104.ゆきどけまえ。
迷宮内、羊蹄亭支店。
「それで、結局シナクが面倒をみることになるわけか……」
「いいように使われているな、ってのは今さらですが……それも、いいんじゃないでしょうか?
今回のは、そんなに難題ってわけでもないし……」
「して、本音のところでは?」
「パーティにようやく同性が入ってきてくれて、うれしい」
「……ほぉ……」
「シナクは、われらのことを疎ましく思っておったのか」
「そういうわけではないですけどね、その、ときおり、肩身が狭い思いもしているわけですよ。
はい」
『……苦労してきたのだな』
「返答するとややこしいことになりそうなつっこみはスルーの方向で」
「それでこれが、昼間の……」
(その節はー)(お世話になりましたー)
「あちこちに入り込んで、もうすっかりなじんでいるようではないか」
「ねー。
こんだけすんなりこっちにとけ込んだ種族、こいつらがはじめてじゃないか?
あっちこっちで手伝いを申し出ては、重宝されているってはなしだし……」
(お仕事ー)(いろいろー)(信頼されるとー)(繁殖できるしー)
「なんか、数が増えれば増えるほど、同時に処理できる案件が多くなるそうなので、当面はギルドもこいつらを保護する方針でいくそうです。
ゆくゆくは、群れを分けて他の土地へ……帝国大学の支援とか、ギルドの渉外さんのバックアップとかをさせることも考えているようで……」
(共存共栄ー)
「実に、たいしたものだな。
遠く離れた場所にいても、仲間同士の連絡に支障はないのか?」
「いや、やっぱり離れすぎていると駄目みたいで、魔法やらピス族の通信技術とかを借りてもせいぜいこの迷宮内でしか有効ではないみたいで。
それ以上に遠く離れてしまうと、別の知性に分かれてしまうみたいです。
記憶とかはある程度、選択的に持っていけるそうですが、群れが分かれると、その分、処理能力は低下するとか……」
「数が力……いや、知力に直結する種族、か。
しばらくは、この迷宮で安心して数を増せる環境を維持することになるか。
幸い、その体であるし、多少増えても邪魔にはならん。むしろ、役に立つ」
「ただ、あんまりいい環境を作りすぎても……こいつら、繁殖力がハンパないらしく、よい条件が整っていさえすれば、一月で倍くらいに増えるとか……」
「……そんなにか?
そんなところまで、ネズミに似ておるとは……」
「それで、まあ……こいつら、便利なことは便利だから、いろいろ仕事をやらせながら数を増やして、増えすぎになりそうだったら群れを分けて別の土地に移動させることにしたそうです」
(シナクー)(マルサスが来るよー)(狙撃銃の報告来るー)
「やあ、どうも。先輩方」
「おお。
さっそく、いろいろ走り回ったそうじゃないか?」
「ええ。
なんとか、開発の認可は取りつけました。
それでもまだまだいろいろ、煩雑な手続きやら準備やらが必要となるようですが……」
「例の、狙撃銃とやらか。
ある程度形になったら、わらわにも試し撃ちをさせてもらっても、いいだろうか?」
「もちろんですよ、ティリ様。
むしろ、大歓迎でございます」
「ティリ様ご愛用となると、それだけで宣伝になるもんな」
「しかし、術式、か……。
いかに強力な武器でも、迷宮内でしか使用できぬのが口惜しい」
「強力な武器であるからこそ、で、ありましょう。
炸薬を利用した兵器の所持と使用を硬く禁じているのは、他ならぬ帝国の法でございます。
その法事態は、むしろ、治安維持に貢献する良法であると思いますが……」
「それはいいのだが、研究や実験まで禁じておるのはいささかやりすぎというものじゃ。
ピス族のものほど精妙な代物が作れるとも思わぬが、禁じていなければ、もう少し進歩や改良の後が見られたであろうに……。
こちらの世界では今だに先込め式の大砲しか造ることが出来ないとは、まったくもって嘆かわしい」
「そういえば、ドラゴンハンターとか名乗っていたやつらも、ピス族の兵器や道具に近い感じのを使っていたな。
あれは異族ではなくて、みた感じ、ほとんどこちらのヒト族に近い感じだったけど……」
「……ドラゴンを狩る者、だって?
それが本当だとすれば、すげぇな……」
「それらも、異なる世界の者なのか?」
「ええ。
別の世界から来たようで。
それに、体こそヒト族のものでしたが、頭の中は……なにしろ、このコインを持っていても、いっていることの半分も理解できない。
それこそ、やっぱり異なる世界の住人なんだなーって、思わずなっとくしてしまうくらいに斜め上にいっていました。
あのドラゴニュートに引っ張られて、レッドドラゴンのとこにいったみたいだけど……あいつら、あれから、どうなったんだろう……」
迷宮内、レッドドラゴン居住区。
「……だいたいだな。目先の金銭目当てに他の知的生命体を狩ろうとうする行為自体が、まったくもって浅ましい……」
「……おい、これ……いつまで……」
「もう、三時間も続いているけど……」
「レッドドラゴンの御前である!
おのれら、もっとしゃんと背を伸ばして謹聴せぬか!」
「「「「「「……はい!」」」」」」
「心配せずとも、あと百時間もすればそのまま解放される。
命まで取られることはないから、安心しろ」
「……安心、って……」
「百時間……」
「丸四日以上、このまんまかよ……」
「別の意味で……命の危機だな……」
「時間の感覚も体力も……おれたちとは、大違いだ……」
「大枚はたいた装備は軒並み潰されちまうし……」
「反撃されてあっさり命を失うよりは幸運だったと思え!」
「「「「「「……はい!」」」」」」
ギルド本部、執務室。
どさどさどさ。
「これが……全部……」
「はい。
ギリスさんの決裁待ちの書類になります」
「ほんの数日、本部を空けただけでこれですか……。
権限の分割委譲も、もっと進めておくべきでしたね。
ギルドのお仕事も以前と比べて、かなり多様化してきているわけですし……」
「ここ数日は、イレギュラーで高度な判断が要求されることばかりが目白押しでしたから、普段のお仕事が圧迫されるのは仕方がないことかと。
権限の分割委譲に関しては、賛成です。
というか、どんどんそうしていかないと、ギリスさんの体の方が持ちません」
「心配はありがたいのですが……そうですね。
ギルド事務方の役割分担も、進める必要があるわけですね……。
集団知性の新種族とか、少学舎の専任教育による人材育成とかが進めば、将来的には少しづつ楽になっていく予定なのですけど……。
それを待つ一方でも、やっていけませんか……。
冒険者の対応とかクエスト管理の機構はこのままにして、それ以外の部分をもっと組織化、効率化して……大陸中散らばる渉外さんへのサポートも、もっときめ細かくしていく必要が……。
どのみち、人集めに特化した人たちも育成し、随時各地に派遣するわけですし……。
それらの育成については、少学舎に任せるにしても、スムーズに引継が可能な体制を整えておいた方がやはり効率がよくて……」
「あの……ギリスさん。
書類に署名をしながら独り言をいうのは……」
「……え?
大丈夫です。ちゃんと目を通していますよ。
これは……新事務所開設の許可申請……ですか。こんどは、ハイバルですか。これで、王国内での栄えた都市にはだいたい網羅してしまったことになりますね。
それよりも、今後のことを考えると……。
もうすぐ、雪が溶ける時期ですし、そうしたらまた、これまでにはないお仕事も増えるわけですし……」