27.けんせいについてしっているいくつかのことがら。
「すいませーん。冒険者ギルド職員のものですけど、誰かいませんかぁー……」
「……」
「いつもなら、誰かしら出てくるんですけど……遠くで物音もするから、留守ではないようですし……。
裏、かな?
すいませーん。お邪魔しますよー。誰かいませんかぁー……」
「あっ。
いたいた。
剣聖様剣聖様、おりいってお願いしたいことが……って……。
あれ?
シナクさん! その格好……」
「ギ、ギリスさんっ!
なんでこんなところにっ!」
「剣聖様にギルドの武術師範のお仕事をお願いしようと思ってきたんですけど……。
シナクさん。
メイド服、お似合いですねっ!」
「ちがーうっ!
これはおれの趣味じゃないんだーっ!」
「……うちのメイド、難なく総なめにした男が涙目になるなよ。
で、ギルドの人。うちにご用か?」
「あっ、はい。
剣聖様におかれましては、恐れ多いことながらうちのギルドに所属する冒険者たちの武術師範を正式に依頼させていただきたく……」
「仕事の依頼か……。
ギルドにはとーちゃんが世話に義理もあるし、断りたくはないのだが……目下のところ、産休中だからなあ。
医者からきつい運動は禁じられているし……」
「……なんの冗談だよ……」
「なんかいったか? ぼっち王。
とはいえ、このぼっち王が最高レベルのひとりだとすると、あたし自らが手ほどきするまでもないか。
あたしは子守がてらに口を出すだけ、実戦の相手はうちのメイドたちが交代でつとめる、ってことでよければ、産休中の片手間にやらせていただくことにしよう。
うちの子たちも少しは外で遊ばせないとな」
「当面、それで十分かと。
すでにバッカスさんからお聞きおよびのことと思いますが、多少なりともうちの人たちを死ににくく鍛えていただければ幸甚にございます」
「まんざら知らない中でもなかろう。かたっくるしいものいいはよしとけ。
それよりも、詳しいはなしは屋敷の中で、お茶でも飲みながら話し合うこととしよう」
「は、はあ……。
そのつもりできましたので、時間はありますが……って、あれ?
ルリーカちゃん? それに、塔の魔女さんまでいるっ!」
「うむ」
「ギリス、おはよう」
「……そんな格好しているから、今まで気づかなかった……。
ルリーカちゃん、そのドレス、とってもよく似合っていますよ」
「これ、借り物。この家にあったもの」
「ときおりな、近隣のお偉方が貢ぎ物を勝手に持参してくるんだよ。
現金とか曰くありげなものは後が面倒そうなんでことわっているが、子ども用のおもちゃとか服とかは毎度毎度突き返すわけにもいかず、何回かに一回かは気まぐれに受け取っているわけだが……」
「剣聖様は……いざというときの保険みたいな存在ですからね。贈賄までとはいかなくても、ご機嫌くらいはとりたくなるでしょう」
「あの……ちょっといいか? ひとつ、疑問があるのだが……」
「なんだ、塔の魔女?」
「さきほどから、いや、昨夜からたびたび出てくる、剣聖という語を、明確に定義して欲しい。
それがこの屋敷の女主人を指す称号のようなものだということは理解しているのだが……それは、爵位のように権威によって保証される身分なのか? それとも、抜きんでた能力を持つものを漠然とそのように呼ぶだけの慣習なのか?」
「すいません。
この人、どうやらどえらい高位の魔法使いらしいけど、そのかわり、長年の引きこもり生活がたたってひどい世間知らずでもあるんです」
「……はぁ。
ああ、塔の魔女さんも、背が高くていらっしゃるから、その男物のパンツルックがたいそうお似合いですねえ」
「わはははははは。
それ、おれの服だ」
「バッカスの服を着ても違和感がない女、ってものよく考えるとすごいよな。サイズ的に」
「そうか? これでも腰回りなどだぶだぶもいいところでベルトを締めてどうにかごまかしているんだが……」
「それはともかく、いつまでも裏庭でだべっていてもしかたがなかろう。
まずは屋敷の中に……」
「で、魔女殿が疑問に思っていたのは、剣聖という称号について、だったか?
それがなにか、と改めて聞かれると、なかなか答えにくいのだが……。
ひとくちでいうとアレだな。
滅法強い、正義の味方だ。
基本的に、国家間や民族間の武力衝突とか、どう転んでも遺恨が残る場面には出張らないが、それ以外の武力で制圧できる脅威を排除するための存在だ」
「ふむ。
ひどく漠然とした定義だな。
だがそれも、誰にでも勤まる仕事ではあるまい。おぬしの場合は、どのようにして今の称号を得たのか?」
「……うーん。
自分で選んで剣聖になったわけではないからなあ……くわしいことは、あたしを剣聖に選んだやつに直接聞いてくれ」
「……なーなー、ギリスさん。
そういや、剣聖って剣に選ばれる、って聞いたんだけど……」
「わたしもそう聞いています。
資格を持つ者にしか扱えない、抜けない剣がって……とか……」
「だから、同時代に一人しか存在しないわけか……」
ズンっ。
「……えっ……。
剣聖様の手首から先が、空中に消えた……」
「空間操作術式が作動している。
コニスの鞄なんかと同じ」
「あー……あれなんかと同じ原理なのか……。
なんか、塔でいろいろ見過ぎてその手の魔法にも鈍感になっちまっているなあ、おれ……」
ズシャッ。
『いったいどうしたってんだい、ハーシェス。おれっちらが出張るような兆候は観測されていないんだが……』
「こちらのお客人が、おぬしがどのような基準で使い手を選ぶのか疑問に思っていらっしゃる。
暇潰しに答えてやれ」
「ええと……剣聖様が、なにもない空中から剣を取り出して……その剣が、しゃべっている……。
え? え? え?」
「インテリジェンス・ソードというやつだな。
武具に知性を付与するのは、一定以上の高位の魔法使いなら別に難しいことでもない。
その目的は……武具の使い手を補助するため、とか、魔法を使わせるためなど様々なのだが……そんなのはだいたい、作り手自身の気まぐれと好奇心を満足させるための方便だ」
『おれがどういう基準で使い手を選ぶか、だぁ?
そんなもん、可愛いくて可憐なやつが優先されるにきまっているだろう。野郎は論外だな。幼少時はよくてもすぐにごつくなる。
もちろん、おれを扱うためには最低限必要な各種パラメータというものがあってそれをクリアしているのが前提だが……』
「なるほど。
創造の置きみやげが存在することが前提となった、称号であるわけか……」
『……ってっ!
おいっ! なんでこんなところにタンの嬢ちゃんがいるんだよっ! かれこれ五千三百八十五年と三ヶ月と二日ぶりじゃあねーかっ!』
「創造の工房以来だな、タメタタス。
さすがに知性設計に協力した魔法使いの顔は覚えているか?」
『おれに忘れるって機能はついてねーからな。
タンの嬢ちゃんは創造の旦那と並んでおれらの生みの親と呼んでもいい存在だ。かりに忘れるって機能がなくとも忘れられねーがなっ! はははははっ! どうだい、嬢ちゃん、あれから元気にしてたか?』
「元気は元気だったが、たいがいは自分の塔に引きこもって生活している。
今、この場にいるのもちょっとした奇跡というものだな」
『例によって研究三昧ってわけか。嬢ちゃんもかわらねーなー……。
おれらの方はといえば、創造の旦那が姿を消しちまって、以来、方々に散らばっちまってな。
おれやパメタタスは使用者を選択する機能があるからまだしもどうにかなっているが、他のやつらが変な使い方をされていないかどうか、心配で心配で……』
「ちょっと待ったっ!」
「……なんだ? 抱き枕」
「五千三百八十五年……ぶりの再会、って……あんた、今、いったいいくつ……ぶっ!」
「これ以降、わたしの年齢と体重について言及することを禁じる」