28.きゅうじつにはきをつけろ。
「剣聖様とかギリスさんとか、なにやら難しいはなしをし始めた人たちは、置いてきたわけだが……なんで、お前らまでついてくるん?」
「そういうな、抱き枕。
まだお前さんにここいらを案内してもらう約束を果たしてもらっていない。今日は、いい機会だろう」
「いや、そっちはいいんだよ。前々からの約束ではあったしな。ここまで引き延ばしてきたのは、どちらかというとそちらの対人恐怖症のせいで……。
それよりも、あれだ。
そっちのおまけどもだ。お前らまでぞろぞろついてくる必要はないだろう?」
「わははははは。
そういうな、シナク。ちょうどうちの子たちの散歩の時間だしなあ」
「実質会議なあっちよりもなにが起こるか予測のつかないこっちの方が面白そうな件」
「お前ら……。
あー。はいはい。ヌクリスのお嬢ちゃんもおれの耳ひっぱらないでねー」
「シナク、その格好のときは、おれ、ではなく、わたし、か、わたくし」
「はいはい。もー、面倒だなあ、いろいろと。
なんでおれが子守なんか……こら、ハイデルの坊ちゃん、人のスカートの中に潜りこまないの!
そういうことやり続けると変態に育っちゃいますよ!」
「わはははは。
今、使用人の格好しているのはシナクだけだしなあ。他の誰かが子守しているよりは自然だろう」
「それに、子守をしていれば、シナクそっくりのメイドさんが、相対的に目立たなくなる」
「聞いたところでは、おぬしはもうこのへんでは相応の顔だというはなしではないか。冒険者として真っ先に名が上がる猛者に女装癖があると噂されるのは、いかにも体面が悪かろう」
「そりゃ、そうだが……あてて。
こら、ヌクリスちゃん、お願いだから髪の毛ひっぱらないでっ!」
「……あー!
ルリーカちゃんとバッカスだぁ! やあやあ、奇遇だねえ!」
「また……やかましいのが……」
「わはははは。
コニスか。レニーはまだ王都か?」
「そうそうまだ王都。
なんだかいろいろ根回しとかお土産の手配とかで忙しいらしいよっ!
おや、ルリーカちゃん。そういういかにも女の子らしい服も似合うね!
あーっと、珍しい! 塔の魔女さんまで! 魔女さん、もう人の視線は気にならないのかなっ!」
「昨夜、醜態を晒すだけ晒したんで、かなり吹っ切れはした。
正直、まだ人混みは怖いのだが……」
「まだ昼前だし、ここはさして大きい町でもないから、人混みというほどの人には出会わないと思うよ!
でも上背がある魔女さんが男物をびしっと決めていると、否が応でも人目を引くだろうけどねっ!」
「……そ、そうか?
せめて、帽子を目深に……外套の襟もたてて……」
「っと……あー!
いつぞやの、シナクくんそっくりのメイドさんだー!
そっかー。きみ、剣聖様のところの子だったのかぁー!」
「そ、そういうわけではないのですが……おほほほほほ。
い、いえね。ときおり、臨時雇いで子守なぞを。おほほほほ」
「そっかあー。臨時雇いの人もいるのかああそこのメイドさん、数が多すぎて、いまいち全員のことを把握していないだよねー」
「……本当に気づいてなさそうなのが、地味にすごいな」
「コニスは本能で生きている。知性とか高度な判断はレニーの分担。その分、鋭いところもあるけど、本質的でない部分に関してはあえて詳細を知ろうとしない傾向がある」
「なるほど。野生の勘だけで世を渡るタイプか」
「魔女さんとルリーカちゃんは、なにごちょごちょいっているのかなぁ?」
「現状の分析と解説」
「あはははは。
ルリーカちゃんがいうことはときおり難しすぎてよくわからないよー!」
「ところでそちらは、今日は迷宮に潜っていないのだな」
「そうそう。
迷宮の方は、見習いたちの習熟期間ということで、いくつかのパーティにわけて準安全地帯を走らせているよっ! もちろん、本番同様に荷物持たせて、完全装備でね!」
「実践的な訓練だな……ですわね」
「そうそう、わかっているねメイドさん。さすがは剣聖様のところに勤めている人だね!
シナクくんほど逃げ足が早い人はさすがに望めないけど、それでも体力と脚力は必要だからね!
それで、その間にこっちはいくつかの工房とか商会にわたりをつけて、必要な装備とか消耗品を定期的に納品してくる手筈を整えているところだよ! ギルドの人たちはドロップアイテムを売りさばくルートは持っていても、買いつけの伝手はあまりないみたいだからね!」
「わはははは。
そうだな。コニスなら昔の顔なじみとかも多いし、適任だよなあ」
「それじゃあ、みなさん!
そういうわけで、わたしは先を急ぐから! 夜にでもまたマスターのところで会いましょう!」
「……ふう。
いったか……」
「わはははは。
あいつ、最後までシナクのことをメイドさんだと思いこんでたな」
「おまえがいうなっ!
で……魔女さんよ。どこに行きたい?
っていっても、狭い町だからなあ……案内できそうな場所も、そう多くはないんだが……」
「適当に、町中を散歩でもしてみよう。
現在の外界の生活水準に興味がある」
「へいへい。
そんなんでいいんなら、喜んで。
こらこらヌクリスちゃん。人の耳を甘噛みしない。あんまりいうこと聞かないと、もう肩車してあげないよ」
「……ふむ。
予想以上に人が少ないな」
「昼間だし、市がたっている日でもないし……。
もともと、迷宮が出現するまでは、廃墟になりかかっていたくらいの寂れた町だしな。今は迷宮ラッシュで、かなり人が増えてきたそうだけど……」
「わはははは。
そうだな。空き家も、もうかなり埋まってきている」
「それと、これからどんどん雪が積もってくる。
今はまだ気軽に出歩けるけど、あと何回か吹雪がくると、雪が屋根の上にまで積もる。これからの時期は、用事がない人はあまり出歩かない」
「わはははは。
雪が本格的になる前に、って感じで、かなり急激に人が入り込んできているってはなしだなあ。
ここは町の中心部にちかいからあまり感じないけど、街道沿いとかは人とか物の出入りがかなり増えて賑やかなことになっている」
「バッカス、人って、冒険者志望のことか?」
「わはははは。
それもあるし、あと、目端の利いた職人とか商人とかだな。迷宮からは珍しい素材が出てくるから、それ目当てで……」
「なるほど。
売りに出されるのをまつ一方ではなく、産地で直接、自分の目で目利きしたり取り引きしたりしたいやつらもいるのか……」
「……で、ここが、おれがいつも使っている薬師のじいさんの工房な。ここ一軒いろいろなものが揃うんで、それなりに重宝している。
おーい、じいさーん……」
「……おー。シナクかぁ?
珍しいな、こんな時間に……ん? んん?
バッカスとルリーカともかく、こちらのボインちゃんとメイドさんは……んんん? はて、この顔、どこかで見たことがあるような……」
「ぼけたか、じいさん?」
「やや! その声!
おぬし、女顔だとは思っておったが、よもやそのような性癖であったとはっ!」
「違う! これ、大人の事情!
もっと端的にいうと、昨日酔いつぶれて剣聖様に服を洗われたあげく、着替えをこれしか貸してもらえなかったのっ!」
「お、おう。
さ、さようであったか……剣聖様なら、いたしかたがないのう」
「そうだろ! しかたがないだろ? 剣聖様なら!」
「まさしく、大人の事情じゃ」
「まったく、大人の事情だ」