143.うらかたたちのおもわく。
迷宮内、臨時教練所。
「さて、と。
これから、みなさんにやっていただきたいことをいくつか伝えようと思います。
まず、今ここにいる冒険者、元魔王軍兵士、グガウ族併せて四百五十名前後。これを六名以内の少人数パーティに分けます。できるだけ、同一パーティ内で三者が混合するような構成が望ましい。言葉に関してはナビズ族のフォローを期待できるので、あまり心配しないでください。
次に、数日をかけてこのパーティの練度をあげて貰います。迷宮内での探索実習や模擬戦、座学、ディスカッション。これまでにやってきた手法すべてを駆使して自分たちで予定を組んで、最前と思われる方法を考えて自分たち自身を鍛え上げてください。
最後に、数日後から、そののパーティごとに百名からの元魔王軍兵士を預けます。彼らを、ごく短期間のうちに一人でも多く、使える冒険者に仕上げてください。より早く、より多くの放免者を出したパーティには、日当とは別にギルドから報奨金が出ることになっています。
成果を上げれば目に見える形で報いられるのは、普段の業務と同じです。
ここで学んだことは自分の仕事にも役立つはずなので、最後まで手を抜かず全うしてください。
ここまでで、なにか質問はありますか?」
「……ええっと……おおよそ四百五十名を六人づつに分けるとすると……七十五組、か。
一度に七千五百名の研修を行える計算になるな。二万人を研修し終えるまでには、三回転もすればいいのか。
元魔王軍二万といっても、負傷してすぐには動けない人もいれば、研修の途中で自発的に離脱する人、適性的に冒険者に不向きな人もいるだろうから、実際には二回転と半分くらいで済むだろう。
おぼえが早い人は早々に放免になって活躍しはじめるだろうし、そうして欠員が出てきた班にどんどん押し込んでいけば、実際にはそんなに時間はかからないか。
問題は、やつらがこれまで自分の身につけてきた事柄を、しっかりと他人に教えられるかだよな」
「シナクさん、パーティ編成表が出来ました。
シナクさんのご希望の通り、グガウ族は一つのパーティに一人まで、元魔王軍とグガウ族を最低半分は同一パーティ内にいれるという条件を満たしています」
「ん。ご苦労様。
それでは、その割り振りに従って集合させて、早速パーティ分けをしちゃってください。
で、その直後から、パーティ内で話し合って、今後の自分たちの修練メニューを決めさせてください。話し合いの場には書記として事務員さんを二名以上、つけて。
これはこの場だけの書き置きではなく、ギルドが今後の参考にするための資料でもあるわけですから、話し合いの過程まで含めてきちんと記録を残しておいてください。負担を増やして申し訳ないけど、よろしくお願いします」
「それはいいのですが……頼んでいた増員の方は?」
「ギルドと少学舎には頼んでいますので、手配がつき次第こちらに送られてくる予定です。
もうしばらくお待ちください」
迷宮内、増設少学舎。
「……事務員の大量採用枠、だと?」
「先方は、そんなに高い能力はいらない。
最低限の読み書きと計算能力くらいがあればそれでいい、といっていますが……」
「とはいえ、一度に百名以上などとすぐに手配がつくものか。
第一、多少なりとも使える人材は、すぐに働きに出てしまうわ。
ここにいる者はみな、仕事や金が欲しくてたまらないのだぞ。
で、仕事の内容は?」
「書類整理の補助、となっていますね。
例の、ぼっち王が差配している、元魔王軍向けの教練所での仕事です。
多少の誤字や脱字は今いる事務員でフォローする。内向けの書類の、さらに下書きみたいな書類を書かせる予定だそうです」
「それで、あまり程度が高くなくともいい、とかいっているわけか……。
しかし、百名以上とは……」
「あちらではこれから、二万名以上の元魔王軍兵士を教導する予定だそうですからね。
それだけの人数が相手になるのなら、単純な記録係でもそれなりの人数が必要になるでしょう」
「仮に、最終的には二万人すべての修練を行わなければならないにしても、一度にすべての人員を相手にするわけでもなかろうに……」
「一度に二万人、というは流石に売りなんでしょうけど、噂によると最初に七百名以上、いっきに教えるつもりのようです」
「……なにぃ!
このギルドのどこに……そんなに、教官がいるというのだ……」
「その教官を、今修練している最中だそうで。
これから数日中に、四百名以上の人員を教官に仕立て上げるとか……」
「突貫作業もいいとことだな。
そんなインスタントな教官で大丈夫なのか?」
「われわれがここで心配をしても得るところはないでしょう。
なにより、なにかと要領がいいぼっち王のことです。
あの男が出来るというからには、なんらかの方策があるものかと」
「……ふむ。
あれも……現場に強いだけの、単純な冒険者というわけでもなかったのか……」
「これまでにも突発的に発生したトラブルや仕事を、なんとか捌いてきた実績がありますからね、彼は。
ギルドの信頼が厚いのも、納得が出来るというものです」
迷宮内、臨時教練所。
「シナクさん。
ギルドよりの返信が届きました」
「はい、どうも。
ええっと……うーん。
こう来たかぁ……」
「どうかしましたか?」
「いや、もと広い修練所を使わせてくれって申請したでしょ?
あれの返事が来たんだけれどもね……」
「はかばかしくない返答だったとか?」
「こちらの要望には、一応応えてくれているわけだから、必ずしもそうとばかりもいえないんだろうけど……。
少学舎と合同で使ってくれ、ってさ。
これから、あちらもどんどん人数が増えるから、ちょうどいいって」
「……それは……」
「ギルドとしては、お互いの修練風景見せ合って、刺激を与えあおうって考えなんだろうけど……さて。
そうそううまく、いくものかなあ……」
「……シナクよ。今、少しいいか?
昨夜にいった通り、グガウ族の身柄を借り受けたいのだが……」
「彼らのことなら、一人一人に声をかけて本人に了解を取った上で、好きにしてください。ナビズ族に頼めば適当に呼び出してくれると思いますが……」
「どうした?
珍しく、難しい顔をしているようだが……」
「リンナさん。これ、読んでみますか?」
「ほほう……これは。
これを実行したとして、どのような効果があることか、なかなか予測がつかぬな。
おそらくはギリスの発案であろうが、なかなか奇妙なことを思いつくものだ」
「こちらとあちらでは、同じ研修といっても受ける側の基礎体力からなにから、まるで違いますからね。
同じカリキュラムを組むのも馬鹿げていますし、強いてメリットをあげるとするのなら、こちらの厳しい修練をみせつけて冒険者になるのは容易なことではないぞ、とか、向こうの人たちに強く印象づけることくらいでしょうか?」
「ギルドとしては、冒険者も欲しいだろうがそれ以外の職種についても人手が欲しいところであるからな。
そうそうに冒険者への道をあきらめさせるため、という側面は、当然、あるであろう。
反面、本気で冒険者を志望する者にとっては、発憤する材料にもなることと思うが……」
「どっちにいっても、ギルドは損をしない、ってね。
こっちとしては……断ったっていいことはないし、第一、こっちは圧倒的な大人数を一度に教えなければならないんだ。
どうしたって、広大な修練所は必要だし、ギルドの提案を断れる道理がない」
「ならば、悩む必要もなかろう。
いずれ、なるようになるしかない」