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136.てぃりさまのよそう。

 迷宮内、羊蹄亭支店。

「このピザっていうの、おいしいですね」

「まだまだ出しはじめたばかりで、改良の余地はあると思うんだがな。

 生地も、薄目で硬くパリと焼いたのと、厚くてもっちりしたの、二種類を用意してみた。

 どっちの方がいいと思う?」

「こういうのは、好みによるんじゃないのか?

 おれは、厚くてもっちりの方が好きだけど」

(シナクー)(シナクー)

「なんだ、お前らも食うのか?

 ほれ、一切れ。

 まだ熱々だから気をつけろよ」

(冷めてから食うー)

「トッピングでいろいろ工夫できるし、生地もようするに小麦粉だからな。

 原価もたかが知れている。

 それでいて、よっぽど下手な作り方をしない限りは不味くはならない。

 金を取って出す側にとっては、極めて優良な料理だな、これは」

「そんなもんか。

 おれとしては、こうして熱々を食えればそれでいいんだけれど……。

 確かにこれは、エールがあうな」

「これですか?

 例の王子が作り方を伝えたというのは?」

「あの王子の前世の知識とやらが曲がりなりにも役にたったのは、こいつが初めてなんじゃないか?」

「あの王子もいっそのこと、料理ばかりを教えてくれればいいのにね! その方がよっぽど役にたつくらいだし!」

「いや、コニス。いくらなんでもそれは言い過ぎだろう。

 空回りする傾向はあるものの、あれはあれでいろいろ頑張って成果を出そうとしているわけだし……。

 少学舎とかさ、最近ではギルドもそれなりに当てにし初めているらしいよ」

「少学舎といえば、王都の浮浪児を引き取りはじめたとかいうのは本当ですか?」

「別に王子の意志でそうしたわけでもないらしいがな。

 迷宮内の人手不足を解消するにはどうしたらいいか、って流れで、そういう解決案が出てきたらしい。

 おれは王都に足を踏み入れたことはないけど、下町の方とかはかなり治安が悪いそうじゃないか?

 かっぱらいとか物乞いをしているのを引き連れてこっちで教導すれば、一石二鳥だ……とかいう趣旨らしいな。

 実際にうまくいくのかどうかまでは、知らんけど」

「どうなんでしょうね……。

 その手の下層民といえば、かろうじて言葉は話せるものの、獣同然の者が多いでしょうから……」

「聞くところによると毎朝大挙して送られてくるのを風呂に入れてノミ取り粉かけて……と、大変な騒ぎらしい。

 あっちはあっちでおれたちには想像できないような苦労もいろいろとあるんだろうよ。

 おかげでこいつらまで教官役に引っ張り出されたそうだし」

「このわらわの推挙でな。

 もともと屈強な者を冒険者としてしたてあげるのは容易いが、今回はそうではない」

「それで、特殊な能力を持たない普通の女性としていち早く冒険者になった人たちを、ですか。

 適任ではあると思いますが……」

「レニーとやら。おぬしは少々、下層民に対する偏見を持っておるのではないか?

 生まれ持った身分など所詮仮初めのもの。同じヒト族として生まれた限りは、生来の資質はそうそう差があるわけではない。

 違いが出てくるとすれば、それは生後の仕込みが原因であろう」

「生後の仕込み……でございますか?」

「さよう。

 総じて身分の高い者は、幼子の養育にも時間や手間をかけることが出来る。

 しかし、食うや食わずの貧民においてはその限りではない」

「つまり、ティリ様は……教育次第では、浮浪児が貴族や王族に迫り、あるいは追い抜くほどの素養を身につけることが可能であると……そうおっしゃるわけですか?」

「ぶっちゃけていってしまえば、そういうことであるな。

 ヒト族にリザードマンや地の民なみの膂力を期待するのは無謀というものであるが、同じヒト族の範疇内に置いては個人の能力差なぞだいたいにおいて後天的な努力でどうとでもなる。

 身分による差など、一般に信じられているほどには確固としたものではない。

 その証拠に、みよ。

 一時は大挙して押し寄せてきた義勇兵とやらは、今となってはほとんど姿を消しているではないか。

 義勇兵のうちのほとんどの者は、しっかりとした家柄に生まれつき、幼少時から教養として武芸を嗜んでいた者たちであったはずだ。

 きゃつらが冒険者としてやっていけないのにも関わらず、多くの平民出身の冒険者が日々の業務を営んでいられるのはなにゆえであるか?

 報酬目当て、つまり金銭への執着の多寡などの要因はあるのだろうが……つまるところ、身分による能力差なぞ、そんなにありはしないのだ。

 特に年若い者ほど仕込み方によってはどうとでも変化する。成長する。

 あの馬鹿王子も、まず最初に教育に目をつけ手に掛けた一点に置いては評価に値しよう。

 あれはあれで、軸がブレブレで時として言葉と行動の乖離が激しく基本的にはたわけた男ではあるのだが、まず民の程度を底上げしようとする意図と着眼点だけは、実に立派といってやる」

「ですが、王国のすべての民に教育を施そうとすれば、際限がないくらいに金子を要します。

 その財源を、どこから引っ張ってくるのですか?」

「で、あるから……この迷宮を、巧く利用しているのであろう。

 最初の教育現場として、それに、これからはじめようとする各種事業の実験場として。

 あとは、それなりに程度のよい人員がある程度揃ったら……一斉に動き出すのではないかな、あれは」

「一斉に、動き出す……ですか?」

「そうさの。

 わらわなら、まずは……知識が知識を生み、それが金子となる……そんなような仕組み、仕掛けを作ろうとするかの。

 そのような仕組みがうまく機能すれば、多くの者が自発的に読み書きを習おうとする」

「ティリ様。

 それは……具体的には?」

「早売りとか読売とか、このあたりではやっておる者はまだいないのか?

 帝都ではかなり普及しているのだが、世間の耳目を集める事柄を編纂して刷って売り歩く、いわゆる新聞というやつじゃな。

 幸い、ここは迷宮である。

 攻略中の迷宮とあらば、記事のネタ困ることはまずあるまい。

 誰それがどのようなモンスターをどのような手段を用いて倒した……などという速報が連日発行されて売られて見ろ。

 同業者は元より、攻略業務に直接関係のない者たちにとっても格好の読み物となろう。

 血の気が多い若者たちにしてみれば、なおさらそういった読み物を好み、求めるであろうな。

 無味乾燥然とした古典を素読するよりは、よっぽど購読意欲をそそることであろう」

「そうした事業を……王子が用意していると?」

「それはどうであろうな?

 わらわであれば、そうするというはなしであって、当然の事ながら、わらわはあの馬鹿王子ではないのでな。

 しかし、あれのいう前世とやらが真実であれば、そちらの世界でも新聞がそれに近いものは存在するはずであろうよ。

 あやつの口ぶりでは、あちらの世界とやらはこちらよりも格段の進歩を遂げている様子であるらしいからな」

「王子がその、新聞とかいうやつを刊行しはじめるかどうかは、しばらく様子を見ていればはっきりしますし、今の時点でどうこういってもはじまりません。

 それよりも、そいつが実際に発行されはじめたら……」

「シナクよ。

 どうなると、予想する?」

「少学舎に集められたガキどもの間で、向学意欲が格段に増すでしょうね。やつらは、総じて勇ましいはなしが好きだから。

 あと、積極的に冒険者を志望する者も増えそうだ」

「ふふん。

 そうであろう!

 で、その後は?」

「その後……ですか?」

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