93.じしょう、ずのうしゅぞく。
迷宮内、臨時修練所。
「こうしていると、兄上たちと毎日のように乱取り稽古をしていた日々を思い出すな。
ほらほら、休むな休むな!
もっと、手際よく動かぬかぁ!
敗れた者は即退場、修練所の外壁にそってしばらく走り込みでもしておけっ!」
迷宮内、某所。
「ええ、知性種族がいると聞いて来たんですが……。
ああ、あれですか?
あー。
その人たち、こっちのいうこと、理解できますかぁ?」
『おお、ようやく言葉が通じる下僕が現れたか』
「……下僕?
ええ、失礼。
おれは冒険者ギルド所属のシナクといいます。
まずは、あなた方がここに現れた理由などをお聞かせ願いたく」
『冒険者ギルド?
なんぞ、それは?』
「冒険者という、ま、何でも屋を取りまとめる組織、になりますね」
『何でも屋? 組織?
つまりは……お前様は、そのような種族であるわけか?』
「種族……としては、ヒト族と呼ばれております。こちらの世界では、比較的数が多く、普遍的に繁殖している種族になりますか。
冒険者というのは、分類でいえば種族ではなく職業になります」
『なんと! なんと!
専任の種族ではなく、汎用種族が様々な職業に従事しているとは! なんと未分化な! なんと野蛮な!』
「……帰っていいかな?」
『待て。待て待て待て!
ようやく、はなしが通じる奴隷種族が出てきたというに、すぐに帰ってしまうやつがおるか!』
「奴隷種族?
……段々、はなしが見えてきたな。
おれの方は名乗りましたので、あなた方の素性も出来れば明かしていただきたく」
『ふむ。
そうであったな。
われらは栄えある頭脳種のボズ族である』
「あ、ボズ族さんとおっしゃるので。
それで、迷宮ではいかなる用事で」
『奴隷種族を率いて探索業務を行っていたところ、猛々しい獣どもにおそわれて散り散りになってしまっての。
気がついたら、このような場所におったわけだ』
「つまり……迷宮の中で遭難しなさった、という理解でよろしいのですか?」
『そのような言い方も、また可能であるな』
「人数は、ええと……十数名、といったところですか?」
『十八名になる』
「食料や水は足りていますか?」
『不足はない。
もとより、それらの荷物は奴隷種族に持たせていたのだが、あれらとはぐれてから半日も経過しておらぬのでな』
「なるほど……この場合は……。
いや、こっちで勝手に判断しないで、ギルドにお伺いをたてておくか。
ちょっと失礼させてもらって、上の指示を確認してみます。
あー。
こちらシナク、ギルドの方、聞こえますか?
遭遇した種族はボズ族と名乗っています。頭脳種と自称。意味は、まだ聞いていません。人数は十八名。
特に危険な存在とも思えませんので、一度外に出して会見の場を設けてみるのが手っ取り早いかと思われます。
正直、こっちで判断するのには手に余るといいますか……ええ。
帝国の人たちも同席してもらえると、手間が省けますね」
迷宮内、帝国折衝省分室。
「そのような事情ですと、難民扱いになりますね」
「やっぱり」
『栄えある頭脳種、ボズ族を難民と同列に扱うとは、なんと無礼な!』
「シナクさん、お手数ですが通訳をお願いします」
「はい。
どうぞ」
「帝国は、大陸法に規定される事由により、知的種族の主権と権利を保護することになっています」
『分業未分化な種族にしては、開明的な定めであるな』
「ただし、だからといって無分別にあらゆる種族を保護するわけではない。
知性がありながらも敵性種族と判別されて全大陸的に駆逐の対象になっている種族も存在しますし、迫害こそ免れているものの、他の種族とは交わらず自分たちだけで閉ざされた社会を形成している種族も多い。
そもそも、大陸法とは、種族間での不公平さを減じて公正な取引を可能とし、種族間の取引を、大陸の経済活動を活発にすることを目的とした法案です。
頭脳種だかなんだか知りませんが、取引に値するなにものも持たない種族がひょっこり現れても、優遇すべき理由はどこにもありません。
帝国としましては、せいぜい、わずかな補助金を受けて細々と生きながらえる程度のことしか保証できませんね」
『な、なんたる屈辱。なんたる恥辱。
頭脳種たるボズ族が他者の情けにすがってようやく命脈を保つ存在であると、そのようにいうのか?』
「あー。
口を挟んで、なんですが……。
ようは、なんかしら売り物になるものを出せれば、それでお金を稼げるということなんですが……。
アイテムでも知識でも労働でも、なんかしら、売れそうなもの、お持ちではないですかね?」
『モノを売れと? 働けと?
く。くくく。
商売や労働は奴隷種がすべきこと。
なぜに、この頭脳種たるボズ族が、そのような卑賤な真似をせねばならぬのか!』
「折衝官様。
この人たち、働きたくないでござるといっています」
「では……飢え死にしない程度の補助金は与えますから、どこか邪魔にならないところでわれわれを見守っていてください」
「役に立たない種族は捨て扶持くらいはくれてやるからそのままニートしてろやこら、といっています」
『栄えあるボズ族を役立たずのニートと申すのか!』
「だって、売り物もないし働く気もないんでしょ?」
『ぐ。
ぐぐぐ』
「元の世界ではどうだったか知りませんけど、あなた方にとってここはアウェーなんですから。
頭脳種だのなんだのって御託は、こちらでは通用しませんよ」
『待て。
待て待て待て。
商売やら労働やらに従事するのは沽券に関わるが、頭脳労働であるのならはなしは別だ。
頭脳種たるボズ族の英知をおぬしら下等種族に開示してしんぜようではないか!』
「と、いっておりますが?」
「具体的には、どういうことが出来るのか、お尋ねください。
頭脳労働といってもいくつか種類がありますが……」
「そうっすね。
では、具体的にどのようなことを提供出来るのか、例を挙げてくれませんか?」
『め、迷宮についての……』
「地図はお持ちで?」
『い、いや……下僕どもに持たせたままだったな、うん。
では、知識で……』
「ピス族の思考機械は図書館数十軒分の知識をすっぽりその内部に納めているそうですが……それに匹敵する質と量の知識を提供できるわけで?」
『あ……うん。
その……図書館数十軒分……というのは……無理かな……。
それでは、この明晰なる頭脳で……』
「ですから、具体的になにが出来るのですか?
たとえば、先ほどみなさまと同じように迷宮内で発見された種族は、集団になるとかなり高速で学習やら高度の知的活動が可能になるそうです。
その検証は、これからのことになるわけですが……彼らの方でも、居住空間と食料、水などの必要物資と引き替えにして、ギルドや帝国に対して協力的な姿勢を見せてくれています。
ひるがえって、あなた方ボズ族は、われらに対していかなる貢献をしてくれるのですか?
先ほどからしきりに頭脳労働とおっしゃっていますが、ピス族の思考機械や集団知性に匹敵するような、得意な分野とがかおありなのですか?」
『ええ……っと……』
「今すぐに返答できないようでしたら、よくよく考えた上でなにを売り物にするのか決定してください。
それが決まるまでは、帝国に養ってもらうより他、手はなさそうですな」
「はなしは決まりましたか? シナクさん」
「なにか売り物になるものがあるのかと問いつめたら、黙り込んでしまいました」
「では、難民指定の手続きを行いましょう」
「そうですね。
それでいいと思います。
彼らのために、通訳をする必要はあるでしょうか?」
「あとでお願いすることがあるかも知れませんが、今の時点では必要がありません。
正直、この忙しいさなかに彼らの相手をするのは、優先順位的にかなり低いので。
ギルドに用意してもらった空いている部屋に案内して、どのようなものを食べることが出来るのか、他に必要とする物資はあるのか……などの形式的な確認だけは、しっかりとお願いします」