138.おさそい。
「一年の大半が雪と氷に閉ざされて、短い夏の間にようやく収穫できたものをみなで分配、頭脳種族支配の名の下に強権を発動して頻発する不満を抑えつけ、それでも反乱などで暴発した際にはその地区ごと交通路を完全に遮断。食料をその他の地区で分配する。
そんなことをしてようやく生き延び、維持してきた社会……だそうだ。
一部の者が支配し、その他大勢が支配される……という体裁を取り繕わなくては維持すら難しい有様だっったようでな。
やつらにしてみればそれが当然であったので平然と語ってくれのだが、聞いていて実に気が滅入って来た」
『そうか?
支配する者も支配される者も、生き残るという共通の目的のために心得てそういう役割を全うしていたわけで……。
おれたちが所属していた魔王軍が問答無用で上から一方的に命じられ、死地に赴いていたのに比べ、環境は厳しいもののかなり穏当な世界だと感じたのだが……』
「皮肉ないい方になりますが……みなが平等に苦しんでいるわけですから、少なくとも不公正な社会とはいえませんね」
「ピス族の世界も戦争ばっかりしていたというし、どこの世界もうまくいっていないもんだなあ……」
「所詮、万全ではない知性が形作る社会だ。なんらかの欠陥は存在するのであろう。
詳しくは聞いておらぬが、あの馬鹿王子の前世とやらもそれなりに問題を抱えていたことであろうしな」
「なんでそうと断言できるんですか? ティリ様」
「あやつめが前世とやらを語るとき、望郷の念を感じたか? そこに帰りたいそぶりを見せたことがあったか?
こちらよりもどれほど進んだ世界なのか知らぬが、少なくともあやつにとってはあまり居心地がよい世界ではなかったのであろうよ。
その癖、あれはこちらの世界を向こうのように変革しようと試みておる。
根本の部分で矛盾しているというか、かなり歪んでいる男よの。
あれも」
「ティリ様、あの王子のことをよく観察していらっしゃる」
「ふふん。
あのようにいじけた者は、これまでわらわの周囲には居なかったものでな。
多少の物珍しさは感じておるかな。
珍獣に対する関心とでもいおうか……」
「珍獣、ですか?」
「あやふやな知識はいっぱいあって志もそれなりにあるのに、実務面での才覚には欠けておる。
いうなれば、頭でっかちで足元をがおぼつかない、極めて不安定なやつだな、あれは。
あまりにも危なっかしいので、見ているとついつい手助けをしたくなる」
「それで……彼女たちに声をかけたわけですか?」
「シナクやリンナが別の仕事を割り振られて、わらわだけ通常業務だから面白くなかったという事が大きいがの。
ひとつ、わらわ自身もギルドのためになる仕事をしてみたかった、というか……」
「ティリ様、こんなこといっているけど……君たち、本当にいいの? つきあって」
「「「「「「はい!」」」」」」
「最近、モンスターが強くなってきて、以前ほど楽に討伐できなくなってきたところでもありますし……」
「他人に教えることではじめて理解できることもあります」
「これが契機になってなにか新しい方法が見えてくるかも知れませんし……」
「昔、教練所でお世話になった分、誰かにお返ししたいという気持ちもあります」
「……優等生な返答だなあ、相変わらず。
君たちのような素直な子たちは、くせ者揃いの冒険者の中では極めて珍しい。
これからもそのままでいるように」
「「「「「「はい!」」」」」」
「この子たちの中ではシナクくんはいまだに教官のままみたいだね!」
「いや、今度はこの子たちが教官になる番なんだけどな。
あー。
しかし、そうか。
君たち、行き詰まりを感じているのか……」
「行き詰まり、というほど大げさなものではありませんけど……」
「だんだん手強くなるなあ、そろそろ限界が近いかなあ、という感触は、少し前より……」
「女性のみのパーティでここまで頑張れてこれたのが、どちらかというと出来すぎなんだ。
もう機銃術式は装備した?」
「ええ、全員分。
あれも、便利は便利なんですが、通用しないタイプのモンスターもそれなりにいますよね」
「そうそう。
今日は魔法の効果をすべて打ち消すモンスターが現れたし、万能な武器や戦い方ってのはなかなかないよ。
結局は、経験を積んでケースバイケースの対処法を学んでいくしかなくて……。
あ、そうだ。
おい、ナビズ族。
ククリルたちに連絡取れるか?
マルサスでもハイネスでもいいけど……」
(ククリルたちー)(今、ピザの試食中ー)
「ピザ? あいつらもピザ食っているのか?
どこで?」
(試射場予定地ー)(向こうにも大きな石窯作ったー)(自分たちでピザ作って焼いてみたところー)
「そうかそうか。
まあいいや。
やつらに、例の術式についてこっちのお嬢ちゃんたちに教えてもいいか、って確認してくれ」
(問い合わせー)
「例の術式、ですか?」
「また、新手の?」
「ああ、そう。
やつらが企画して作っている最中のが、あるんだ。
確認取れてあいつらが教えていいっていったら、詳しいことをはなしてやるから……」
(ククリル、今から来るってー)
「わざわざ来るのかよ。
教えてもいいのかどうかだけが知りたかったのに」
「わざわざ来ましたぁ」
「他の連中は?」
「食い意地が張っているから、残ってお食事中ですぅ。
調子に乗っていっぱい生地をこねちゃったからぁ」
「ククリルはこっちに来てもよかったのか?」
「あんなにチーズをいっぱい乗せたばかり食べてたらぁ、あっという間に肥えてしまいますのでぇ」
「で……ひょっとして、もう面識がある?
こちらが、女性だけのパーティの……」
「どうもぉ、冒険者のククリルですぅ。
お噂はかねがねぇー。
わたしたちの術式に興味がおありとかぁ……」
「興味、というよりは……」
「シナクきょ……シナクさんが、お教えくださるということになりまして……」
「はいはい。
そういうことならば、喜んでぇ。
術式についての詳しい概要は、こちらの紙に記してありますぅ。
よくご覧になってくださいぃ」
「……これは……」
「この飛距離は……本当なのですか?」
「これ以上遠い場所にある岩盤に、深く弾痕を穿ちましたぁ」
「……本当か……。
弓矢の比ではないな……」
「迷宮内では、使える場面がそれなりに限れられ来るけどな。
それと、遠くまで弾丸が届くといっても、そこに正確に標準をつけるのはまた別の問題で……」
「そうそう。
まだまだ改良の余地だらけでしてぇ。
実用化に向けて邁進しているところでこざいますぅ。
たとえば、この仕様のままですと、小柄な方や女性には極めて扱いにくいものになってしまいますのでぇ、そのへんをどうするかなどという問題も未解決ですぅ」
「体が小さかったり女性だったりすると、使うのはきついのか?」
「重さはともかく、反動が少々大きすぎますのでぇ。
多少、飛距離や威力が減じることを覚悟して、若干、縮尺を小さくしたものも用意すべきかどうか、議論している最中ですぅ」
「……なるほどなあ」
「そんなこんなで、実用化までにはまだまだ時間がかかるとは思いますがぁ……。
物は試しと申しますしぃ、これからみなさんで試し撃ちに来てみませんかぁ?」
「なに?
昨日の今日で……もう試射が出来るのか?」
「ええ。ナビズ族が頑張ってくれたおかげでぇ。
一丁だけですが、ピス族の狙撃銃を術式で再現しただけの試作品が、使用可能でございますぅ。
みなさまに試していただいた上でご意見もいただきたいしぃ、ことに女性にとっての使い心地などを確認したいので、今夜これからが無理なようでしたら、別の機会に改めてでも試していただきたくぅ……」