124.つうやくとひょうじゅんき。
「……帰ってきたぞ。
ギリスのやつ、前の世界では気弱キャラだったくせに、すっかり逞しくなりおって……」
「あ、リンナさん、お帰りなさい。
たっぷり絞られてきましたか?」
「ああ、たっぷりな。
おかげで、明日からしばらく聞き込み調査をすることになった」
「聞き込み調査?」
「それ、例の、頭脳種族についてよ。
あの種族が他の種族をどのように扱っていたのか、奴隷種族と称される連中から広範に事情を聴取してこちらでの処遇の参考にしようということになっての。
本人の申告によれば、奴隷種族は大事な財産だからいたずらに損なうような真似はしない、などと合理的だが非人情なことをうそぶいておったが……」
「なる。
そういうはなしの流れになりましたか?」
「ということで、しばらくそちらの手伝いがおろそかになることになると思うが……一人になっても大丈夫か?
シナクよ」
「まあ……正直、自信はありませんけど……いざとなれば、事務員を増やすなり他に応援を頼むなりして対処してみます」
「すまぬな。
そうしてもらえると助かる」
「それで……ゼグスくんの方は?」
「狐顔の頭脳種族との通辞役として、ギルドに残っておる」
ギルド本部。
『……こちらの状況は、今の説明でおおむね理解できた。
それで、われら頭脳種族にどのような役割を期待しておるのか?』
『迷宮の状況はだいたい把握した。
具体的になにをすればいいのか?
と、いっている』
「他の種族を使役してきたという経験を活かして、各部署の人員をうまく働かせる役割をお願いしたいわけです。
現状、ギルドの処理能力も常時めいっぱい状態なわけです。
くわえて、冒険者以外の業種については未経験な部分が多く、われわれギルドはうまく管理が出来ていないのではないかという不安を持っています」
『冒険者以外の部署の統括をお願いすることになる。
本業以外の部分には手が回りきれないし、不慣れなため不安も大きい。
人を使うための経験と知識と技術を持っている、というが嘘ではないのなら、それくらいは期待してもいいはずだ』
『他種族を使役すう技術については、嘘でもはったりでもなく、事実である。
むしろ、生まれついての支配階級たるわが頭脳種族の面目如実、もっとも得意とするところ。
試しにどこかの部署を任せてやらせて貰えば作業効率を即座にあげて実績にて虚言ではないことを証して見せよう』
『自分で働くことはいやだが他人をうまく働かせることだけは得意だそうだ』
「そうですね。
一度、実地に試してみるのが一番手っ取り早いでしょう。
そのためには、まず資料を……。
あ。
まだ、こちらの文字や文章は、ぜんぜん読めないのでしたよね?
……どうしましょう……」
『彼女は、こちらの世界の言語に不案内なおかげで手渡すべき必要な資料を読めないのではないか、といっている』
『ふむ。確かに。
それは、問題ではあるな。
詳しい文法や詳細な辞書の整備は後回しにしてよろしい。
とりあえず数字と、それにその仕事に必要な単語のみを優先的に抜き書きして教えて貰えば、あとはこのネズミモドキの通訳種族に訊ねながらどうにかしてみよう。
どのみち、先ほどの粗暴な雌が聞き取り調査とやらを終えるまで、われらに行動の自由を与えるつもりはないのであろう?』
『数字と、それに最低限、仕事に必要な単語のみをまず最初に教えてくれ。
あとはナビズ族に尋ねながら処理する、だそうだ』
「そうですね。それより他に、即効性のある解決策はないと思います。
資料も、ご覧の通りほとんど数字の推移でまとめてありますから、当座はそんなに膨大なことをおぼえなくてもなんとかなると思いますが……」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「……ふう」
「あ、王子様。
ピザ作りとやら、もう終わったんですか?」
「終わったといっても、小麦粉を水で溶いて練ってきただけだがな。
あとは小一時間ほど寝かせてから適当な大きさに整えて、チーズやトッピングを乗せて焼くわけだ。
オリーブオイルもトマトもこちらにはないので完全に元のものと同じとはいえぬが、それでもかなり近いものにはなったはずだ」
「お疲れ様です。
いやあ。なんかおれ、王子様の前世うんたらいう戯言、信じてもいいかなーって気がしてきましたよ。
妄想にしても首尾が一貫しすぎているし……」
「今まで信じていなかったのかよ!」
「妄想でもなんでも、その知識が役に立てばいいでのはないですかぁ? 王子様ぁ。
真偽のほどは、それこそ本人にしか確認できないわけですしぃ……」
「う……うむ。
余としても、半信半疑の者に無理に信じて貰おうとは思ってはいないがな」
「それでいいのではないですか? 王子様。
われらはこのような環境で働いておりますゆえ、別の世界が存在することについては疑問の持ちようもありません。
王子様のいう前世とやらも、そうした諸世界の一つであってもいい……とも、思いますが……いかんせん、確証を得るほどの根拠はいまだ提示されておりません。
そのような前世の記録があろうがなかろうが、王子様がその知識を民のために役立て続ければ、民の忠誠は自然と王子様に集まります」
「マルサス、普段はぼーっとして口数が少ない割に、ときおりおいしいところもっていくよな」
「いや、それはいいのだが……。
そうだ。
そこのぼっち王の膝の上に乗ったちびっこ。
おぬしは確か、魔法使いであったな」
「確かに魔法使いですがなにか?」
「魔法使い以外の者が、あの目立つ三角帽子をかぶっていることって、まずないわよねぇ」
「ちょうどよかった。
少々、魔法使いに相談したいことがあったのだ。
もちろん、改めて相談する以上、解決策が提示されるのなら、しかるべき報酬は用意させて貰う」
「それは当たり前。とりあえず、おはなしプリーズ」
「暗い場所でも遠くまで見通せるようになる魔法、などというものはないものか?」
「周囲を明るく照らす魔法なら、何種類か存在する」
「そうではなくて、暗いままで遠くまで見通すことが出来るようになる魔法、だ。
遠い場所の光景が、すぐ近くにあるように拡大して見える魔法と併用できれば、なおいい」
「王子様、それって……迷宮で使うことを前提とした……」
「当然である。
攻撃力に優れたアイテムや術式は次々に開発されているというのに、索敵に関する事柄が以前として弱いままだ。
おかげで、せっかく長距離からも攻撃が可能になったというのに、その利点をうまく生かし切っれていない。
光学機器や電子機器を使用できればこの手の問題は即座に解決できるのであるが、以前、ピス族に相談してみたところ、こちらの世界ではまともなレンズ一つ作るのにも膨大な費用と時間を費やさねばならない。
持ち歩きが出来るほどの大きさで実用的な性能を持つものを作るとなると、これはもう絶望的な困難を伴う。
仮に開発に成功するにしても、何十年も先のことになるだろうと……。
だから、あとは魔法頼りになるわけだ」
「王子よ。
そなたがいっておるのは、いわゆる遠見鏡のたぐいのことか?
確か、帝都の暦部が、天体の観測するの使っておったが……あれは、こーんなに大きくて、専門の建物にようやく収めているような代物であるぞ。
持ち歩いたり銃器の標準をつけるのに使用するなどというのは、夢のまた夢」
「ティリ様よ。
大陸でももっとも進んだ技術を持つ帝国でさえ、そんな有様なのですが……。
はぁ。
これはいよいよ、魔法が頼りになってきた。
さあさ、魔法使いよ。
そのような用途に使用できる術式について、思い当たることはないのか?」