31.めいきゅうはたえずへんかしかくちょうする。
「わはははは。
この広い道が、元鉱山で現迷宮から町外れまで延びていて、街道に合流しているわけだ。鉱山の最盛期には一日中荷車が連なっていたってはなしだが、それも今は昔」
「一応、この町の目抜き通りってことでいいのか? 各種商店やギルド本部も、この通り沿いにある。
ちなみに、おれが借りている宿もこの道のはずれ、街道と合流するあたりにある商人宿だ。
で、反対側のこっちに向かって進んでいくと……迷宮にぶちあたる。なにぶん小さな町だから、歩いていってもたいしてかからない」
「ふむ。
では、歩いていくか。
しかし……気のせいか、ずいぶんと道行く人々の注目を浴びているような……」
「気のせいじゃねーだろ。
筋肉達磨とひらひらドレスのルリーカ、長身で体格はいいけど男物の服を着ていてもどうみても女にしかみえないあんたとメイド服のおれ、それにバッカスのとこのやたら元気なお子さま二人というなにこれこいつらいったいどういう組み合わせ? 的な疑問を抱かないわけにはいかない連中がぞろぞろ歩いているんだ。
ってか、あんた、人目の方が大丈夫か?」
「思い出させるな、馬鹿。せっかく意識して意識しないようにしているのに……」
「そっちがはなし振ってきただろうが。
はいはい。ぼっちゃん嬢ちゃんがたも、あんまりあちこち走り回らないでね。雪道だからすぐにすっころびますよ。ほらほら、ちゃんと手をつないで……」
「ということで、一応、ここが目下のところ、おれたちの職場である迷宮……の、入り口前広場」
「あ。ちょうどよかった、シナクさん、バッカスさん、ルリーカさんまで揃っていらっしゃったんですね。
これ、ちょっと見てもらえますか? うちの子たちが今までの探索地図を整理していて気づいたんですけど……って、わぁ!
ルリーカさん……は、ともかく……シナクさん、なんて素敵な格好していらっしゃるんですかぁ!」
「はぁ。
……なんでそこで目を輝かせるかな、この娘さんは……。
いっておくが、これはおれ個人の趣味ではないぞ、断じて。やむを得ぬ、大人の事情だ!」
「シ、シナクさんが、メイド服を着なければならない大人の事情って……なにかの罰ゲームですか?」
「……似たようなもんかな?
バッカスの嫁さん、剣聖様たってのご要望だ。まさか、剣聖様に逆らうわけにもいくまい」
「あっ……そーゆー……。
でも、似合っているからこれも十分アリだと思います!」
「そこでサムズアップしないでくれ!
もういい。
で、さっきいいかけていたことってのは?」
「あ、はい。
この地図の古いのと新しいのを比べると、微妙な差異がありまして……それも、迷宮の奥へいくほど、その差が広がっていくという……。
迷宮化現象が起きてからこっち、迷宮の内部がこの鉱山以上に拡大していることは、前々から指摘されていたんですが……」
「……これ、測り間違えとか記述ミスって線はないのか?」
「はぁ。
目下、確認中ではありますが……一枚二枚ならともかく、ほとんどの場所で同じような不一致が認められるというのも、ヒューマンエラーとしてみたらかなり不自然な状況かと……」
「なるほどなあ……。
それじゃあ、今後、地図の作製はあんまり意味がなくなるってことなのかな……」
「そんなことはないですよう。たとえ不確かなものであっても、地図があるとないとでは、探索の際に雲泥の差ですし……」
「そりゃあ、そうなんだが……おれたち冒険者の手書きを軽く集計するだけで済んで、その後の計測班はいらなくならねえ?」
「そ、それがですね!
通路の形が変わりやすい場所とそうでない場所を見分ける法則性というものが、だんだんと見えてきているところで……」
「迷宮の奥へいくほど、変化が激しくなるってさっきいってただろ?」
「迷宮の奥、でも間違いはないんですけど……より正確にいうのなら、どうも、人の出入りが激しい通路はほとんど形が変わらず、逆に、滅多に人が入らない部分ほど、形が変わりやすい傾向があるようで……」
「いまさらだが……なんでもありなだなあ、この迷宮ってのも……。
奥の方にいくと、おれにも体感できるほどの空間のゆがみを感じ取ったことは、何度かあったけど……」
「そ、それで、ですねえ。
この際ですから、ギルド関係の設備をどんどん迷宮の中に作っていこうというはなしになりまして……。
計算したら、今から野外に建物を建造するよりも迷宮内を適当に間仕切りして使う方が、よっぽど安上がりになりますし……。
人夫さんたちも、ほとんどが鉱山で働いていた方なんで、岩石の加工なんかはお手の物ですし……」
「そりゃあ、そうなんだろうが……大丈夫なのか? その、モンスターとかは……」
「そういった施設は入り口から入ってすぐのところに集中させて、もちろん、いざというときのためのバリケードも今以上に厳重にします」
「って、ことだが、魔法使いからみてどうよ?」
「たしかに、外からみても空間が歪んでいるのが確認できるな。
あと、通常に偏在しているよりも、魔力が濃いようだ。入り口に付近にその魔力をかき集める術式が張られているが……あれは、転移陣か?」
「そう。転移陣。ルリーカが敷設した。一度に転送できる質量に限度はあるけど、人が荷物を持って持ち歩く程度のことなら十分に可能」
「つまり、どういうこった?」
「重すぎる荷物は転移させられない。それから、短時間に多人数を転移させようとしても、すぐに魔力切れになる」
「ほとんど冒険者専用になるわけね。当面はそれで十分、か」
「で、さっきいってた、迷宮の形が変わるってことについては……」
「人通りが多い場所には変化が少ない……というのは十分ありうるな。
観測者の存在が世界の様相を固定するというのは意外に古くからある説で……」
「そういう蘊蓄はいいから、もっと根本的な対応策とかはないのか?」
「いや、あれでいいと思う。
わたしならこの山ごと迷宮を別の世界にでも吹き飛ばすことが可能なのだが……」
「できてもやるなよ、んなこと。おれたちの仕事がなくなる。
で、結局のところ……この、迷宮ってのは、いったいなんなのよ?」
「何なの、といわれてもな。詳しく調査するのならまだしも、外からぱっと見ただけではなんともいえん。こんなものが自然にできるとは思えないが、ある程度の魔法使いがコストを度外視して作成すれば、この程度の不自然な産物はつくることができる。コストを度外視しているから、その動機は本人にしか理解できない狂った妄執であろうと推測はできるし、だから詮索しても意味がない。
お前さんがた冒険者だのギルドなどが現在行っている施策は、おおよそ対症療法的あり、なかなか根本的な解決には届かないのであろうが……それでもまあ、この場の対応策としては、それなりに有効ではある」
「いつか、よ……。
おれたちの力だけで、この迷宮を……あー、壊す、消滅させることは可能なのか?」
「可能か不可能かでいったら……可能ではあるだろう。永遠不滅のものはこの地上にはなし。この迷宮がお前さんがたを滅ぼすよりも先にお前さんがたが迷宮を滅ぼせばいいだけのことだ。この迷宮を目当てにしてこの土地に人が集まってきている、というはなしだったろ? そうなれば数と数、迷宮から出現する脅威よりも迷宮へ挑む者の戦力が勝れば、いつかは片がつくだろうさ。
この迷宮のどこかに……この迷宮を発生させた術式が隠されているはずだ。そいつを見つけて機能させなくさせれば、迷宮は迷宮ではなくなる」