orzの魔法使い 〜迷宮のような物語〜

混沌編

１０５．せーふはうすのぜひ。

　迷宮内、羊蹄亭支店。

「そういや、ゼグスくん。

　今夜はどこにに泊まるんだ？」

『決めていない。

　元魔王軍の宿舎にいっても、寝床はあるだろうが……』

「冒険者としてやっていくことにしたんなら、もうこっちの宿舎に泊まるのも手だな」

「それがいい。

　案外、宿舎で出来る人脈からも、有益な情報を得ることが出来るものだぞ」

「だ、そうだ」

『では、そうする』

「宿舎といえば……シナクよ。

　そろそろ、パーティのセーフハウスを借りることにせぬか？」

「ティリ様。

　なんですか、それは？」

「文字通り、パーティで家を一軒、借り受けるのよ。

　迷宮内の……ほれ、いつだか、義勇兵どもが大挙して押し掛けてきたおり、あわてて迷宮内に造作した家があったであろう？

　結局、義勇兵とやらもごく一部しか居着かなくて、それなりに豪奢な家が借り手がつかぬまま余っているそうだ。

　今なら、格安で借りられるそうだが……」

「……へー……。

　パーティで家を借りる、ねえ……。

　一応、考えてはみますが……なんだか、面倒くさそうだなあ……」

「家事などを行う者は、それ専任の使用人を雇えばよい。

　それに、われらが普段使用している武装や装備も、これでなかなか高価なものばかりであるし、わらわたちもいつまでも宿舎暮らしでは、今一つ、安心が出来ぬ」

「そういうの……宿舎の方では、なんの工夫もしていないんですか？」

「いや、寝台の下に、かなり強固な泥棒除けの呪いがかかった収納になっているので、まず大丈夫なのだが……」

「では、差し迫って必要というわけでもないんですね？」

「と、いうかだな。

　これからは、そのゼグスとやらのように、訳ありを預かるようなパターンも増えてくると思うのだ。

　なにより、ここのギルドは思った以上にシナクをあてにしている節があるからな」

「ええ……まあ」

「それに、実質トップの冒険者が、いつまでも宿屋暮らしというのも、格好がつかぬであろう」

「おれは、一向に気にしませんが」

「おぬしが気にせずともな、シナクよ。

　これだけ稼いでいるのであるから、もう少し派手に金子を使ってもいいと思うのだ。いや、使うべきだ」

「それはまた……なにゆえ？」

「上の者があまりにも慎ましい生活をしておると、下の者が萎縮するものでな」

「萎縮……ですか？」

「張り合いがない、といったらいいか……。

　トップの冒険者になればこれだけゴージャスな生活を出来る！

　ということを、身を持って示せば、他の冒険者たちも一層仕事に身が入るものであろう」

「ああ……は、は。

　そういうこと、ですか。

　しかしまあ……ゴージャス……ね」

「おぬし個人の好みは、この際おいておく。

　あれだけ稼いでも、普段から金払いを惜しんでいたら、かえっていらぬことろで妬心を買うことになるぞ。

　富者には富者の義務というものがあろう」

「使うべきところで、金を使えってことですか？」

「そういうことになるな。

　なに、パーティで家を借りるとなれば、個人宅というよりは公邸に近い性格になる。

　今回のように人を預かるとき以外にも、場合によっては様々な事務処理に必要な人員もそこで仕事をさせる」

「事務処理、って……」

「実際には、あるであろう。

　今回のように、ギルド経由で教練の監修を受ける場合、それに、権利関係の書類整理も。

　そこの魔法剣士が持っている符術関係の権利金も、毎日のようにギルドの口座に入金されておるのだぞ。

　シナクにしても、ギルドで使用されている教本類のほとんどを手がけているというはなしではないか。

　それらの帳簿づけは、これでなかなか煩雑なものだぞ」

「いや……おれは、うっちゃといて、ギルドに任せているけど……」

「拙者は、毎晩検算をしておるがな」

「……そうなんですか？」

「そうなのだ。

　シナクよ。

　あれは……ギルドで天引きされるのと、自分で計算して直接申告するのとでは、税率が大きく異なるものなのだ。

　まさか……シナクよ。

　おぬし、減税申請を一度もしたことがないとか！」

「いや……したこと、ないですけど……。

　そんなに大声を出すほどのことなんですか？」

「……ここまでとは……」

「やはりこれは……」

「一家を構えて、専門に経理を行う者も雇うべきであるな」

「節約できる金額を考慮すれば、家を借り、使用人を何人か雇っても、十分に割があうであろう」

「だいたい、シナクは自分の稼ぎに対して無頓着にすぎる」

「その点については、たった今実感した。

　こやつは、自分の報酬の額を、まるで理解できていない」

「いや、だって……寝食に不自由しなければ、それでいいかなーって……」

「「よくない！」」

「……うひぃっ！」

「とにかく、シナクよ。

　悪いようにはせぬ。

　このセーフハウスの件は、わらわたちに任せよ」

「よもや……否とはいうまいな、シナクよ」

「い、いや……。

　そこまでおっしゃるのなら……みなさまの、よろしいように……」

「と、いうことだな、帝国皇女よ。

　明日からでも早速、空いた時間に不動産の下見に取りかかることにしよう」

「それがいいな、魔法剣士よ。

　ここのギルドが用意した高級住宅街ということであるから、造作もそれなりのものであろうが……自分の目で確認しないことには、どうにも安心できぬからな」

『ここの世界も、いろいろとややこしそうだな』

「まったくだ、ゼグスくん」

　迷宮内、少学舎。

「と、いうはなしがギルドから来たわけなのだが……。

　成績優秀者をリストアップして、性格や本人の希望を考慮して、教員とか他の仕事に振り分けていくというのはどうであろう？」

「その、外から連れてくる人たちの世話係、ですか？

　その程度の仕事なら、読み書きはあまり関係がないから、学舎とは関係がないところから雇ってきてもいいように思いますが」

「それは余も考慮してみたが……迷宮の外にある町は、案外小さい。

　つまり、人口が少なく、余剰の労働力が望めないということだ。

　手が空いている者は、すでにほとんどがギルド関係の仕事を手がけていることであろう」

「ああ……そう、ですね。

　すると、手が空いている者は……」

「冒険者となることを志望し、結果として少学舎の門を叩いた……しかし、実地に冒険者としての仕事をするにはいたっていない、中途半端な立場の者だけ、ということになるな。

　これらの者も、短期の仕事はそれなりに手がけておるようだが、労賃を割高に設定すれば、多くはこちらに流れてこよう……」

「それはいいのですが……相場より割高とはいえ、やはり冒険者の報酬とは比較のしようもないわけで……素直に、別の仕事に就くことを承知してくれますかね？」

「そのへんは、実際にはなして確認してみるより他、なかろうな。

　もっとも、こちらとしても永遠にその仕事だけをしてくれとはいっていないわけだが……」

「あくまで期間限定として募集してみて、希望によっては長期も可、としておきますか？」

「それがよかろう。

　とにかく、浮浪児たちを集めて立派な労働力に作り替えようという訳だから、予想外のトラブルも十分に予想できる。

　そのつもりで、対処法を考慮して欲しい」

「そうおっしゃるのは、簡単ですけどね……」

「なに。

　ここにいるのは大半、冒険者となることを希望しておる者たちだ。

　モンスターを相手にするよりは、気が楽というものであろう」

「よりによって、浮浪児たち……。

　手癖が悪く、不潔で、他人を人間とは見なさい、躾のできていない動物みたいなやつらを……労働力に……ですか？」

「うちのギルドも、ときどき無茶な要求をするよな」