127.てーぶるのしたでけりあうえがお。
「はぁーい」
がたっ。
「そんなに驚かなくてもいいわよん。
直にはなすのはこれがはじめてかしら?
帝国大学の言語学部に在籍している、リリスといいます。
そちちらは、ククリルちゃんたちのパーティに合流した期待の新人さんたち、ってことでいいのかしらん?
なんなら、わたし、手話も使えるけど、そっちに切り替える?」
ぱら。
『配慮無用』
「あら、そ。
ところであなた方、アウルデレッドおじさまに育てられたんですってん?」
さらさらさら。
『院長先生を、ご存じなんですか?』
「昔、ちょっとねん。
北方にお仕事で出かけたとき、自由騎士団ともおつきあいがあって……」
さらさらさら。
『自由騎士団?
院長先生が現役だったのは、二十年以上も前のはず』
『あなたは、今何歳ですか?』
「あらあ?
女性に年齢を聞いちゃうの?
うん。
まともに答えはしないけど、わたしたち風の民は長寿ということでも有名なの。
不老不死とはいかないけれど、大病とか大怪我でもしなければ、二百年以上は平気で生きちゃうのねん。
懐かしいわねん。
疾風アウルに副官のダリッドとドグザ。
今の団長さんは、ドグザさんでしたっけん?」
さらさらさら。
『ドグズワール卿は昨年末に引退した。
今の団長は、ズデルサレート卿になる』
「あらまあ、あの駆け出しの少年が!
まあまあまあ、立派になっちゃてまあ!
ところで、あなたたち。
院長先生しか接点がないにしては、ずいぶんと北方自由騎士団の内情に詳しいのねん」
さらさらさら。
『以前から、孤児院の者はみな、お世話になっていた。
北方を発つときも挨拶をしてきた』
『そちらこそ、北方の事情にずいぶんと明るいようだが?』
「だってぇ、これでも帝国に使えている身であるわけだしぃ。
それに、ここの帝国人は結束が硬いから、なにかと細々とした噂話が自然と耳に入ってくるようになるのよねん。
帝国ももう長いこと宗主国をやっているわけだから、大陸中の情勢には目を走らせて耳を澄まして有事に備えているわけだしぃ。そんくらい用意周到に神経をとがらせていないと、ここまで長いこと覇権を維持できないわよんねん。
特にお役所関係と密なおつきあいがあったりすると、各地の情報も自然と耳に入ってくるものよん」
ぱら。
『そうなのですか?』
「そうなのよん。
特にここは、折衝官省のスタッフと大学の職員が一緒くたになって働いている関係で、それはもう噂の伝播速度がはやいはやい。
辺地の情報なんかは下手をすると帝都に届く前にこっちに届いているんじゃないかってくらいで……。
それはさておき。
どう?
あなたたち。
もう、こちらの環境やお仕事には慣れた?」
ぱら。
『こちらに来て、まだ日が浅いので』
『不慣れなことも多い』
『問題ない』
「それはよかったわん。
先輩方の助言を軽んじたりせず、危ない橋を渡らない方がいいわよん。
ことに、こういう危ないお仕事に就いているわけですもの。
くれぐれも慎重に、注意深く、とことんリスクを回避していくのが長生きのコツよん」
『釘を刺された』
『雌狐』
『流石は帝国。自己主張が激しい』
『ここのギルドの鷹揚さのが、異常』
『ようは……帝国は見ている。
帝国の不利益になるような真似はするな、ということ』
『警告と牽制』
『わざわざそれをしてくれるってことは、このままなにもなければ泳がせてくれる。
と、いうことなのだろう』
『慎重に、注意深く、とことんリスクを回避して……か』
『基本だが、現場でその通りに出来れば世話がない』
『せっかく、この国の王子や帝国皇女と知り合えたのだ。
このまま過ごしていても、それなりに有意な情報は収集できるのではないか?』
『無理をしてこれ以上の深入りをする必要はないと?』
『帝国の間諜を敵に回しても勝ち目は薄い。
下手に刺激をして撤退を余儀なくされるよりは、細く長くこちらの情報を送り続ける方が有意義』
『帝国が外部への持ち出しを禁じている情報には手を着けずに、か』
『メリットとデメリットを勘案したら、雌狐がいったとおり、無理をしないのが得策。
……くやしいけど』
『しばらくは冒険者生活、か』
『これはこれで、楽しくはあるのだが』
『同感』
『今の楽しさに慣れてしまうと……この後が、きついぞ』
「どうした、ゼグスくん。
こっちに戻ってくるそうそう、頭を抱えて」
『この世界の複雑さに少し目眩がしてきた』
「はは。
ゼグスくんもそんな冗談をいうのか。
それで、どうだった?
ギルドの方の、通辞役の首尾は?」
『なんとか、無難にこなせたと思う』
「ギリスさんに駄目出しを出されなかったんなら、たぶん大丈夫だろう。
この手の便利すぎる翻訳ツール持っているのは今のところおれとゼグスくんだけだから、これからもなにかあったらよろしく頼むな。
明日はまあ、さっきもいったとおり、リンナさんの聞き取り調査に同行して通訳してやってくれ」
『それはいいのだが……そうするとシナクは、一人になるわけか?』
「確かにリンナさんが外れるのは厳しいけど、まあ、他にも大勢の事務員さたちも控えているし、一日二日くらいは大丈夫でしょう。
こっちもまだまだ手探り足探りで、やるべき仕事ってのが固まっていない状態でもあるし……。
あ、そうだ。
こっちにも徐々に元魔王軍兵士が合流してきているから、時間が空いたりしたら顔を出しにくるといいよ。
ゼグスくんは、いろいろと例外的な存在だけど、一足お先に冒険者として活動をはじめちゃったわけだし……。
と、そういや、まだそっちのはなしを聞いていなかったな。
あれ、どうだった?
冒険者初日の感想は?」
『どう……といわれても……。
ほとんど見学だけで、あまり冒険者らしいこともやっていないのだが……』
「それもそうか。
ま、最初のうちはそんなもんだよ」
『あ。
でも、一応戦闘行為らしきものもやったな。
ティリ様の指示で』
「……ほう。
初日からか?」
『ああ。
こーんな大きな蛙を、ぶん殴った』
「はぁあっ?」
『大きな蛙を、ぶん殴った。
あの魔女が名づけたところの、魔王の権能、とかいう能力を発揮するのはこの右手で直接対象となる魔獣に触れる必要があり……』
「ちょっと待った!
ゼグス!」
『ティリ様、なにか?』
「おぬしは……あー。
少々、いや、かなり微妙な立場にあるということを忘れるな。
しばらく、公の場で魔王の力うんぬんについて詳細に語ることを禁じる。
シナクよ。
そのおりについての詳しい報告は、またの機会にな。
今日はまた、かなり半端なところで切り上げてしまったし、まだまた確認や検証をしておきたいこともあるのじゃ。
もう少し詳細な部分まで判明したときに改めてはなしをするから、今のところはなにも聞き返さずに捨て置いてくれ」
「ああ……はあ。
ま、ティリ様がそういうんなら、無理に聞こうとも思いませんけど……。
あー。
ティリ様。
なにか、後ろ暗いこととか、考えてやしませんよね?」
「しておらん!」
「王子様。
先ほどなんか、射的場以外の遊技についてもいいかけていたじゃないすか。
ビリなんとか、とか、ボーなんとか、とか……」
「ビリヤードにボーリングな。
どちらも、多少の場所や設備を必要とする遊技になるな。
こちらでも、設備を用意すれば再現可能だと思うが……いや、ボーリングは避けておいた方が無難か」
「なんでですか?」
「場所も取られるし、大がかりな設備ないしは人手が必要となるからだ。
前世においてはすべて機械仕掛けで処理していたが、こちらで再現しようとすれば人力に頼るほかなくなる。
そう考えると、ボーリングよりはダーツくらいから開始した方がよいのであろうな。
あれは、的と投げ矢を用意するだけだから、お手軽に準備が整えられる」