150.そして、めいきゅうはめぐる。
迷宮内、頭脳種族居住区。
『それで、これがギルドより貸与された資料になるわけだが……』
『これは……数字、桁を間違えてはいないか?』
『物資の量が……いや、人数もか』
『これでは町……いや、都市が丸ごと、すっぽりとこの迷宮の中に入っているようなものではないか!』
『これで……行政の専門家が不在とな?』
『よくぞ、これまでさしたる混乱も伴わずに来たものよ』
『だからか。
だからわれら、栄えある頭脳種族の助けを必要としておるのか?』
「ほらね?
その気になったでしょ」
『……なんでそこでお前が偉そうにするんだ、フェリスとやら』
迷宮内、臨時教練所。
カリカリカリカリ……。
「シナクさん」
「……今度はなにかな?」
「追加の教練所予定地が手配できたようですけど、下見とか……」
「いや、そんなの好きにしていいよ。
おれが見たってなにが変わるというわけでもないし……どうせ、だーっと無駄に広くて天井が高い部屋があるだけでしょ?」
「それはそうなんですけど……シナクさん?
シナクさん!」
「は、はい」
「もう!
そんなに根を詰めすぎても、効率が落ちるだけです!
気分転換も兼ねて、少しは机から離れて歩きましょう!」
「……はいっ!」
迷宮内、増設少学舎。
「モンスターの解体工場と保存食の工場からさらなる臨時の増員要請が来ています。
どうやら、今日も予想外の大漁なようでして……」
「……ここのところ連日であるな。
希望申込者の状況は?」
「すぐに埋まりました。
工場の仕事は報酬もそれなりに割高ですし、力仕事もありますので、修練を兼ねて希望する者が多いもので」
「しかし……教育というよりは、人材派遣業の要素が強くなってきたな」
「なにをいまさら。
それで、新しい修練所の準備が整ったという報せがギルドより届いていますが」
「……一応、下見にいってくるか……」
迷宮内、モンスターの解体工場。
「おお。臨時の手助けか。
ここの冷凍肉の固まりを台車に乗せて、あっちの転移魔法陣ところまで運んでくれ。
行き先は、伝票に書いてます。
文字は読めるな? 転移先を間違えるなよ。
重くて動かないようだったら、数人がかりでやってもいい。
とにかく、冷凍庫の中をはやく空けたいんだ」
「ずっとこれをやるんですか?」
「ああ。時間がくるまでずっと、そればかりだ。
それを、繰り返してくれ。
なにしろ今では大陸中にモンスターの肉を出荷しているからな。
いくらやっても、仕事はなくならないぞ」
迷宮内、新規修練所。
「お」
「あ」
「そっか。
一緒に使うとかいってたから、そりゃかち合うよなあ」
「で、あるな」
「今朝にも会ったばかりだけど……そっちの様子はどうよ?」
「どうも、こうも……。
王都から送られてくる者の受け入れと、際限なく増える求人を捌くのに精一杯よ。
おまけにティリ様が連れてきた女たちがうちの者たちの修練意欲を無駄にかき立てたので、よけいに人手が足りなくなったわ」
「いや、前後の因果関係が、まるで理解出来ないんだが」
「だから、いつもならこぞって金を稼ぎにいく者までもが、あやつらの熱気に浮かされていきなり修練を開始したのだ!」
「ああ、なるほど。
あちらを立てればこちらは立たずか。
だがまあ、毎日のように新規のことは来るわけだし、人手不足のすべてが少学舎の責任ってことでもないわけだから、あまり深刻に考えるな」
「はぁ……。
おぬしはいいよな、気楽な身分で」
「確かにおれは、一介の冒険者だけどな」
「あの……シナクさん」
「王子」
「……ああ」
「そうだな」
「雑談はこれくらいにして、本題に入ろうか」
「……とはいっても、見たところ……なんの変哲もない……」
「部屋だな。
迷宮内の、多くは隘路のどん詰まり突如出現する広大な空間。多くは、ひときわ強力なモンスターが待ち受けている。
直方体に区切られて人工的な造作を連想させるとことから、一般に部屋と通称されている」
「その、部屋だ。
多少、大きさに変わりがあるというものの、逆にいえばそれ以外にはあまり代わり映えもしない」
「そうとわかっていても、今日は一日事務仕事をやっていたもんで、気分転換を兼ねてここに来たわけだけど……見たからどうなるってもんでもないよな、これ」
「で、あるな。
あとは……別の用意をはじめた方が、よほど有意義である」
「別の用意?」
「木剣や、射撃場などの造営である。
後者はともかく、木剣などの素人にも簡単に作れる小物は、少学舎に発注されることが多い」
「あ、そっかそっか。
頼むのはギルドたとは思うけど、そっちもどうかお願いします」
「あくまで仕事として受けるわけだから、おぬしに感謝をされる筋合いでもないのだがな」
「それでも、そうした細々とした仕事をしてくれる人がいなくては迷宮の仕事全体が回らなくなるわけだからな。
そっちはそっちで、大事な仕事ではあるんだろう」
「そのように考える冒険者は少ない……いや、ほとんどいないのだがな。
少学舎の者でさえ、単価が安い細々とした内職仕事は軽視するし、やりたがらない。
その手の仕事を引き受けるのはもっぱら、年端もいかぬ者たちや女性など、短時間で金になる力仕事につけない者たちよ。
そのあたりの機会の不公平さも、いずれどうにかしたいものであるのだが……構造的な部分に原因があるので、すぐにはどうこうできん」
「いろいろあるんだなあ。
そっちも、ギルドも」
迷宮内、保存食工場。
「お、来た来た。
あんた方、臨時の増員だろ?
この倉庫にあるやつを片っ端から、あちらの転移陣まで運んでくれ」
「これ……全部ですか?」
「ああ、全部だ。
なんでも、ダダガリで津波の被害が発生したそうでな。今でも十万以上の人間が行方不明のままで、沿岸部の町はほぼ壊滅。
建物もすっかり駄目になったってはなしだ。
で、こいつは、その救援物資ってわけだな。
どうせ原料の半分以上が迷宮産のモンスター肉で原価はたかが知れているし、うちのギルドとしても対外的な心証をよくするいい機会だから、遠慮せずに片っ端からどんどん送ってやってくれ。
なんだったら、報酬とは別に瓶詰めを持って帰ってもいいぞ。
かなり塩辛いがな」
迷宮内、増設少学舎。
「どうした?
おぬしら、もう終いか?」
「ティリ様、元気ですわねぇ。
一日中、相手を変えながら修練の相手をして来たのに……」
「だてにシナク教官とパーティを組んでいませんね」
「ぼっち王先輩と行動をともに出来る人なら、あの程度のバイタリティはあっても当然ですかぁ」
「とはいえ……もう、いい時間ですし……」
「そうですねぇ。
ティリ様ぁ!
今日はぼちぼち、引き上げましょうかぁ?」
迷宮内、新規修練所。
「だからな。
当人が希望するところと資質が、必ずしも一致しないのが悩みの種で……」
「なるほどなあ。
向き不向きは、どうしたってあるから……」
「それを客観視出来る者ばかりであると、こちらももう少し楽を出来るのであるが……」
「冒険者なら、実習に出るところまでいけば、向いていないやつはいやでもそうとわかるんですけどね」
「そこまでいく期間が無駄とも、思ってしまってな。
どうにも、無駄に回り道をさせているように思えてしまうことがあって……」
「いや、でも、最終的にどんな進路を選択するにせよ、体力とかはあるに越したことはないでしょう。
修練も、決して無駄にはなりませんよ」
「……あのー……」
「お二人とも」
「はい?」
「なんだ?」
「これ以上、はなしこまれるようであれば……」
「こんな、なにもないところで地面に座り込んでいるよりも、適切な場所に移動してはいかがですか?」
「「……それもそうか」」