30.おれはらんちにちょうどいいみせさえしらない。
「さて、ぼちぼち腹が減ってきたな。
で、昼はどうする?」
「抱き枕おすすめの店とかはないのか?」
「抱き枕いうな。
これでも真面目に仕事に勤しんでいる身でな。昼間の町の様子には、そんなに詳しくないんだよ。
バッカスとこのお屋敷に戻ってもいいんだろうが……」
「わはははは。
うちの子どもらがまだまだ遊び足りないみたいだから、まだ戻らない方がいいなあ。うちの子どもら、昼間に遊び足りてないと屋敷の中で暴れ回るんで、できるだけ外で遊ばせて疲れされておきたい」
「まあ、両親が両親だからなあ。幼くしてすでに体力馬鹿か……。
で、地元民。
どっかいい店にさっさと案内しやがれ」
「わはははは。
わかってるわかってる。
こっちだこっちだ」
「……なかなか落ち着いた店じゃないか」
「わはははは。
ここは個室があるからなあ。
子ども連れとか密談とかするときに都合がいいんだ。とはいっても、おれはうちのかーちゃんの付き添いで来るだけなんだがな。
なにより、ツケが効くし」
「最後の一行、重要。チョー重要。
ってことは、ここでの払いはお前のおごりでいいな!
飲み過ぎた翌日は、なぜかみょーに腹が減るんだよなぁ……昼あたりから。
……ん?」
「どうした、抱き枕」
「……メニューが読めない。いや、正確には文字は読めるんだけど、どんな料理なんだか想像できねぇ……」
「わかった。じゃあ、シナクの分も適当に頼む。
海藻とシーフードのサラダ、旬のポタージュスープ、鱒のパイ包み焼き、子羊の串焼き……。
シナク、飲み物とデザートはどうする?」
「そいつもまかせる」
「そう。
では、エールと白桃の糖蜜漬け」
「わはははは。
うちの子どもたちには、ホットミルクだ」
「かしこまりました」
「エール、か……。
休みの日ぐらいは、まあ、いいか。
……また吐くなよ、魔女」
「また潰れるなよ、抱き枕」
「しかしまあ、バッカスはともかくルリーカもこういう店来慣れてのな。
やっぱ、おれみたいな風来坊の冒険者とは育ちが違うや」
「一応、旧家の跡取りだから」
「わはははは。
ルリーカの家は、代々高位の魔法使いを輩出している家でな。こと、魔法に関することでは、ここいらでも随一の血筋だ」
「ほー……。
そんな偉そうな家の娘が、何でまた冒険者になんか?」
「税の代わり。
うちのような魔法使いの家系は、莫大な現金か一定期間の労働を王家に支払うことになっている。貴族でもなければ領地も持たないわたしの家には、まとまった現金がない。
よって、自動的に期間限定で王家に奉仕することになる」
「なるほどなー……。
魔法使いの家も、いろいろあるんだな」
「平時であるだけまし。いくさが多い時代なら、ほぼ強制的に従軍させられている」
「わはははは。
高位の魔法使いは一軍にも匹敵するというからなあ。上の方としては、強力な魔法使いは一人でも多くなにかと口実をつけて引っ張り込みたいところだろう」
「それはいいとして……でも、どうしてルリーカみたいな年端もいかないのが来ているんだ? お前ん家、もっと大人の魔法使い、いないのか?
そういや、ルリーカの世話係だとかいうじいさんとは一度挨拶したことあったけど、他の家族ってみたことがないな……」
「両親は何年か前にはやり病で死亡。現在はルリーカがレスピル家の当主。分家……親類に何人か大人の魔法使いは存命するが、彼らはうちの財産を狙っている。保護者というよりは、足元を掬われないように警戒すべき相手」
「ほー……いろいろあんだなあ、魔法使いの家ってえのも。
おれ、やっぱしがらみもなにもない、身軽な冒険者のがいいや」
「エールとホットミルクをお持ちしました」
「わははははは。
まあ今は、ごちゃごちゃしたことは抜きにして、飲んで食おう!」
「おう」
「で、どうする、午後は?
どっか見ておきたいところはあるか?」
「町中の様子をもう少し……それと、お前さんがたの仕事場……迷宮とやらも、一度見ておきたいな。
それと、質問をいいか?」
「答えられることならな」
「時期的にいって、これからどんどん雪が積もるはずなんだが……その間の、この町の物流はどうしているのだ?
最近、人口も増えているということだし、山に囲まれたこの町は、周辺に農地も少ない。どうみても、食料を自給できる環境ではないだろう」
「そのへんはどうなっているんだ、地元民」
「わははははは。
基本、穀物類は夏場から余分に運び込んでいるし、肉や野菜なんかも今の時期は一晩外に置いておけば勝手に凍るからな。その手のもんは、割合、長期保存がきく。
で、物流……平たくいえば冬場の足についてなんだが、基本的には橇だな。雪道だと馬ではきついんで、飼い慣らしたヤギとかトナカイに橇を牽かせる。街道を三日ほど南下すると大きな湖にぶつかって、そこの港からなら水路経由で大陸中にアクセスできるようになっている。
本格的に吹雪いているときはその橇さえ使えないわけなんだが……さっきもいったように食料はかなり余裕を持って備蓄しているし、それに、農地こそ少ないがそのかわりこの町の周辺では牧畜が盛んだ。
馬や牛は昔っから重要な輸出品目だし、飼料も年単位で確保してある。
仮に、なんらかの理由でこの町が他の地域から孤立することがあったとしても、半年や一年以上は余裕で飢えずに済ませられる」
「バッカスのくせに、意外に詳しいんだな」
「わははははは。
これでも地元民だからな」
「ふむ。
農地こそ限られているが、食料自給率には問題がないのか……」
「いわれてみればこの町、乳製品とか肉とかがうまいよな。
よそと比べると」
「シナク、海をみたことがある?」
「おれもあっちこっちほっつき歩いている方だとは思うけど、海には、まだいったことがないなあ。
さっきのバッカスのはなしに出てきた、やたらデカい湖経由でこの町に来たんだけど……聞いたはなしでは、海ってあの湖よりもデカく一年中波うっていて、舐めると塩辛いってはなしだ」
「デラデタラ湖までなら、ルリーカも出たことがある」
「海かあ……。
大陸中渡り歩いている剣聖様なら、みたことがあるんじゃねーかな?」
「ちょ、ちょっと待て!
何故そこで真っ先に、このわたし、塔の魔女の名前が出てこない!」
「黙れ、引きこもり。
どうせ、見たことはあるけど、いったことはない……とかいうオチだろう」
「遠見の魔法は、比較的ポピュラー。
座標さえ特定できれば、ルリーカにも、見るだけなら、可能」
「……ぐっ……」
「なんだ、図星か?
あれだな。
こういってはなんだけど、何千年だか生きていらっしゃる偉大なる塔の魔女様も、頭でっかちで人生経験的にはたいしたことないのな」
「わははははは。
海になら、おれも何度かいったことがあるぞ。
うちのかーちゃんの仕事を手伝ったときに……」
「おいおい。
本当かよ、バッカス」
「わははははは。
冒険者稼業はかーちゃんが仕事できないときの副業で、おれの本業はかーちゃんの楯になることだからなあ」
「……あー。
だからか。その無駄な筋肉……」
「わははははは。
まあ、そういうことだ。最低でもこのくらいは鍛えておかないと、かーちゃんの足手まといになるばっかりだしな」