115.そうごりかいのほうほう。
迷宮内、臨時教練所。
「おおー……。
魔王軍の中でも選りすぐりだっていうだけあって、ガタイのいいのを揃えて来たんだなあ……」
「偉丈夫ばかりだな、確かに。
ギルドの者が魔王軍の切り込み隊と呼んでいるあの連中は、魔王軍の中でも選りすぐりの精鋭といえよう。
で、これからどうする、シナクよ」
「まず最初は……うちの即席教官と、肉体で語ってもらいましょうか。
そいつが、相互理解には一番手っ取り早いでしょう」
「と、いうことで、今からあちらのみなさまと模擬戦、やってみましょう」
「いきなりだな、おい!」
「指導をするといっても、向こうさんがこちらの実力を認めてくれないと、気が入らないでしょう?
だから、さ。
まず最初にガツンと一発、こちらの実力をわからせてやる。
最初が肝心ですよ、ええ。
そうすると引き続き、スムースにこちらのいうことに耳を傾けてくれるようになりますから……」
「……本当か? ぼっち王」
「やってみればわかりますよ」
「で、ちゃんと通訳してくれよ、ナビズ族」
(任せてー)
「ああ。
元魔王軍精鋭のみなさん。
いろいろないきさつがありましたが、今ではみなさんもおれたちの仲間です。
これで、これからみなさんの実力を拝見させてもらいたいと思っております。
つまり、あちらにいる集団と模擬戦をやっていただきます。
模擬戦は、一対一でも集団対集団でも一対多数でも、みなさんの好きな形を選んでいただけます」
(質問ー)(武装は、自前のものを使用していいのかー)
「ご自由にどうぞ。
あちらの集団は木剣を使用しますが、防具に関してはみな高価な複合防御術式つきのもので固めております。
滅多なことでは致命傷を負うことはありませんので、手抜きなしでお願いします」
(本当にー)(殺す気でやっていいのかー)(そういってるー)
「ええ、結構ですよ。
元はといえば、敵味方に分かれて殺し合った仲です。
みなさまの心の底には、遺恨もそれなりにくすぶっていることでしょう。
その鬱屈をあの人たちにぶつけちゃってください」
「おい! シナクよ!」
「これでいいんですよ、リンナさん。
長く引きずるよりは、ここで一気に膿を出しちまった方が、よほどすっきりする」
迷宮内、教練所。
「はははは。
他愛もない!
すでに半分以上が反吐をはいて地面に転がっているではないか」
「王子。
ガキ相手に本気出すのは、大人げないですよ」
「この余だって、つい数ヶ月前にはこやつらとたいして変わらぬ有様であったのだがな」
「自慢になりませんよ、それ」
「とにかく、継続は力なりだ。
ことにやつらは成長期まっただ中。
うまく調子に乗れば短期間のうちに急成長する!
それも、反吐をはいてもぶっ倒れても、次に起きあがったときに諦めていなければのはなしになるがな!」
「……畜生、あのおっさん。
小太りの癖に、よく走りやがる」
「に、逃げ足には自信があったんだけどな」
「あのおっさんは、足はあまりはやくねーよ。
ただ、えんえんと同じ早さで走り続けているだけだ……」
「それでも引き離されてりゃ、同じじゃねーか!」
「……どーした!
余に追いつけた者には金貨一枚を進呈するぞ!」
「「「「「……ちっくしょーっ!」」」」
迷宮内、臨時教練所。
「これが冒険者というやつか」
「前のときは、うやむやのうちにぶつかり合っていたから、実感できなかったが」
「ああ。
どうしてなかなか、手練れ揃いではないか」
「強いな、あいつら」
「ああ。
魔王軍の精鋭ってのは、本当らしい」
「百戦錬磨、だったんだろうな」
「太刀筋に、実戦慣れした凄みがある」
「ね?
実際にぶつけちまった方が、はなしがはやかったでしょ?
あの手の連中には、口先でぐだぐだ説明するよりも実力に訴えた方が、よっぽど手っ取り早いんだ」
「なんとも野蛮な……。
いや、冒険者らしいというべきか」
「で、肉体言語による話し合いが一段落したら、次は……」
「次は?」
「あの人たちを、こっちに引き入れちゃいましょう。
元魔王軍は約二万人。
こっちの即席教官は二百人。
どっからどうみても、人手不足だ。
今のままでも武術師範くらいは立派にしてくれるでしょう。
交代で迷宮に実習してもらってもいいし……いずれにせよ、この切り込み隊の精鋭は、元魔王軍の教練に参加してもらいます。そうでなくては、とてもではないけど手がまわりません」
「だが……シナクよ。
言葉の問題は、なんとする。
元魔王軍の内部でも、多数の言語が飛び交っている有様だぞ。
翻訳に関しても、まだまだ完全とは言い難い状態だし……」
「日常会話くらいはナビズ族の通訳でなんとかいけるんですから、なんとかなりますよ。
足りない部分は、それ、肉体言語で」
「……おい!」
「冗談です。
確かに細かいニュアンスとか教本の内容とかを厳密に教えようとすると準備がぜんぜん足りていませんが、だからこそあの人たちと交じり合う機会を積極的に増やしていかないと、埒があきません。
翻訳ってやつも、交渉の回数が増えて言葉のやりとりが活発になればなるほど、正確になっていく……と、そのように聞いていますが?
確か、そうだったよな、ナビズ族」
(そーだよー)(サンプル、多ければおおいほど、いいー)
「いつまでも、帝国の学者さんとかピス族の思考機械にこのナビズ族……とにかく、他人任せに頼りっぱなしってえのは、ちょっといけませんや。
たとえ言葉は通じない、っていっても、相手は人間なんだから。
他人を経由した言葉ばかりを頼りにしていると、肝心の相手の顔を見失っちまう。
リンナさんは、顔もよく見えない相手とパーティを組んで、迷宮の中で安心して背中を任せることができますか?
教本とかの整備は、それはそれで大切なことですけど……教練ってのはようするに、生身の人間を相手にするってことだ。
肝心の相手から目を逸らしていたら、どうしようもありませんよ」
迷宮内、教練所。
「わははははは。
余のチート能力を見よ!
どうしたどうした!
そこまでか!」
「おっさん!
ずりーぞ、それ!」
「狡くはなかろう。
こうして余自ら、おぬしらの打ち込みの相手をしてやっているのだ!」
「打っても打っても当たらないと、やる気とか気力が持って行かれるんだよ!」
「それでも打て!
木剣をふるい続けろ!
この余をモンスターだと思って全員でかかってこい!
体力尽きてその場に倒れるまで攻撃をやめるな!」
「このうっ!」
「この! この!」
「……王子、絶好調だな」
「ギルドとしては、今の時点では将来の冒険者候補よりも、その他雑多な労働者が欲しいわけだからな。
ここであえてきつい教練をやって、脱落者を多く出すって方針は、決して間違っちゃいないんだが……」
「でも……あそこまでムキにさせちまったら、あのガキどもの大半は、体力が回復してから再挑戦してくるんじゃないか?」
「王子にしてみれば、どちらに転んでもいい……くらいに思っているんだろう」
「あの人はあれで、不遇な者には甘いところがあるからな」
「なんていってたっけか?
ああ、そうだ。
機会の平等、とかいってたな」
「一国の王子がそれいっても、皮肉にしかならないというのに……」
「まったく、この王国の王子様は、とんだ変わり者だ」
「派遣軍の総司令を任されて、その地位を投げ出して冒険者やっているくらいだからな」
「他国にはあんな王子、いやしないことだけは確かだな」