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26.めいどさんすぴりっつ。

「白いパンにオムレツ、ゆでた腸詰めにパンプキンスープとサラダ……。

 うまかったが……朝っぱらから、量が多すぎだ」

「そうか?

 ごく普通だと思うが……」

「そりゃ、塔でも食事もこんなもんだったけど、こっちの庶民の水準と比較するとかなり上等なの。

 ここいらの平民は、朝なんて乾いた黒パンと水だけとか、薄いスープだけとかでさっとすますのが大半だ。

 それから、なんだ、この黒い液体は? 新手のお茶か? ……香ばしい香りをしているから、飲めはするんだろうけど……。

 にがっ!」

「珈琲というやつだな。

 南方の豆を煎じて煮出したものだ。どっかの僧侶がこれを煮詰めて眠気さましに飲んでいたのが、だんだん飲みやすい形になって嗜好品としてこっちの方にまで広がってきた。飲むと頭がすっきりするぞ。

 なれないうちはミルクとか蜂蜜を入れて飲むといい。うちには貰いものだが乳の出がいい乳牛が一頭いるからな。乳製品とミルクはすべて新鮮な自家製だ。

 そうそう。珈琲とミルク、半々くらいにして、ちょっと甘みをつけて……」

「ああ。今度はいけるな。

 うまいかどうかは正直よくわからないが、なんか、ほっとする味だ」

「しかしまあ、ぼっち王よ。

 お前さん、その格好がよく似合うな。似合いすぎる」

「……ほかに服がないといわれれば、これを着るしかないだろう。まさか、どっかの魔法使いじゃあるまいし、この寒い中裸でうろつくわけにはいかないし……」

「シナク、似合っているから気にしなくてもいい」

「ルリーカ、おれは気にするの。

 似合う似合わない以前に、女装趣味なんてないんだから」

「わははははは。

 そういえばシナクにははなしたっけか? 何日か前、シナクにそっくりなメイドさんを町中でみかけてなあ。そんな格好をしていると、ほんと、瓜二つだなあ」

「バッカスは黙ってる」

「さてと、だな。

 一宿一飯のなにがしというわけではないが、一息ついたら少々つきあってもらうぞ。

 とくにそこのぼっち王と塔の魔女」

「へ?

 こっちの魔女はともかく、おれなんかにお偉い剣聖様がなんのご用で?」

「なに、軽い腹ごなしだ。

 昨日は酒の席であったから、お互い本気が出せなかったろう」

「……なんのご冗談で?

 ってか、おれなんかが剣聖様にかなうわけないだろう! 普通に考えてっ!」

「このあたしが背後から不意打ちをかけて、それを何度もかわしておいて、そういうか……。

 そうだな。そういうのなら……」


「……どうしてこうなった……」

「今のおぬしもメイド服。メイド対決でちょうどよかろう」

「……っと、おたくのところのご主人様は、こうもうしていますが……」

「手加減は無用でお願いします。

 シナク様は短刀使いでしたね? 両手持ちでよろしいでしょうか?」

「あー……。

 一応、木剣はあるのね……。

 じゃあ、その短めのやつ、二本、ください。

 しかし、どこの世界に冒険者と立ち会いしろといわれて躊躇することなく手加減ぬきで、とか答えるメイドがいるんだよ……」

「ここにいますがなにか?

 わたくしはこの長剣型のものを使用させていただきます」

「はいはい。

 じゃあ、剣聖様、開始の合図をいつでもどうぞ」

「はじめっ!」


 カンッ!


「おや? 受けた」

「ですから、手加減無用と……」

「んじゃ、早いの連続で」


 カンッカンッカンッカンッカンッ……カンッ!


「……で、納得した?」

「……参りました」


「いいところまでいったのだがな。

 足を使われるとさすがに動きについていけないか……」

「サンディはさがれ。

 つぎ、エイベル!」

「まだやるのっ?」

「さっきのは剣術家の娘だが、今度のは拳法家の娘だ。その後には鎖鎌使いとか槍使いとか暗殺者の娘とかも控えているからな。全員、存分に瞬殺してくれていいぞ」

「なんでそんな物騒なのが揃ってメイドさんやってんだよっ!」

「あー。あれだ。

 行儀見習いとかいうやつ、だったかな? 剣聖などいうろくでもない稼業に勤しんでいると、自然とそういう娘を預けられるんだよっ!」

「そういうのは行儀見習いではなく武者修行っていうんですよっ!

 まあいいや。

 なんでもいいから、もう、片っ端からいきましょうや、めんどうくさいっ!」


「……疲れた……」

「まさか本当に、うちのメイド全員を総なめにするとは思わなかった。

 ……メイド服のくせに」

「このメイド服はあんたが用意したんだろうがっ!」

「やはりあれだな。経験値の差がそのまま実力差に結びついたということかな。

 連日、命がけで働いているものと道場剣法とでは、気迫が違うか……」

「対戦相手がいなくなったみたいですし、もうお役ごめんでいいですかね?」

「なにをいっている。これからが本番であろう。

 ここ何ヶ月がの運動不足がたたって動きはかなり鈍っているが、腹ごなしの修練相手くらいはしてくれてもよかろう」

「剣聖様直々に、かよ……。

 大人げねーな、おい……」

「大人気があったら、剣聖などという難儀な称号も得ておらんよ。

 それ、どこからでもかかってくるがよい」

「勝てる気がしねーな……一宿一飯の義理と引き替えにするには、ずいぶんと釣り合いがとれない気がしますが……。

 いきます……よっ! と」


 ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。


「やはり、予想以上に筋がいいな、おぬし」

「そういう割には、一度も刃が会いませんが」

「筋はいいが、勢いにまかせた我流の域をでてもいない。

 しかるべき人物に師事すれば、おぬしなら一角の剣客にもなれよう」

「そういう堅苦しいそうなのは、趣味じゃないもんで」

「で、あろうな。

 おぬしの太刀筋には覇気と殺気がない。欲というものが感じられん。

 ただやみくもに、早さにまかせているだけだ。

 この手の、精神こころがこもっていない太刀筋というものはだな……」


 かんっ。


「……いざというときに……脆いぞ」


 こんっ。


「ほれみろ。

 やっぱり、てんで相手にならないじゃないか」

「負けたくせに自慢げにいうな」

「……普通に考えたら、剣聖様に一手所望されただけでも子々孫々にわたって自慢ばなしができると思うんですが……」

「所帯も持っておらんものが子孫のことを語るな。

 それよりも……そう、卑下したものでもないぞ、ぼっち王。

 うちのメイドたちやとーちゃんよりはよっぽど有望な修練相手であったし、それに、一度も人を殺めたことがない者が、そこまで鋭い剣風をまとえれば、まずは上々といったところであろう」


「まじで……疲れた……」

「これ、どうぞ」

「あっ。

 どうも」

「すごいですね、シナクさん。

 うちのご主人様相手に、あそこまで動けた人って、たぶん初めてですよ」

「と、いわれてもなあ……。

 向こうさんはつったって、こっちの攻撃を避けるばっかりだったし……」

「ほとんどの人は、一歩でも動く前に、木剣を弾き飛ばされています」

「それに、あの動き……冒険者の中でもかなりの手練れだと聞いていましたが、あそこまで動けるとは……」

「動きのキレもですが、うちのご主人様を前にしても気圧されなかった胆力も、ポイント高いかと……」

「たぶん、本番に強いタイプなんでしょう。

 ぼっち王といったら、とんでもない強獣を連日ソロで討伐している、という噂ですから……」

「えっと……ひょっとして、あの迷宮前においてある、クマとかヘビとかワニとかの骨を討伐した人?」

「骨を討伐したんじゃなくて、生きているときに討伐して最終的に骨にした人だね」

「うっそー! こんなチンチクリンだとはおもわなかったー! てっきりうちの旦那さんみたいに、こう、もっとごつごつした人かと……」

「あー。たしかに、噂とこちらのぼっち王さんの実物とでは、かなりイメージに開きがありますよねー。

 わたくしも、最初は半信半疑だったんですが……」

「実際に立ち会ってみると納得っていうか……」

「ねー」

「ねー」


「な、なんだなんだ……」

「あー。

 ぼっち王。

 このメイドたちな、様々な理由によりうちで預かっておるわけだが……全員独身で、目下婿候補募集中だ。

 しかも全員例外なく、自分自身より強い男しか相手にしたくはないともうしておってな……。

 そんな中に、将来有望で稼ぎがよくて独身でルックスもかなりいい優良物件のおぬしが飛び込んできたわけで……」

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