111.ぜぐすとひめさま。
「ナビズの一族よ!
今のを見たか? 聞いたか?」
(見たー)(聞いたー)
「このゼグスの今の特技に関しては、一切他者に伝えてはならん!
下手に広めたら、無用の混乱を起こす!
そうさな。
ギルド上層部以外には、一切秘匿するように!」
(だってさー)(どーするー)(いいんじゃないかー)(別に、報告の義務とかあるわけでもないしー)(だよねー)(じゃあ、このことは秘密ということでー)
「……ご協力、感謝する。
あとで……なにか、うまいものでもごちそうしよう。
そういえば、おぬしらは……なにを食べるのじゃ?」
(ヒト族の食べ物なら、なんでもー)(ただし、濃い味つけは苦手ー)(好きなのはー)(チーズ?)(チーズ!)(チーズ!)
「では……あとで上等なチーズを、たんとごちそうしてやることにしよう。
それこそ、群れ全体に行き渡るくらいに大量にな」
(チーズ!)(チーズ!)(チーズ!)(チーズ!)
「……ティリ様。
この……その、特技は、そんなに伏せねばならない能力なのか?」
「まだ、詳細が判然とはしないものの……そんな真似をできるは、おぬししかおるまい。
純然たるユニークスキルというわけになるな。
では……さっそく、おぬしのユニークスキルとやらを、検証してみることにしようか?
確か、モンスターの本質を吸い取り使役する、といっていたな?」
『ああ、そうだ。
塔の魔女は、そういっていた』
「では……さっそく、このカワズに向け、たった今吸い取ったこのモンスターの本質を使役して攻撃してみせよ」
『……魔獣とはいえ、自分自身の能力で攻撃させるのか……。
やはり、ティリ様は、悪趣味だ』
「なんとでもいえ。
その、モンスターの本質を使役する、ということが、実際にはどういうことを意味するのか、わらわはこの目で見てみたいのだ!」
『それは……おれだって、確かめてみたいところだが……。
では、やってみるか。
……いでよ! わが下僕!』
しゅん。
「……おお。
確かに、まさしくこやつ自身の姿が……なぜか、半透明になっておるが……」
『物質的なものではなく、本質のみを摘出した精神体……と、そのように説明された』
「塔の魔女に、か?」
『塔の魔女に、だ』
「ふふん。
ますます、おもしろい。
つまりおぬしは、この本質を摘出した精神体を自在に操れる、と?」
『そのように説明されたな。
なんでも、魔王が長年にわたる所行により、そのような属性が身についているのだとか……』
「……相変わらず魔法というやつは、奇っ怪な代物であることよの。
ではさっそく、そやつを使役して、そやつの本体を攻撃させてみせい!」
『ああ。
……やれ!』
ごずん。ごずん。
「……舌での攻撃か……」
『あまり、効果がないようだな』
「ぬるぬるのぷにぷにだからな。
打撃系の攻撃は、あまりな。
他の攻撃は出来ぬのか?」
「では……別の方法で攻撃しろ!」
がっ。がっ。
「こやつ……共食いを……」
『鋭い爪や牙があるわけでもなし。
丸飲みにするよりほか、まともな攻撃手段がないわけか……』
「もういい!
やめさせよ!
細かい検証は、後回しだ!」
『消えろ!』
「……ふむ。
ぬるぬるのぷにぷにでも、いくらかは傷がついているか……。
槍、具現化!
はっ!」
ざしゅっ。ざくっ。
「ふむ。
これで、ギルドへのいいわけも効くな。
さて、あまり遅くなっても怪しまれるだろうから、一度帰るとしよう。
ゼグスよ。
おぬしは予想よりもおもしろいやつだ。
これからもよろしく頼むぞえ」
『ティリ様は、予想したよりも奇矯な性格をしているのだな』
「奇矯、結構。
退屈なだけの人生など、なにがおもしろい。
さて、ゼグスよ。
ともにこの迷宮を楽しもうではないか」
迷宮内、管制所。
「あ。
ティリ様!
ご無事でしたか!
他のみなさんが帰ってきたので、心配しておりました」
「もちろん、無事であるとも。
なに、あのモンスターのことなら、このゼグスがほとんど一人で片をつけてしまったぞ。
こやつ、これでなかなか優秀な男だな。
いい冒険者となろう」
「そ、そうですか……。
それでは、みなさんが苦戦していたモンスターは、討伐済みということで……」
「おう。
こーんな、小屋ほどの大きさの、カワズじゃった」
「カワズ……え?
蛙、ですか?」
「そうよ。
喉元をぱっくりと切り裂かれて、息絶えてその場に転がっておるわ。
ぬるぬるのぷにぷにで、確かに有効なダメージを与えずらい敵ではあったが……ああいうのにこそ、機銃の術式などが有効であろうな。
無数の銃弾であれば、いくらぬるぬるのぷにぷにであっても攻撃は通ったことであろう」
「は……はあ」
「ところで相談なのだが、わがパーティで、近く、セーフハウスを借り受けようかというはなしが、昨夜から出ておっての。
悪いが、今日の仕事はここまでにして、そちらの下見なぞにいきたいのであるが……」
「あ。
はい。
それは別に、かまいませんが……」
「そうか。
では、また明日にでも世話になろう。
ほれ、ゼグスよ。
いくぞ!」
迷宮内、修練所。
「グガウ族、か」
「地図の書き方とかこちらの特殊な術式とかアイテムの使用法さえ修得してくれれば、優秀な冒険者として活躍してくれるかと。
特に、今ではナビズ族のサポートが期待できる環境にありますから……」
「では……最低限の教練をつけて、さっさと放免するか?」
「その方向性でいきましょう。
他にも手をかけなくてならない新人さんは、ごまんといるわけですし……」
「手間を省ける相手なら、とことん省くべき……か」
「彼らの場合は、みていてまるで不安がありませんでしたからね。
あれでさらに便利なアイテムや術式を使いこなすようになったら、さらにすごいことになりますよ」
「ま、優秀な人材が協力してくれるのは、ありがいたいことだ」
「ここは実力主義だからな。
仕事さえできるのならば、異なる世界の異族かどうかなんて関係はない」
「むしろ、異族であっても正当に評価されることを外にアピールしたいところだ」
「ああ。
異族でも諜者でも歓迎、なんでもござれだ」
「やっぱり、増えているのか?」
「増えているな。
こちらの感触でもそうだし、ギルドもそうみている」
「ここだけ、場違いに景気がいいからな。
そりゃ、事情をよく知らない場所からは、警戒もされるだろうしなにか秘密があるんじゃないか、って、伺いたくもなるだろうさ」
「正式に調査団でも仕立ててくれれば、余すとこなくみせつけてやるのにな」
「それでは、こちらの都合がいい面しか見せてくれない……とか、思われているんじゃないか?」
「普通は、そんな対応なんだが……ここのギルドは、ちょっと、なあ」
「利益に関する考え方が、既存の国や組織とは、根本的に異なるんだ。
それを部外者にすぐに理解しろっていうのも、無理ってもんだろ」
「大陸中探したって……確かに他にはないからな、こんな組織」
「おそらく……うちのギルドは、時代を先取りしすぎているんだと思う」
「嗅ぎ回りたい連中には、せいぜい嗅ぎ回らせてやるさ。
いくらかでも有用な情報を持ち帰って役立ててくれれば、それはそれで慶賀すべき事ではないか」
「それより……シナク教官が手がけている方は、どうなっている?」
「ときどき、交代で様子を見に行っているんだが……うまくいっているのか、どうか……」
「微妙なのか?」
「微妙というより、判断に困るな、あれは。
普通の方法ではないというか……集めた冒険者から、有用な方法を絞り出しているようにみえる」
「はは。
なんだ。
それ……昔、シナク教官がギルドにやられていたことではないか!」