131.おうじ、しっせきされる。
迷宮内、某所。
「やれやれー!」
「投げろー!」
「投げたら逃げろー!」
「ふふん。
ずいぶんと賑やかな冒険者であることよ」
「ティリ様。
そうはいいますが……彼らとて、これが初めての実戦。
気分が浮き立つのも仕方がありますまい」
「とはいえ、人数を頼りにシナクが用意した方法を繰り返し実戦しているだけじゃ。
自分の頭で戦い方を考えているわけではなし、本番でもこの人数でパーティを組んでいたら、報酬が微々たるものとなって泣けてくること請け合いじゃぞ」
「正論ではありますが……昨日今日迷宮に来たばかりで剣の振り方ひとつわきまえていない者たちに初手から多くを求めるのもまた酷というものでございましょう。
ここはあのシナクめが申した通り、きゃつらに自信をつけさせ現場の雰囲気に馴染ませるのが先決でありましょうぞ」
「ふふん。
それでは、王子よ。
おぬしは、こやつらをどの程度の期間で使えるところまで仕上げるつもりかや?」
「それは……可能な限り、短期間で」
「ほ。
それはまた、ずいぶんと抽象的な。
将来、この王国を背負って立つ者がそのようなあやふやな算段しか出来ぬとは……」
「三月……いや、二月で!」
「その言葉、嘘はなかろうな?」
「これ以上の短縮は、いくらなんでも出来ません。
ある程度素養がある者に詰め込むだけ詰め込んだら、おそらくは……」
「おそらく、か。
この王国では、人材を養うにおそらくで算段するのか?」
「……ぐっ。
し、しかし……」
「いいか、王子よ。
おぬし、いい加減こちらの空気に毒されて気が緩んでおるのではないのか?
おぬしは、この王国の王位継承者であるぞ。
おぬしの一挙手一投足を注視して揚げ足を取らんとする輩が常にいると心得よ!」
「故国を飛び出してここにいるティリ様にだけはいわれたくはありませぬ!
とはいえ……それもまた、正論でありますな」
「……待て、はなしは後じゃ。
子どもらが、途切れた」
「途切れた?」
「みよ。
おおかた、用意していた火炎瓶やら発破やらが尽きたのであろう」
「おお!
誠か!」
「うん。そーだよ。
今、新しい火炎瓶作っているところ。
でももう、手頃な空き瓶がなくってさ」
「小さな壷でもなんでもいい! さっさとかき集めてこい!
それでもなかったら、発破だけでもよい!」
「うん。わかった。
それじゃー、向こうにそう伝えるー」
しゅん。
「さて、どうするか、王子よ。
このような状況を捌くために、おぬしが監督者としてここに残ったものと思うが……」
「……ティリ様がはなしかけてくるから、注意力が散漫になったのでありましょうに……。
やつらがいないとあれば、この余一人でなんとでもしてみせる!」
「ほ。
いうたいうた。
では、任せたぞ。
まだまだあのモンスターは続々と来る様子であるが……わらわは、いいいよ危ないと断じるまではここで高見の見物を決め込ませて貰うとしよう」
「ふははははは。
任され申した!
そもそも、このような状況こそこの余が望むところ!
ティリ様はそこでこの余の獅子奮迅の戦いぶりをば、ご高覧あれ!」
「やれ、頼もしきかな。
……その頼もしさが、言葉だけではなければよいがの」
迷宮内、某所。
「それでお前、あの余のにーちゃんとわらわのねーちゃん、二人残してこっちに帰ってきたのかよ!」
「うん!
あの人たちが、そうしろっていったから……」
「馬鹿!
なに落ち着いてるんだ!
キリっとしたねーちゃんの方はともかく、あの小太りのにーちゃんはいかにも頼りなくてよさそうだったろ!
早く準備を整えて、一刻も早く応援にいくぞ!
あそこまで投げにいくやつと火炎瓶つくるやつ、二手に分かれろ!
それから、新しい発破は……」
「……今、持ってきた!」
「その箱、さっさと開けろ!
まだ必要になるかも知れないから、追加分も持ってこいよ!」
「今、こっちに向かってるって!」
「火炎瓶が間に合わないのなら、発破だけでも抱えてあそこに戻るぞ!」
「火! 火縄も持ってけ!
発破だけ持って行っても、どうにもならねーぞ!」
「おう、そうだったそうだった。
じゃあ、発破持ったやつから、あそこに戻るぞ!」
迷宮内、某所。
「……どりゃぁーっ!」
ずざっ。
「……はぁ、はぁ……。
このっ! くのっ!」
ざずっ! ずしゃっ!
「……はぁ。
その特性ゆえ、防御をはなから度外視した無勝手流もいい太刀筋であるが……ただひたすらに全身の力と体重を込めての一刀は、存外に破壊力があるの。
もっとも、あのモンスターの進行を止めているのは、斬撃のおかげというよりはあの王子が自分の身を呈してせき止めている風ではあるのだが……」
しゅん。
「……大丈夫か、余のにーちゃん!」
「大事ない。
みよ、この通り、モンスターをここより先に一歩も通さずに置いたぞ!
ふはははははは!」
「……ひ、ひぇ……。
にーちゃん、ボロボロになりながら、なに笑ってんの?」
「見た目はこうだが、こうみえても余はチート能力の持ち主であるからな。
傷一つついてないわ。
わははははははは」
「それはいいから、にーちゃん。
無事ならさっさとそこから退いてよ!
でないと発破も投げられない!」
「む。
そうであったな。
では、最後にもう一太刀……せいっ!」
ずしゅっ!
「……よし。
あとは任せた!」
「ああ、丸っこい体の割には逃げ足が早い!」
「そんなこといってる場合か!
火をつけて、さっさと発破を投げろよ!」
「お……おう。
お前、火縄を持っている係な!」
「どんどん投げてけ!」
どかん。どかん。どかん。
「……はあ、はあ」
「お世辞にも洗練されていたといいがたいが、それだけに懸命ではあったな」
「ティリ様よ……それは、余を褒めているのか?」
「褒めているわけがなかろう、このうつけ者が!
帰ったら初手から叩き直してやるからそのように心得よ!」
「……はあ、はあ。
それは……ティリ様、自ら?
それはそれで、栄誉なことではありますが……」
「このたわけめ!
このわらわ手ずから手ほどきを受けようなどとは百年早い!
知り合いに武術の基礎の基礎を教えるのに適切な人材がおるから、そやつに頼む!
おぬしの武はあまりにも野放図で後先を考えず基本も発展性もない!
素振りからやり直せというておるのじゃ!」
「し、しかし余にはチート能力が……」
「馬鹿者!
他者を導く立場にいる者が常道を無視してなんとする!
それではおぬしの後に続く者がいっそ哀れに思えてくるぞ!」
「……む。
そ、それは……」
「いいか、王子よ。
おぬしは、おぬしの意志で、自分がここにいるやつらの手本になることを選択したのだ。
特性だかちーとなんたらだか知らぬが、そんな御託を理由に、他人にものを教える立場の者が自ら学ぶことを放棄して、それでこの先もまともにやっていけると思うておるのか!
心得違いもいい加減にせよ!」
「……は……。
はっ!
た、確かに……その……」
「もうよい。
おぬしにまだしもやる気があるのなら、わらわがこれより手配する者の指導におとなしく従うのだな」
「は……はあ」
「あのさあ、わらわのねーちゃん」
「なんじゃ?」
「ごちゃごちゃと、よく分からないけど……ようするに、ねーちゃんがこのにーちゃんに、武術の先生を紹介してくれるってことだろ?」
「そういうことになろうな」
「ならついでに、おれたちの面倒もみてくれね?
おれたち、昨日も今日も走り込みばっかりやらされてて、いい加減、飽き飽きしてきたところなんだ」
「はは。
そうくるか。
どうする? 王子よ。
おぬしのところの少学舎で指導料を負担するというのなら、これより紹介する指南役にその旨を含めておいてもいいのだが……」
「その程度ならば、おやすいご用でございます。
ティリ様」
「ふむ!
では、そのように手配いたそう!」