147.くくりるのかだい。
「そろそろ、息は整ってきましたか?
それでは……半分は走り込み、もう半分は素振りをしてください。
それでは、ここからこっち側の人は、走り込みにいって、残った人は木剣を持って整列してください。
一人一人、素振りのやり方をチェックしていきます。
走る人は、早く走ることはあまり考えないでください。
そのかわり、半日でも一日でも、ずっと続けられる速度を維持して、出来るだけ長く走り続けてみてください。限界まで、もう一歩も動けないというところまで、走り続けてみてください。
ここでの目的は体力をつけることで、足を早くすることではありません。
とにかく、ずっと体を動かし続けることが一番の目的です」
「あの……わたしたちも、参加して……」
「どうぞ、ご自由に。
好きなときに参加して好きなときに止めてください」
「はい!」
「……ふむ。
一時はどうなることかと思ったが、ここにきてピッと一筋の背骨が出来たような気がするの。
決断して、多額の報酬を約束した甲斐があったものだ」
「なにを他人事のようにいっておるのか、王子よ」
「……ティリ様」
「おぬしも、修練に参加せぬか。
前にみたおぬしの太刀筋、力任せなだけで、実に無様なものであった。
いい機会であるから、この場で基礎から叩き直して貰え。
なんだったら……ふふん。
このわらわ自ら、指導してやってもよいのだぞ」
「い、いえ。
そちらは、ご遠慮申し上げる。
で、では……素振りからで、よろしいのかな?
ああ……なんで余の周りには、こうも気が強い女ばかりが寄ってくるのか……。
それもヒロインならば多少気性が荒くともまだしも可愛げがあろうというものだが、例外なく他の男にしか関心がない者ばかりと来ている。
主人公たる余のフラグはどこにいったぁ!」
「なにを大声で意味の通らぬ妄言ばかりを喚いておるのか。口よりも先に手足を動かせ。素振りをするならばさっさと素振りに専念せい。
わらわの指導を拒むというのであれば、このザルーザをけしかけてやろうかの?」
「がぁっー!」
「そのドワーフをか!
まかり間違ってフラグでも立ったらどうするつもりだ!」
「だから、余計な口を開く前に素振りのひとつでもせよといっておろうがっ!」
「なんだかんだいって、仲がよろしいわよねぇ。
ティリ様と王子様」
「お二人とも、他人に遠慮をしない性格ですからね。はなしがしやすいのでしょう。
それにしても、ティリ様はともかく、王子様はいじり甲斐があるキャラだったのですね。
はじめて知りました」
「あんなのはぁ、あまり積極的にいじりたくもありませんけどぉ」
「ところで、ククリルさん。
パーティの、他のみなさんは?」
「マルサスはぁ、昨日に引き続き建前の手配と打ち合わせ、その他、術式の微調整。
ハイネスと三人組はぁ、ギルドに斡旋された新人さんと合流していつも通りの探索業務。
わたしはぁ、うちの野郎どもにお前もなんか協力しろってせっつかれてぇ、人集めをやっている途中でティリ様に呼び出されてぇ……」
「それはまた、多忙なところにご足労を願った形になりまして……」
「いいのよぉ、気にしなくてもぉ。
別に急ぐ用件でもないしぃ、わたしも楽しかったしぃ」
「それで……人は、集まりそうですか?」
「まだまだ、心当たりに声をかけているだけですしねぇ。
こちらは急ぎませんので、ゆっくりと集めていきたいと思っていますぅ」
「どんな人が、必要なのですか?」
「料理が出来る人数名にぃ、それに、接客が出来る人が十名以上。
合宿所の管理や維持をする人が数名、試射場のインストラクターが数名……。
ざっと考えてみても、それなりに大所帯になってしまうのよねぇ。
いつになったら、勢ぞろいするのか……。
集まってきたら来たで、本番に備えて時間をかけて必要なことを教えていかなければならないしぃ……」
「そちらも、大変そうですね」
「大変というかぁ……うちの野郎どもが、妙にやる気になっているのよねぇ。
それに引っ張られているっていうかぁ……」
「あの……差し出がましいようですが……」
「はいぃ?」
「ククリルさん。
そちらのお仕事は、すべてフルタイムで働かなければならないのでしょうか?」
「そうねぇ。
特には、決めていませんけどぉ……お仕事さえきちんとこなしてくれればぁ、交代で勤めていただいてもいっこうに支障はないものかとぉ」
「それでは……こちらの研修生の人たちを雇っていただけませんか?
ご覧の通り、女性の志望者が思ったよりもいるようで……でも、体力的に男性よりも不利な女性が一人前になるまでには、より多くの時間が必要となります。
たとえパートタイムであっても、固定的な収入源を持っておけば、なにかと心強いと思うのですが。
それに、あの狙撃銃が今後改良されていけば、より多くの女性が頼りがいのある戦力として活躍できます。
働きながらあの術式について学べるというのは、大きなメリットになるはずです」
「なるほどぉ……女手は、ギルドも他の部署で使いたがっていますけどぉ……」
「最初から事務員やお針子、店員などを志しているのであれば、それでもいいのでしょうけど……」
「まあ、ねえ。
あくまで本人の希望を第一に考えるとぉ、冒険者志望の女性が学びながら働ける場所っていうのも……」
「その他には、工場とかの単純肉体労働とかになってしまいますね。
選択肢は多い方がいいと思いますし、なにより現役の冒険者が経営する場所で働けるのは大きいです。
シナク教官たちも、そちらには頻繁に出入りするようになるでしょうし……」
「賃金や働き易さだけではなく、そういった要因もありますかぁ……」
「こちらで募集をかけてみれば、かなりの人が集まると思いますよ?」
「そうですねぇ……仲間とも相談してぇ、考えておきますぅ」
迷宮内、臨時教練所。
「……ふぅ。
どう? こっちは?
なにも問題はなかった?」
「問題は、特になにも」
「やつらは、ちゃんといわれたことやっている?」
「それぞれ、動き出してますね。
修練に励むのパーティ、えんえんと話し合いを続けているパーティ、迷宮に入っていくパーティ……いろいろです」
「まずは……うまくいっているのかな?
で、これが……これから目を通していただく、資料になります。
シナクさんのチェックが済んだものから清書していきますので、お早めにどうぞ」
「……はいはい。
こんな、でーんと山になっていると、流石にげんなりするよなあ」
カリカリカリカリカリ……。
「かといって、こいつばかりは、他の人に任せるわけにもいかないし……。
あー。
リンナさん、はやく帰ってこーい!」
「……呼んだか? シナクよ」
「ああ、そっか。
グガウ族への聞き込みで、こっちに来てたんだっけ。
で、どうですか? リンナさん。
そちらの進行状況は?」
「おおむね、終わった感じだな。
結果的には、テオ族のところで出た結論を、裏づけることになった。
これから、頭脳種族のはなしを聞いて、ギルドに提出する報告書をまとめて……やはり、あと二日か三日は必要になろう」
カリカリカリカリカリ……。
「はい。そちらはそちらで、どうか頑張ってください」
カリカリカリカリカリ……。
「シナクよ。さきほどから気になっておったのだが……」
「なんですか? リンナさん」
「せめて人とはなしている間くらいは、顔をあげぬかっ!」
「この書類の山全部、目を通さなけりゃならないんですよ!
そんな余裕はありませんよ!」
「……ったく。
いったん仕事にかかるとなると、すぐにのめり込むからな、この男は……」
カリカリカリカリカリ……。
「いくか。
ついて来い、ゼグスよ」