107.きょういくかてい。
迷宮前広場。
「……昨日の樹が、あるな……。
一応、声をかけておくか。
おーい、なんか問題があるか?」
『問題はない』
「そいつはよかった。
なんかったら、通りかかったときにでも声をかけてくれや」
『了解した』
「……あっちの声は他のやつらには聞こえないだろうから、端からみれば立派な不審人物だな、おれ……」
迷宮入口。
「って……おい!
なにこの薄汚いガキども!」
「なんだ、ぼっち王じゃねーか」
「ああ……なに、こいつら?
うちのギルド、今度は貧民救済院の真似事まではじめたのか?」
「似たようなもんだな。
王都とか浮浪児やらなんやらをまとめて転移させてきたらしい。
王子様の少学舎で仕込んで、こっちで仕事に就かせるんだとよ」
「そりゃ……だけど、大丈夫か?
都会の浮浪児なんてのは、立派な犯罪者予備軍だ。
手癖は悪いは躾はなってないは、二本足の野生動物みたいなもんだぞ?」
「こっちだって、なりかけとはいえ武装した冒険者が相手をするんだ。
舐められるってことはなかろう。
第一、ここで働いていれば宿と飯には事欠かない。
ここでやっていけなかったら、他のどこへいってもまともな社会生活は出来ないだろうよ」
「あー……それは、あるか。
いや、考えてみれば……スタートアップとしては、決して悪い条件ではないのか……」
「なあなあ!」
「……あん?」
「あんちゃんとおっさんも、冒険者ってやつなのか?」
「まあ、一応」
「あんちゃんみたいなちんちくりんやおっさんみたいにしょぼくれたやつにも勤まるようなら、冒険者っての楽勝だな!
だってあれだろ?
冒険者ってのは、かなり実入りがいいってはなしだろ?」
「まあ……怪我やロストをしなければ、それになりに割がいい商売かも知れないな」
「大丈夫大丈夫!
おいら、これでも地元ではそれなりに……」
シャッ。
「……なんだ、そのお粗末なナイフは?
そんな玩具はしまっておけ。
武器ってのはな……」
すしゃっ。
「最低限、これくらいでなけりゃな」
「……すっげぇー……。
おい、みんな、来て見ろよ!
このあんちゃんの剣、めちゃ格好いーぞ!」
「……ああ。
こらこら、騒ぐな。
こいつは借り物の野太刀でな、そもそも武器なんてのは、あまり見せびらかすような性質のもんでもない。
今回は、そんな小さなナイフでいっぱしを気取っているようだったから、牽制するつもりでわざわざ見せたんだ。
ここにいる冒険者なら、程度の差こそあれ、みんな高性能の武器を装備している。
そんな場所に来て、そんなちっぽけな玩具を見せびらかしても恥をかくだけだぞ」
「お、おう!
そうか!
わかった!
冒険者になれば、そんなのを持ち歩けるようになるんだな!」
「……その前に、修練所でしごかれると思うがな。
冒険者になれなくても、他にいくらでも仕事はあるから、気を落とさないことだ」
「あんちゃんも借り物ではなく、はやく自前の武器を持てるようになるといいな!」
「……王都から来た冒険者志望の方は、こちらに集合してくださーい!」
「……ほら、呼んでいるぞ。さっさと向こうに、いったいった……」
「じゃあな!
あんちゃん!」
「しかし……王子様、あんな集団を使えるところまで持って行くのか……。
あっちはあっちで、大変そうだな」
迷宮内、臨時教練所。
「こっちはこっちで、大変なんだけどな」
「なにかいったか、シナクよ」
「いえ、別に。
さて、今日は……どうしましょうかね」
「午前中は、昨日に引き続き汗をかいてもらおう。
昨日の感触では、どうも大多数の者が、多数に囲まれた際の対処法を研究したがっているようなのでな。
遠距離戦で片がつく敵ばかりでもないし、やはり乱戦には慣れておいた方がいい。
この機会に場数を踏んでおいておくことに越したことはなかろう」
「ですか。
ま、疲れさせておけば、座学のときもおとなしくなってくれるんで、こっちとしても反対はしませんけど……。
事務員さんたちも、昨日の分の資料を作成し終わっていないみたいだし……」
「こっちで体を動かしている時間、あっちは完全に手が空くしな。
ちょうどよかろう」
「では、木剣でも持たせて、一人を大勢で襲う形の模擬戦、ですか……」
「不思議と……体格とか膂力に恵まれたやつが有利ってわけでもないんだよなあ、乱戦になると……」
「統率の取れた軍隊相手ならともかく、烏合の衆相手なら、機転と小回りが効く方が有利であろう。
シナクよ。おぬし自身の存在が、それを証明しているようなものだぞ」
「たしかに、おれは体格にも力にも恵まれていませんけどね。
意外に、こういう乱戦になると、前衛よりも後衛の人たちのが粘る傾向にあるんだな、と……」
「前衛は、猪突猛進の体力バカが多いからな。
後衛は、普段から少し引いた場所で戦闘の全体像を把握する必要があるので、かえって判断力が養われるのではないか?」
「ですね。
午後は、後衛の人たちに、乱戦のときの対処法をレクチャーしてもらいましょう。
どのみち、本番になれば人前でしゃべることになるんだ。
今のうちに慣れてもらった方がいいでしょう」
「そうするか。
体力自慢の脳筋どもは、どうも後衛とかを軽視する傾向があるからな。
今回の件でその認識がが少しでも改まるならば、それこそ儲けものというべきであるな」
「それもありますけど……やはり、これから他人に教える立場になるんだ、ってことを、ここいらで強く意識してもらわないと。
自分で出来るってことと、出来ることを他人にうまくやらせておぼえてもらうってことは、まるっきり別物ですからね。
今回のギルドの依頼は、今、ここにいる冒険者を教官として機能させることですから……。
リンナさんのいう脳筋とか体力バカどもも、ちゃんと他人に教えられるようになるところまで持って行かなくてはならない」
「それも、短時間で、な。
うちのギルドも、ときおり無茶ぶりをいってくるからな。
とくに、シナクに対しては」
「いや、まったく。
その通りで……」
「……はーい!
一通り、大勢に囲まれてふるぼっこされましたねー!
しばらく休憩にはいりまーす。
そのあと、今回の反省会を行いますので、この教練所の中でくつろいでくださーい。
汗を拭いて水分補給も忘れずにー……」
迷宮内、増設少学舎。
「ほらほら!
騒ぐな騒ぐな!
まず、順番に浴室を使い、次に新しい服をもらって着替え、ノミ落とし粉を頭から振りかけてもらえ!
それが済んだら、順番に寝台を割り振る!
すべて終わったら、食事を与えるからな!
おとなしくいうことを聞かない者は王都に送り返すから、そのつもりでこちらのいうことに従うように!
こちらのいうことを聞くのなら、悪いようにはせぬ!
騒ぐな騒ぐな!
余のいうことを聞けというのに!」
「なあなあ。
おっさん、ここで一番偉い人なのか?」
「おっさ……んんっ!
確かに、ここでは余が一番偉いが?」
「じゃあさ、おっさん……強い?」
「……弱くはないな。
試しに、そのちっぽけなナイフで余に立ち向かってみるか?」
「おっさん……これ、怖くないの?」
「悪いが、おぬしでは、余には毛ほどにも傷をつけることができぬぞ。
第一、冒険者になればそんなナイフよりももっと怖いモンスターを、毎日相手にせねばならぬのだ。
それしきのことで怖がっていられるか」
「……ちぇっ。
つまんねーな。
ここのやつら、刃物をちらつかせてもちっともビビらねーし……」
「当然であろう。
そんな玩具、ここでは武器のうちにも入らん。
武器というのは、だな……。
機銃、具現化!」
ダダダダダダダダダダダダ……。
「うわっ!」
「わっ!」
「ぎゃっ!」
「武器というのは、こういうものをいうのだ!
蜂の巣にされたくなければ、さっさと体を荒い清潔な衣服に改めるがよい!
すべての準備が整った者から、甘い菓子を配る予定だ!
さ。
おとなしく余のいうことを聞け!」