120.さかばにてしぜんにしゅうごう。
「それで、まずはここに連れてこられた元魔王軍兵士二百名を、使える冒険者にしたてあげる、と」
「とりあえず、なんとか使えるところまではもっていきましょう。
彼ら、どうにも自分の命を軽んじる傾向がありますから、その癖をここの冒険者流の、なにがあっても生き残るという風に叩き直す必要がありますが……」
「そうした傾向は、半熟教官どもとパーティを組んで何度か迷宮に入れば、自然と矯正されよう」
「そう、願いますけど。
やっぱ、軍隊と冒険者とでは、根本的に違うんだよなあ。
冒険者は、自分がやられたらそれで終わりだけど……」
「軍人は、それこそ、身を捨ててこそ浮かぶ背もあれ、一人が捨て石になることで他が生きてくる、という局面があるからな」
「個人的には、そういうの、大嫌いなんですけどね。
さて、これまで性根の底に叩き込まれていた感覚を、ここに来てどこまで矯正できるものか……」
「最悪の場合は、冒険者としての適性なしとして他の職種を勧めることになろうな」
「納得してくれれば、いいんですけれどもね。
ま、基本的には、そういう方針で。
それで、その二百名だかが冒険者としてある程度仕上がったら……」
「半熟教官二百名とその二百名、あわせて四百名が即席の教官となって、使える冒険者を増やしていく、と……。
あとは、倍々に増やしていくわけか」
「そういければ、理想的なんですがね。
さて、実際には、そううまくいきますか……」
「あまりにも膨大な人数、それに、言葉の壁。
教えるべきことは多すぎるくらいだし、不安材料には事欠かないからの」
「ギルドとしては……こちらの教練課程からドロップアウトして、迷宮内の別口の仕事に就いてくれた方がありがたい位なんでしょうけど……」
「とはいっても、まずその冒険者が迷宮探索をしなかったら、迷宮の産業全体が停滞することになるからの。
ましてや、冒険者といえば、高額な成功報酬が約束されているかわりに、モンスターは日々強く、危険は刻々と増しているわけで……」
「ある程度意識的に増やしてかなければ、なり手が少なくなるばっかり……か。
実際……ぼちぼち、これ以上は割に合わないと思って辞めていくやつらも、多そうだしな……」
「その方が利口であるともいえるのだけどな」
「五体満足なうちにしっかりとまとまった金を貯めてすっぱりと辞められるのなら、そりゃ一番いいでしょうよ。
だけど、そういうのばかりが増えても……」
「今度は、迷宮が回らなくなる。
ふむん。
シナクよ。
おぬしはだいぶん、厭がっておるようだが、こうしてみるとおぬしの風評をことさらに広めようとするギルドの方針は、あながち間違ってはいないようだな。
今のギルドと迷宮には、みながあこがれる、花形の冒険者が必要なようだ」
「人寄せの珍獣ですか、おれは。
そんなもん、別におれじゃあなくったって……」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「それでぇ、ティリ様。
例のセーフハウスの件は、本気ですかぁ」
「本気も本気。
それでなにか問題があろうか?」
「問題は、特には……。
ただ、マルサスにおっしゃった条件をすべてクリアするなるとぉ、こちらが当初予定した予算を超過することになりそうでぇ……」
「金子のことなら、心配するには及ばない。
わがパーティは、どうにも仕事熱心な割に、報酬の使い方に疎い者ばかりでの。
貯まっていく一方で使う宛がない金子は、いくらでもギルドの口座に眠っておる」
「それはぁ、うらやましぃかぎりでぇ。
では、資金のことはそちら様に甘えることにしてぇ……。
ぶっちゃけたはなし、ティリ様。
あの狙撃銃の術式、売れますかねぇ?」
「……ふむ。
今後の、迷宮の状況にもよろうな。
ナビズ族の中継によれば、現在の重装甲タイプにも十分に通用する性能だというはなしであるが……」
「重装甲タイプを遠距離からしとめられればぁ、需要はありますものねぇ」
「需要と、あとは、扱い易さだな。
反動が大きく、とくにい遠距離で命中させるためにはそれなりの訓練が必要となるそうだが、そうした要素が、今後どのように響いてくるのか……」
「どんな武器でも、使いこなせるようになるまでには相応の日数を必要とします。
この術式ばかりのはなしでもありますまい」
「だがな、ハイネス。
同じ銃器でも、すでにお手軽な機銃の術式が普及している現在、そう考えてくれる者がどれほどいることか……」
「ああ、イメージの問題、か……」
「そう、それよ。
銃器は相手に向けて引き金を引けばよい、ということが、今では前提になっておる。
その条件で、威力はあるが、重くてなかなか当たらない狙撃銃術式に、どこまで魅力を感じさせれれるか?」
「……王子様が、お手軽な機銃に狙いを絞ったのは、正解ってことぉ?」
「商売的なことを考慮するのなら、大正解だな。
なにより、数多く売りさばくことが出来る。
利益も、売れた数に比例する。
開発の際に同じような苦労をするのなら、利益は大きい方がいい」
「狙撃銃の術式化と販売に、反対しなかったわけだ……」
「シナクはまだ?」
「あ。
ルリーカさん」
「ええと……耳の長いおねーさんと、耳の長い異族の方も」
「はぁい。
挨拶したことはなかったかしら。
これでも帝国の言語学博士。
リリスっていうの。
こちらは、テオ族の人たち。
迷宮にもヒト族にも慣れていない人たちだから、あんまり脅かさないでね」
「ここ。お店。なに?」
「ここは、酒場。
昼間は、お茶やお菓子も売っているようだけど……。
お酒は、飲めるの?」
「す、少し。ほんの、少し」
「ご所望とあれば、今の時間でもお茶をいれないこともないですが……。
こちらの方々は、なにか食べられないものはありますか?」
「あ。
マスター」
「に、肉や魚は、駄目。
や、野菜とか果物、好き」
「では、あとで煮込みかなにかをもって来ましょう。
今後ともご贔屓に」
「シナクたちは、新種族や元魔王軍兵士受け入れ準備でばたばたしておるらしい。
少し遅れるそうじゃ」
「そう。
新種族って?」
「グガウ族、とかいっていたな。
奴隷種族と総称されていた者たちの、一派であるそうだ」
「あ。
お、同じ」
「同じ?
なにが?」
「こちらのテオ族も、奴隷種族の一派なのん。
奴隷種族っていい方もこっちでは問題あるから、あんまりおおっぴらにはいわない方がいいのかしらん」
「そりゃ、大陸法を布告した帝国の方には、抵抗があってあたりまえでしょうねぇ」
「あれは、種族に上下なしってのが大前提の建前ですからね」
「その建前だって、押し通しちゃえば事実になるのよん。
少なくとも、建前が押し通せない世界よりは押し通せる世界のがずっと平和だしぃ」
「まったく、その通りで。
ああ、テオ族の人たち。
よその土地と比べるとこの迷宮は異族があまり珍しくありませんから、そんなに萎縮することはないですよ」
「そ、そうなの。ですか?」
「そうじゃそうしゃ。
ギルマンにリザードマン、地の民にピス、ナビズ、グガウ、テオ……。
こと異族関係については、この迷宮はかなり多彩であるな」
「そのほとんどが、この迷宮で発見された別世界の種族であるらしいっていうのが、なんですが……」
「……ゼグスよ。
なにを、先ほどから黙っておる?」
『こちらの三人と、はなしこんでいた』
「こちらの三人と?
確か、この三人は……耳と口に不自由があったと聞いておるが?」
『その通り。本人たちもそういっている。
しかし、魔女の魔法により、おれとは意志の疎通が出来る』