109.あんちゅうもさく。
迷宮内、某所。
「……はぁ?
試射場を、事務所兼用のセーフハウスにって提案されたぁ?」
(そー)(ギルドの人にー)(いわれてたー)
「セーフハウス…ねぇ。
正直、わたしたちは早すぎるっていうか……」
「セーフハウスを借りてるパーティって、まだ数えるほどしかないしな。
おれたちの駆け出しには、ちょっと贅沢すぎるよな」
「ダントツトップのシナク先輩たちだって、宿舎や宿屋暮らしなのに……」
ばら。
『問題、発生した?』
「問題発生……というほどのことでは、ないと思うけど……。
例の、狙撃銃用の試射場を下見にいったら、事務所やパーティのセーフハウスと兼用にしてはどうか、と提案されたみたいで……」
さらさらさら。
『……なに、ハウス?』
「セーフハウス。
つまり、パーティ全員で一緒に住む場所」
ぱら。
『了解』
「あ。
なんか、三人で手話会議はじめた」
さらさらさら。
『お金、そんなにかかるの?』
「お金は……場所代は同じ……だと思うけど……」
「そうなると、設備投資がネックということか?」
(紹介されたところが広すぎるからー)(有効活用しなくてはもったいないー)(そういわれたー)
「……なるほどねぇ。
考えてみれば、迷宮内の部屋、ですものねぇ。
しかも、狙撃銃の試射が出来る場所って前提になれば……かなり広い場所を紹介されるわけだわぁ……」
(あんまり狭いとー)(音が反響してやかましー)(そうもいってたー)
「どうせ借りる金が同じなら……って、発想か……」
「間仕切りをして、家具や事務用品も揃えて、お手洗いや浴室もあった方がいいだろうし……」
「確かに思わぬ出費になるけど、事務所も兼ねるわけだからなあ。
その手の設備投資は、初回にどかっと入り用になるけど、一度支払えば長いこと保つわけだし……」
「ハイネスは賛成ってわけ?」
「消極的賛成、な。
よくよく考えてみると、反対すべき理由がないかなー、って。
その術式の販売も仕事にするんなら、事務所のひとつもあった方が便利だろうし……。
なにより、おれたちがそれ以降も冒険者を続けるつもりなら、受付とか事務をする人の一人や二人は、雇わなければならないだろうし……」
「試射場も運営するとなると、どうしたって誰かが見張ってなければならないしね」
「そうそう。
そっちの、常勤のインストラクラーも必要になる。
どれくらい売れるのか今の時点ではわからないけど、何人かは絶対に必要になる」
「扱うモノがモノですものねえ。
そうしたことを考えると……別段、大げさな提案というわけでもないのか……」
「術式を売ってハイ終わり……っていうわけには、いきそうにもないよな」
「扱いが難しい上、多大な殺傷能力を持つ術式ですからねぇ」
「それに……そのへんをうまくフォローできるかどうかで、実際には売れ行きも違ってくるだろうしな」
「ナビズ族。
マルサスに伝えて。
事務用品一式と、二十名前後が寝泊まりできる設備を揃えた場合の見積もりを、出してもらって」
迷宮内、有機物廃棄場。
「………………臭い」
「ようするに……モンスターの内蔵をはじめとして、その他諸々の生ゴミをためておいている場所ですから……。
もう何年かするといい具合に醸されて、それから落ち葉なんかと混ぜてさらに放置すると、いい肥料になるはず……なんですが……」
「そのためには、数年単位の時間が必要となる」
「ええ。
そのように、聞いています」
「ここの時間を進めること……出来る?」
(やってみるってー)
「……本当なんですか? ルリーカさん。
彼らが、時を操る魔法を使えるというのは……」
「わからない。
だから、今、試している」
(今、やってるー)(ここの一角だけ、時間を加速ー)
「……あ、あ……あそこの一角だけ、湯気が……」
「加速が本当だとすれば、発酵熱が発生しているのだと思う。
これだけだと、単に加熱しているのと区別をつけるのは難しい」
「加速って……何倍くらいまで可能なんですか?」
(理論上、無限大ー)(そこに近寄らないでー)(近寄ると、早く年をとりますー)
「……は、はい」
「止めて」
(止めたー)
「近寄っても、大丈夫?」
(大丈夫ー)
「……あっ。
ルリーカさん!」
「……確認して。
ここの一角だけ、臭いがしてない」
「……あ」
「発酵が進んで、成分が入れ替わっている。
……おそらく、すでに肥料として出荷できる段階。
彼らの時魔法は、本物。
こちらの世界にはない、術式。
大発見。
帝国大学の魔法学部に、連絡した方がいいレベル」
迷宮内、修練所。
「新手の異族、か。
ほう。
身体能力は、視力以外はおおむね、Aランク相当。
つまり、ヒト族よりよほど優秀に出来ているわけだな。
いいぞいいぞ。
ここでは、異族だろうがヒト族であろうが、待遇に関係はない。
実際の仕事の場で役に立つか立たないかだけが、問題とされる。
ナビズ族、ちゃんと通訳してくれてるか?」
(してるー)
「戦闘経験はあるのか?
とくに、対モンスター戦の有無を確認したい」
(みんな、あるー)(集団で狩りをするー)
「種族名は?」
(奴隷種族ー)
「いや、それは、種族名というよりは階級であろう。
そうではなくて、だな。
ないのか?
おぬしら、犬顔の種族の名とか。
同じ奴隷種族でも、耳が長いウサギ顔の種族もいただろう?
あれらとは、区別をつけて呼び合うことはないのか?」
(審議中ー)(強いていうならー)(グガウ族だってー)(集団で狩りをする種族ー)(頭脳種族の衛士ー)
「そうか……グガウ族、か。
武器は、その手持ちのものでいいのか?
よかったら、これからでも迷宮に入って、お手並みを拝見させてもらいたいのだが……」
迷宮内、某所。
「本当に、見ているだけなんだな。
あの元魔王軍兵士」
「最初から、そういっているだろう」
「少なくとも、おれたちが文句をいう筋合いではないよな」
『……ティリ様。
本当に、彼らを手伝わなくてもよいのか?』
「捨て置け。
少なくとも今日一日は、おぬしは見学だけにしておけ。
おぬしが出張ったら、おそらくあいつらの出番がなくなってしまう」
『そうか』
「なんだ?
出番がないと寂しいか?」
『寂しいというよりは、気が引ける』
「あとで、わらわたちだけのときに、大暴れさせてやる。
それまで我慢をしておけ」
『我慢とか、そういう問題でもないのだが……。
あ』
「どうした?」
『かなりの大物が、近づいてくる』
「わかるのか?」
『なんとなく』
「……ふむ。
おい、おぬしら。
この近辺は道が曲がりくねっており、見通しが効かぬようだからな。
くれぐれも、気を引き締めていけ!」
「「「「「おう!」」」」」
「……さて……。
一応、警告はしておいたが……。
このような、相手との距離を取りづらい場所で予想外の大物に遭遇すると……」
『いざというときは……手を出しても、かまわないのだな?』
「むしろ、頼む。
命あっての物種だからな。
むろん、そのときはわらわも打って出るが……」
「……わっ!」
ごがんっ!
「ダリズの野郎が倒された!」
「なにかいるぞ!」
「明かりだ!
明かりをもっと!」
「いや、一度後退して体制を立て直せ!」
「ダ、ダリスを……。
こいつ、一発で気を失っているみたいだし……」
「そんなもん、さっさと脱出札でも張りつけておけ!」
「あ……ああ」
ごがんっ!
「うぉっ!」
「ドグゼ!」
「大丈夫だ!
コケただけだ!
楯に重いの食らっただけだ!」
「……脅かすな、ばかやろう」
「攻撃されるばかりで、本体が見えないのが……な」