと帝国がわざわざ呼び寄せたらしい。

 なんでも、あれで古くから伝わる伝承やサガを人一倍譜んじておる御仁だそうだ」

「吟遊詩人ってやつか。

 おれが知っているのは酒場を回って流しで歌っているような、乞食も同然のやつらばかりだけど……帝国の大学も、へんなところにコネがあるよな」

「なにかと誤解がつきものだからな、漂白の民には。

 おぬしの祖である風の民も端から見れば同類であろうし」

「だから、おれ、その風の民だっていう自覚もないですって。

 ……物心ついてからずっと旅暮らしをしていたことは、否定できませんけどね。

 じいさんの渋い声と、テオ族の澄んだ声、それにリュートの音が重なって、なかなか……」

「幽玄、というのであろうな。

 普段はがさつで騒がしいここの客たちが神妙な顔をして聞き入っておるのが笑えるが」

「あまり聞き覚えがない旋律ですけど、ひょっとして、この曲って……」

「ああ。

 テオ族に伝わるものであるらしい」

「え?

 じゃあ、今の魔法、かかっているんですか?」

「落ち着け。

 テオ族の歌がすべて魔法を伴うものでもないし、それに力ある言葉を伴わない限り、普通の音楽に過ぎぬ。

 現に、意味のある言葉は歌っておらぬであろう」

「……ほっ。

 いやまあ、しかし……聞いていてしんみりくる、いい曲だ」

「シナク、空けて。

 専用席」

「おお、ルリーカ。

 そっちは、どうやらうまくいっているようだな」

「今のところ、大きな問題はない。

 しかし、テオ族の魔法体系は、こちらの既知の魔法とは根本的な構造からして違うらしいので、解析と理解をするのにはかなりの時間が必要になりそう」

「……そうか。

 なんだかよくわからないが、ようするに大変ってことなんだよな?」

「そう。

 大変。

 でも、やり甲斐がある。冒険者の仕事よりは、楽しい」

「ルリーカ、もともと魔法使いだもんな」

「もしも迷宮がなかったら、ときおり舞い込んでくる仕事をこなしながら研究三昧。

 多分、そんな生活を送っていたはず」

「そっか。

 なかなか希望通りにはいかないよな、人生ってやつは」

「おお、ここにいたかシナクよ」

「ああ、ティリ様、どうも。

 あと……今夜は、大勢引き連れて。

 ええと、王子に、ハシハズ、ザールザにグレシャス姉妹、と……」

「少学舎に教官としてこやつらを推挙してな。

 ついでに、わらわも混じって少学舎のやつらをこれまでしごいてきたところだ」

「なんでもいいけど、あんまり強引にやりすぎないでくださいよ。

 現役の冒険者だって、ティリ様の相手が勤まるのなんて数えるほどしかいないんですから」

「ふふん。

 このわらわが、強引な真似をするはずがなかろう」

「「「「「「「……え?」」」」」」」

「これ。

 なぜにそこで声を揃えるのか?

 王子まで一緒になりおって」

「……みんな。

 ティリ様が迷惑をおかけしているようで……」

「そこ! なぜに詳しい事情も知らぬまま頭を下げるか、シナクよ!」

「冗談はさておき。

 少学舎は、うまくいってるの?」

「修練は、なんとかうまくいきそうです。

 今日ので、全体になんか火が着いた感触を得ました」

「修練は……ってことは、他の部分に問題があるわけだ?」

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