112.しりょうせいりとせーふはうす。
迷宮内、臨時修練所。
「……どーんどん出来てくるぅー、書類の山ぁー……」
「シナクよ。
多くの冒険者から聞き書きをしたがいいが……これほど多量の資料を、どのようにいかすつもりか?
まさか、研修生たちにこれすべてを修得させるつもりではなかろう」
「それこそ、まさか……ですね。
ここまで詳細かつ均質に教え込んだところで、無駄だし無意味です。
以前、教官をしていたときの経験からいいますとね、リンナさん。
一口に冒険者、あるいは前衛だ後衛だといったところで、体力や体格、修得したスキルなどによて、個人差がかなり存在するわけです」
「当然のことだな」
「基礎の素振りとか体力づくりとか、迷宮内での賢いふるまい方とか……共通して教えた方がいい部分は、今までの教本と教程で、すでにおおむねカバーしている。
今必要とされるているのは、それだけでは不足する、その先の部分なわけです。
具体的にいうと、どんどん強くなっていくモンスターに対する臨機応変な対応力とか応用力。
簡単に要約してしまえば、そういったもん。
だけどこいつは……ときとして、個々人の能力の限界まで出し尽くすことが要求される。
ゆえに、一律、均質なことを教えても意味がない。
その人それぞれの短所長所を認識して、短所はなんらかの手段で補い長所は可能な限り生かす。
つまり、個性ってやつを最大限に生かすよう指導していかないと、個々人の持っている潜在的な能力すべてを出し切る事が出来ない。
そこで役に立ちそうなのが、ここにある膨大な前例になるわけです」
「……普段から前線に立っている冒険者二百名から絞り出した方法論の集積、か……」
「そんだけの前例がそろっていれば、これから研修を受けるすべての個性をカバー出来る……とまではいいませんけど、八割から九割方は、この中のどれかに当てはめて指導することが出来る。
これまでに採取されていない個性が出現したら、その人の経験から新たに資料を作成してこの中に追加すればいい。
ここにあるのは、応用問題の個別解答例集、ですよ」
「非力な女子どもなど、従来なら冒険者に不向きとされた者たちも、とにかくなんとか使えるように仕上げてきたおぬしらしいやり方だな、シナクよ」
「で、これからおれたちがやることはといえば、この膨大な資料に目を通し、適宜適切な索引をつけてこれ以降の指導にうまく生かせる形に指導していくよう、整理すること……に、なるわけです」
「この……膨大な、紙の山をか!」
「この膨大な紙の山を、です。はい。
ま……今回は、事務員さんとか記憶力に定評のあるナビズ族とかがいてくれているんで、おれたちだけでなんとかするよりは楽に処理できる……はず、なんですが……」
「迷宮内での対処法についての、辞書か百科事典、あるいは、対症療法処方箋集……みたいなものをつくるわけか?」
「そんなようなものですね。
修練所だけではなく、現役の冒険者にも公開して……攻略に詰まったときに、こいつを参考にして自力攻略が可能になるような……そんな文書を作っていくわけです」
「経験知の集積と共有化、か……。
資料を作成して整理する側からみれば、まどろっこしい事この上ないが、後から利用する者から見れば、さぞや重宝することであろう」
「こういう機会でもなければ、こんな面倒な作業、誰もしたがらないでしょうね」
「違いない。
それでは、まず目を通して……」
「前衛向け、後衛向けとか……シュチュエーションごとに分類して……」
「その他の注意事項とか補足事項をメモして添付して……」
迷宮内、高級邸宅街。
「一通り見てみてが、存外面白味のない造作よの」
「……普通、高級住宅に面白味は要求されないと思いますが」
「家具も作りつけで、すぐにも暮らせる調度つき。
間取りも広く部屋数も多く、材質も高級なところを使用していて、全般に無難に仕上がってはいるが、なんか、こう、ぱっとくるものがない」
「こうみえても一応、国内でもかなり腕の立つ職人ばかりを集めてどこに出しても恥ずかしくないものに仕上げたつもりなのですが……」
「いや、王侯貴族が相手であれば、これで過不足はないのであろう。
しかし、わらわたちは冒険者としての住処を求めているわけでな。
邸宅としてのグレードはこれでも十分だと思うのだが、賃貸料については小うるさいことはいわん、もう少し手荒に扱ってもよい家などはないのだろうか?」
「手荒に……で、ございますか?」
「ああ。
出来れば、邸宅内で武器を振り回したり武器の手入れをしたり、模擬戦をすることが可能な環境があれば、いうことはない」
「それは……すでに、邸宅のカテゴリーを逸脱したオーダーになるかと思われますが……」
「馬場を誂えろ、とまではいわぬから」
「いわれても、そのご希望は受け入れられませんけど……。
……うーん。
そう……ですね。
では……このようなことにしてはいかがでしょうか?」
迷宮内、某所。
「……なんで、ティリ様がこんなところへ?」
「うちのパーティのセーフハウスを探していたのだが、ちょうどよい物件がなくてな」
「……武器を振り回したり武器の手入れをしたり、模擬戦をすることが可能な邸宅は、あいにくなことにギルドでは扱っておりません」
「は……はは」
「そのような希望を満たすとなると、部屋そのものを借り切って自前で位置から必要な設備を整えた方が早いのではないか、ということになってな。
聞けば、こちらで同じような用途ですでに準備を進めているところだというではないか。
渡りに船とばかりに見学に来てみたわけなのだが……」
「同じような用途……と、申しましても、こちらはセーフハウスが主目的というわけではなく、狙撃銃術式の試射場のために借り受けた空間にございます。
しかし、どうみても試射場としてのみ使用するには広すぎるため、他にも術式登録の受付事務所やわれらがパーティのセーフハウスも併設して兼用してしまえ、ということになりまして……」
「おお。
そのような次第であったのか。なるほどなるほど。
どのみち、狙撃銃術式については、わらわたちも出資することであるし……どうじゃ?
いっそのこと、居住空間の設備を少し多めにしつらえて、わらわたちのセーフハウスと共用するというのは?
もちろん、必要となる経費は相応にこちらも負担するわけだが」
「そういっていただけると……とくに資金面に関して、われらはかなり助かることになりますが……。
だけど……本当によろしいのでしょうか?」
「かまわぬ。
うちのパーティの他のやつらも、寝る場所さえ確保できていればそれでいいといわんばかりに細かいことには必要以上にこだわらぬ気質の持ち主ばかりじゃ。
あとで事の次第を報告しておけば、それで十分であろう」
「……正直に申し上げますと、そちらと比較しますとこちらは駆け出しのパーティ、資金面的にあまり余裕がなく、今回の申し出も大変に助かります」
「よいよい。
それで、具体的な絵図面などはもう出来ておるのか?」
「まだ、簡単なメモ程度のもので。
ここの事務所で働く者が住み込むことも考慮しまして、住宅部は二十名ほどが寝泊まり可能な場所にするつもりでしたが……」
「……少ないな。
これだけの空間が余っているのだ。
五倍から十倍の規模にしてもいい」
「しかし……それでは……」
「金子のことなら気にするな。
いいか?
狙撃銃の試射場も兼ねておるのであろう?
主な顧客筋は現役の冒険者になるわけだ。やつらにしてみれば、一日も早く狙撃銃に慣れて現場で使いたいわけじゃ。
一日休めば、それだけ実入りが減るわけだからな」
「それは……そうですね」
「狙撃銃とやらは、半日一日で十全に使いこなせる代物であったか?」
「……勘働きがよい者ならば、あるいは。
しかし、おおかたの者にとっては、数日の修練が必要となりましょう」
「では、ここで合宿をした方が、短期間でより多くの修練時間を確保出来るのではないか?」