103.めいきゅうのよるはふけて。
迷宮内、冒険者向け商店街。
「……武装は、こんなもんか?
どうだ? 重くはないか?」
『重くはない。むしろ軽すぎる。
心許ない気がする』
「防御術式組み込みだからな。
ずしりと来るくらいの方が安心できるけど、長期間動き回ることを考えると、あんまり重武装にしずぎるのも考え物だ」
「それにこやつは、魔王の因子とやらのおかげで身体能力も全般に底上げされておるらしいからな。
シナクよ。この書類をみてみよ」
「ああ……登録のときに計測するやつですか……。
筋力とか敏捷性とか……体を使う者は軒並みAランク相当か……。
現役の第一戦で働いているやつらでも、ここまで綺麗な成績のやつは珍しいだろうな」
「戦闘面での不安はないから、その他のこっちの常識をわれらで仕込んでおけといったところであろう」
「ああ、ギルドの思惑っすね。
ま、そんなもんでしょう。
なんだかんだいって、ギルドもまだまだバタバタしていますから」
『世話をかける』
「気にするな。
そのかわり、ある程度こっちの習慣とか迷宮での過ごし方についておぼえてもらったら、こんどはゼグスくんが教える側にまわって新人さんたちの面倒をみてやってくれ。
新人さんたちはどんどんやってくるが、そいつらを指導する人数が、現状、どうしたって足りてないんだ」
『その程度のことならば、いわれるまでもない』
「魔王軍ってところでは、そのへん、どんな感じだったんだ?
新人さんへの教育とか……」
『あそこでは……教育とかは、ほとんどなかったな。
兵士は上官の命令通りにいっせいに動く駒、ただそれだけが求められていた』
「そんなんで、よくも反乱が起こらなかったもんだ」
『仮に上官を排除することが出来たとしても、補給を絶たれて見知らぬ世界に島流しになるだけだしな。
命令に背かなければ、少なくとも生きている間は食事に困ることはない。
魔王軍の兵士とは、つまるところ主力である魔獣の群れの働きをフォローするためだけの使い捨ての駒でしかなかった』
「そんな境遇じゃあ、武術だなんだといったことをおぼえるどころじゃねーか……。
さて……兜と帷子、ハードブーツ……は、こんなもんでいいか。
楯はどうする?
使うか?」
『使ったことはないが、必要か?』
「必須というわけでもないが、あった方が安全性は高まるな。今の状態で重さをあまり感じないようであれば、持ち歩く習慣を今の内からつけておいた方がいい。
力と体力、それに体格に恵まれたやつが装甲を充実させていると、パーティの他の面子も安心できる」
『では、使おう。
なるべく頑丈なのがいいのだな?』
「おお。
そのでかい、タワーシールドいくか……。
頑丈でカバーできる範囲が広いのはいいけど、それだとほとんど前がみえなくなるぞ」
『……そうか』
「ま……初心者だからな。
最初のうちは扱いやすい……そうさな。
こんな丸楯からはじめたらどうだ?」
コンコン。
「大きさはそんなんでもないが、ずしりとくる重さでいかにも頑丈そうだ。円形で表面がゆるやかな局面になっているから、攻撃も受け流しやすい。
それに、ベルトで直接、腕に固定するタイプだから、重さが気ならなければ両手が空く。
試しにつけてみるといい」
『ああ……こう……か?』
「どうだい? 重さ的には?」
『問題ない。ほとんど重さを感じない』
「………かなり重い楯なんだがな、これ。
場合によっては、この楯で敵をぶん殴ることもできるし、最初の内はこんなもんで十分じゃあないか?」
『そうなのか?』
「ああ、当座は、これくらいで十分なはずだ。
さて、会計を済ませて次の店にいくか。
今度は外套と背嚢と……その他諸々、細かい消耗品だな」
迷宮内、少学舎。
「では……その、札を入れる袋が欲しいと」
(ほしー)(束にして背中にくくりつけるのー)(服を着てるとネズミに間違えられることがないー)
「……うちの生徒の中で、手先の器用な者を集めるか。
おぬしらには、今度も世話になりそうだしな」
(するするー)(お世話するー)(ギブアンドテイクー)
「あと、必要なのは……布と針と糸。
それに、型紙やらを作れる、裁縫の経験者がいれば……」
(ギルドに連絡ー)(今、求人広告だしたー)(必要な物資と手間賃はギルド持ちでいいってー)
「では、そちらの手配が整うまでの間に、うちの手の空いている教員に召集をかけて、さきほどギルドからの依頼をこなせるよう、内部の体制を変えるための会議を……」
「……すいませーん。
増刷分の教本五千部、お持ちしましたー」
「椅子と机をつくるようにギルドに依頼された者ですが……」
「王子様ー。
教室用のお部屋を確保いたしましたー」
「……その前に、秘書や事務員の増員をしておいた方がいいな……」
(やるやるー)
「志はうれしいが、おぬしらでは、その体格的な問題があるのでな。
紙やペンを相手にするだけならいいが、ちょいとした荷物の持ち運びにも不自由するようであれば、まだしもうちの生徒たちに手伝わせた方が安心が出来る。
教本は、空いているところに適当に積み上げておいてくれ。
新しい教室については、用意された場所をそのまま使用するから下見をする必要はない。
机やら椅子やらについては、その新しい教室とやらで使用する。詳細は、そこのギルド職員に聞いてくれ。
さて、と。
まずは……会議をして、今の生徒の中から教員として働ける人材をピックアップ。それ以外に、細々とした仕事についても適宜割り振っていけるようにしていかないと、すぐに身動きが取れぬようになるぞ」
(王子ー)(お手伝いするよー)(生徒たち全員とお友だちになってー)(なにができるのか、やる気があるのかを確認すればいいんだよねー)(数と記憶力には自信がありますからー)
「……おぬしら……。
過剰な期待はせぬが、やれるだけやってみるがいい」
迷宮内、奴隷種族居住区。
(安心してー)
「しかしこいつら……いきなり居着いたかと思えば、あっという間にわれらの言葉をおぼえて……」
「一度聞けば、決して忘れぬらしいな」
「聞けば、ほぼ同時期に拾われた種族同士ということではないか」
「こちらの世界について、知りたいことを案内してくれるということだ」
「こちらの世界の者は、十分な食料も衣服も、見返りなしに提供してくれるというのに……」
「元の主人とは大違いだ」
「元の主人といえば、別の場所に収容されているらしいな」
「そんなことをいっていたな。
おれたちと同じような待遇らしいが、あちらは働くことを拒んでいるので、将来的には冷遇されることになるらしい」
「それで、おれたちは……」
(仕事、いっぱいあるよー)(よりどりみどりー)(言葉は通訳するからー)(ご安心、ご安心ー)
「……ということらしい」
「われら衛士向きの仕事は、冒険者というのだそうだ」
「それ以外にも、掃除や洗濯、裁縫などの家事仕事や、手先が器用な者に向いた細工仕事や職人仕事、工場での肉体労働などもあるらしい」
「近い将来、農場の求人もあるとかいっていたな」
「働く……働いて、給金をもらって、それで自分の生活を立てる……わけか」
「ああ。
今までのように、飼われるわけではなく、な」
迷宮内、レッドドラゴン居住区。
「なんだ? もう終わりか?
われを狩る者……などとたいそうな名乗りをしているから、もう少し骨があるかと思ったが、すっかりあてがはずれたな。
はずれもはずれ、おおはずれだ。
お前らは、過去五百年にわたってわれに向かってきた歴代の討伐者の中でも、実力胆力双方において、最低に位置する。実に、矮小たる討伐者だ。
だいたいだな、自力によらず、機械の力のみを頼りにしてわれに挑もうという魂胆からして実に情けない……」