125.まほうをつかってくらやみのなか、とおくまでみとおすほうほう。
「暗い場所に存在するものも含めて、遠くを見通す……。
星明かりの魔法と、空間操作系の魔法を組み合わせれば、あるいはなんとか……」
「おお!
出来そうであるか!」
「試してみないと、可能かどうかは断言できない。
どちらか一つだけの要件を満たすだけならそんなに手間はかからないのだが、両方の要件を満たすとなると、なにしろ前例がない。
少し時間が欲しい」
「ちょっと待って、ルリーカちゃん!
星明かりの方はともかく、空間操作系って……たかだか遠くを見るだけのことに、そんなに複雑な術式を使うつもり?」
「そうですけどなにか?」
「なにか問題でもあるんですか? リリス博士」
「問題っていうか……牛刀をもつて鶏を割くっていうか……。
とにかく、空間操作系の魔法っていうのは、とんでもなく複雑な魔法なのよん」
「あれ?
転移魔法とかってのも、その空間操作系の魔法だよな?
ここではかなり頻繁にお世話になっているけど……」
「あれは、使用頻度が高くて古くから使用されているから、使い古されて枯れた術式だけで構成されていて、それだけ間違いも少なくて安全性が保証されているわけだけど……これからオリジナルの術式を一から作るとなると……手間も膨大だし安全性や確実性を保証するためには何千、何万回と試験を繰り返す必要が出てきて……。
正直、実用化に至るまでの手間を考えると、よほどのことがないと割に合わないし……その、あまりいいたくなんだけど、とくに安全性の問題が……」
「……そんなにやばい術式なんですか? 空間操作系ってやつは?」
「やばいっていうか……ようは、この世界に勝手に穴をあけたり無理に繋いだりしているわけだから、どうしてもどこかに歪みが発生するし、その事後処理も含めると計算の方もとんでもなく複雑に……しかも、空間が相手だから事故とか起きたりしたら洒落になんないし……」
「あー……ルリーカ。
おれ、あの先生のいっていること、半分も理解できないんだけど……」
「では、これから少し詳しく解説する。
その前に確認。
帝国皇女。
帝国の暦部が使用している遠見鏡は、レンズを組み合わせて図像を拡大してみる光学的な装置になるのか?」
「ふむ。
その通りじゃ。なんでも、ひとつのレンズを研磨するのに半年以上かかるとか……」
「光学装置であるということが判明すれば他の詳細は関係ない。おそらくピス族も、もっと精巧なものを使用しているにせよ、基本的には同じ原理を使用していると推測できる。
同様の効果を術式で得ることは可能。
理論的に考えれば、目前の大気を操作して屈折率を調整すれば、光学装置と同等の効果が得られるはず」
「では……なぜそうしないのだ?」
「それだけでは暗闇に対応出来ないから。
暗闇の中にあっても対象物の様子を確認するためには、いくつかのアプローチを考慮出来る。
肉眼では感知できないかすかな光量を増幅する。
肉眼そのものの性能を一時的に底上げする。
光以外のモノ、たとえば音や温度などで対象物を見分ける、など。
しかし、それぞれに問題点を抱えており、どれが最長の方法であると断言することは難しい。
特に迷宮内での戦闘時に使用することを前提とすると、それぞれに致命的な欠点を抱えていたり使い勝手が悪かったりする」
「ルリーカ。
今例にあげたやつだけでも、その欠点とか短所とかを具体的に説明してくれるか?」
「かすかな光量を増幅する方法を採用した場合、外部の明るさが急激に変わった場合、ことにいきなり極端に明るくなった場合、使用者の視界がまばゆい光に覆われ一時的に失明状態になる。いわゆる、目がくらんだ状態。
肉眼そのものの性能を一時的に底上げすることは可能。しかし、視力のあり方というのは種族ごとに異なった特性を持っており、同じヒト族でも個人差が大きい。単純に底上げすればよい、現在ギルドの売店で販売されている各種強化アイテムとでは、その点が根本的に異なる。この方法を採用した場合、使用者ごとに専門知識を持った者がかかりきりになって微調整を行わなければ、現場で有効に運用できるレベルものにはならない。そうした手間はコストに跳ね返ってくる。つまり、かなり割高になる。
光以外のモノ、たとえば音や温度などで対象物を見分けることも原理上は可能だが、これは符段目にしている光景とはまるで別の図像として見えることになる。慣れるまではその図像がなにを映し出しているのかさえ、判別できない。また、体温を持たない相手は温度差が発生しないし、まったく動かない相手は音を発しない。つまり、見えるモンスターと見えないモンスターの二種類が常に存在することになる。いくつかの形式を併用する場合にも、それぞれの図像がなにを映し出しているのか、理解するためにかなりの学習を必要とする」
「……よし、わかった。
本当に、使い勝手が悪かったり欠点が多かったりするってことが、よく理解できた。
それで……ルリーカの考えでは、空間操作系の魔法を使えば一番うまくいくって、結論になったわけだ」
「一番うまくいく、というよりも、他の方法よりは多少まし、程度」
「じゃあ、その方法について説明してくれるか?
あー……おれたち門外漢にも、理解できるレベルで」
「現在構想している術式についてより正確に表現するのなら、空間操作系と光量増幅を組み合わせて、その他にも細かい多様な術式で微調整を施すものになる。
空間操作で対象物の近くから光……図像のみを取り出して、間近に……それこそ、目前に展開する。
かといって、その図像にばかり気を取られて周囲への注意が疎かになるのも場合によっては死活問題になる。
だから、見た目的には、目前の空間にこれくらいの大きさの半透明の図像が出現する形になる」
「わざわざ半透明にするってことは、その図像の向こう側の視界も確保したいからだよな?」
「その通り。
遠すぎて見えないのなら、近くの光を集めて転送してくればいい。
魔法ならば、それも可能。
その図像を表示する際に、明るさも任意に調整できる仕様にする」
「しかし、そうなると……標準が、つけにくくはならないのか?」
「それについては、なんともいえない。
そもそも、ルリーカは狙撃銃とか機銃とかを使用した経験がない。
この上どういう工夫を凝らせば狙いがつけやすくなるのか、といった知識も、当然持たない。
今のはなしは、あくまで王子がたった今要請した、暗闇の中で遠くまで見通せる方法の解決策でしかない。
必要とあれば、さらに具体的な指摘をクリアする形で改良策を提示することも可能」
「……そうであったな。
これ以上の工夫は……この魔法使いに銃器を与えて使わせてからでないと、的外れなものになる公算が高いわけか……。
よし。
あとで改良を加えることを前提として、基本的にはその方法を採用することにしよう。
術式の開発費用はそちらのいい値で用意する。
そのような条件で、開発を引き受けて貰えるか?」
「考慮する。
今の時点では、そうとしか、いえない。
現状、ギルドから依頼されている別口の依頼を優先している。
そちらが一段落するまで手をつけられない。また、これほど入り組んだ術式となると、理論しか知らないきぼりんやナビズ族に任せておくのは不安。
だから仮に将来引き受けるにせよ、それなりに待たせることになるかと思われる」
「ギルドからの依頼?
それの優先度は、かなり高いのか?」
「高い。
未知の魔法体系、それも時間を操作することが可能な魔法についてまとめている最中。
魔法学史に残るくらいの発見。
疎かには出来ない」