92.しゅうだんちせいたい。
迷宮内、某所。
「……ちわぁーっす!
知的種族らしいのがいると聞いてきましたぁ!」
「おお。来たか、シナクよ」
「ありゃ? ティリ様。
ティリ様が面倒を見ていたパーティでしたか」
「おうよ。
まずは、あれをみよ」
「ん? んん?
あれは……」
「石を積み上げて、陣地を作っておろう。
術式などを使用してかなりの損傷を与えたから、今は陣地の再構築に注力しているようだが……あのような集団行動を取る種族に、知性がないとも思えぬ。
元気なときは継続的に弾幕を張るなどという組織的な抵抗もしておる」
「弾幕に、組織的な抵抗……ですか?
あれが、ねえ……」
「植物やら虫っぽいのやらからも銃撃された経験もあるからな。
そのこと自体には、驚きはしないのだが……あれに会話や交渉が通用するものなのかどうか、ほれ、シナクよ。
一度試してみよ」
「ああ、はい……。
あーあー。
そこのきみたち。
きみきみ、そこの、ちょこまかと動いて石を積み上げているネズミっぽい姿のきみたち!
聞こえてますかぁー!
こちら、冒険者ギルド所属のシナク、冒険者のシナクです。
異種族間でも会話が可能となるアイテムの力を借りて、きみたちにはなしかけています。
こちらのいうことが理解できたら、なんらかのリアクションをしてください。
こちらとしましては、これ以上の交戦を望んでいません。
交渉が可能な種族であれば、大陸法により最低限の権利は保証されます。
逆にいうと、交渉が不可能な相手であれば適性種族として認定され、全大陸的に駆逐の対象となります。
これ以上の交戦を望むのか、それとも交渉のテーブルについて大陸内の秩序に組み込まれるのか、どちらを選択してください。
判断するための時間や情報が必要だというのなら、その旨の返答もお願いします。
そちらの希望やいい分には、可能な限り応える用意があります……」
ギルド本部。
「……集合知性体、ですか?」
「そう、名乗っていますね。
本体は、この、ネズミっぽいのなんですが……」
「ネズミ……というには、かなり大きいと思いますが?」
「そうですか?
ドブネズミとかなら、このくらいの大きさのも珍しくはないと思いますけど……。
あ、この個体は、記録係として同伴しています。仲間から離れた状態だと判断能力はありませんが、記憶力はそれなりにあるようなので。
とにかく、一体だけだとそれこそネズミ並の知性しかありませんけど、群れになると、なんというか、見えない線で全体が繋がるようでして……全個体の知識や経験とかを、瞬時に共有してしまう種族なようです。
彼らも、自分たち以外のコミュニケーション可能な種族に出会ったのははじめての経験らしく、大変に戸惑っています。
これまで誰かに名乗る必要もなかったため、種族名すらないありさまです」
「は、はあ。
それはまた……ユニークな……。
それで、その集合知性種族は、どうしてまた迷宮なんかに……」
「それが……よくわからないそうです」
「……はい?」
「彼らは、地中に巣穴を掘ったり地上に巣を築いたり、その周辺から餌を収穫したりして暮らしています。
数が増えすぎたときは、群れの分けて離れた場所に移ることもあるようですが……とにかく、巣穴を広げていく課程のどこかで、こっちの迷宮に迷い込んでしまったみたいで……」
「でも……武器とか、使ってたんですよね?」
「硬い植物の幹の真ん中をくり抜いて、そこに石を詰め込んで空気を圧縮して……ポン!
原理的なことをいうのなら、単発式の空気銃になりますね。そんなのを普段から巣穴の中に備蓄していて、外敵に備えていたようです。
そんなんでも数が揃うと充分な殺傷能力がありますし、なにより、彼らは小さいながらも数が多し、繁殖する速度も早いので、出身世界でもそれなりに優位に立てっていたのではないかと……」
「それで……個体数が増えるほど、頭がよくなる種族……ということになるわけですか?」
「実際には、数というよりも、人口密度が問題になるみたいですね。
個体間の連絡も、距離が離れると雑音が多くなるみたいで……狭い場所にぎゅっと大勢いる状態だと、かなり頭がよくなるみたいです」
「はぁ……いろいろな種族が、いるものですねえ」
「まったく。
彼らの希望は、このまま迷宮内の一隅を住空間として占拠すること。
これが、まず第一。
それから、今回の交渉ではじめて知った、交易という概念にも強い興味を示しました。
彼らが持たない様々な道具、特に、金属加工品にも、強い興味を示しています。
それらの対価として、彼らがなにを差し出せるのかまでは、今の時点では明言できませけど……」
「そういう細かいことは、例によって帝国の人たちに丸投げしましょう。
冒険者やギルドが深く関わるべきことでもないと思いますし……」
「もっともで。
で、肝心の、言葉の問題なんですが……」
「やはり、コインが必要となりますか?」
「言葉、という概念にも、彼らは強い興味を示しましてね。
彼らの種族同士なら、近寄りさえすれば問答無用で繋がってしまうわけですから……音声によるコミュニケーション手段というもの自体、とても珍しがっています。
それで、言葉についても、もっとよく知りたいと……」
「聞き取るほうは出来てたとしても、意志表示する方法は……。
声帯の構造も、わたしたちとはかなり違うでしょうし……」
「交渉をしている間にも、簡単な単語も判別できるようになりましし……それに、イエス、ノーくらいは、すぐに返答できるようになりましたよ」
「……え?
それは、どのようにして?」
「イエスのときは、こう、右回転にぐるぐるまわって、ノーのときは、左回転をするんです。
集団でいるときの学習能力はかなりのもんですし、あの分ならコイン抜き出もこちらのいうことはすぐに理解できるようになると思いますけど……。
もちろん、そうなるためには、多くの言語サンプルを彼らに提示していくことが必須となるわけですが……。
なにぶん、この体ですからね。
彼らを邪険に扱わないように通達しておけば、迷宮のどこにでも出没して聞き耳を立てて、あっという間に学習してくれるでしょう」
迷宮内、帝国折衝官省分室。
「……どうも、お待たせいたしました」
「それはいいのですが……だいぶん、騒がしいようですね?
なにかあったのですか?」
「迷宮内で数件、知的種族の疑いがある生命体との接触事案が発生しまして……その対応で、かなりざわついたことになっております。
そのせいで、予想外にお待たせしてしまって申し訳ない」
「それは……今日だけで、ですか?」
「今日だけで、ですよ。
たまに、このような大当たりの日があるのでよ」
「それはそれは。
元魔王軍兵士たちへの対応もまだまだ必要なこの時期に、大変なことになっているようですね。
それではさっそく、この申請書なのですが……ギルドの許諾は、すでにいただいております」
「どれ、拝見させていただきます。
……ふむ。
特に、問題はないようですな。
この場合は迷宮内でしか使用できない術式になりますから、事実上、害がないと判断出来るわけですが……帝国の指針としましては、本来、ピス族の先進技術を用いた武器の輸出は禁止されております。実物以外にも、武器となりうる知識の迷宮外への持ち出しも、大幅に制限されています。
そのあたりの事情も、どうかお含み置きください」
「つまり、このような術式の試作や研究に関しても、原則として、すべて迷宮内で行うように、と、そういうことですか?」
「そうなりますね。
今の環境であれば、不自由することはないのでしょうが……」