91.さいきょうしゅぞく?
ギルド本部前。
しゅん。
『これは……ヒト族が建造した町なのか?』
「ええ。まあ」
『ずいぶん、無駄なことをするものだな。
環境を自分たちの都合のよいように改変する種族は珍しくはないが、ここまで大規模なのはなかなかない』
「はぁ。
なんか、そちらの世界の常識とこっちの世界のそれとは、多いに隔意がありますようで……。
それで、こちらがギルド本部になります」
ごん。
「……おっと……」
『この入り口は、我の体と比較して狭すぎるなな』
「ええっと……それでは、ギルド職員の方をこちらに呼んできます」
「……ということで、こちらがギルド事務方筆頭の、ギリスさんになります」
『ドラゴニュートのギダルだ。
世話になる』
「は、はい。
よろしく、お願いします。
まずは、そちらの椅子に腰掛けてください。
うちにある中で、一番丈夫そうなのを持ってきましたから、たぶん潰れないと思います」
『我が種族には腰掛ける習慣がないのでな。
立ったままの方が気楽でよろしい。
このままでもよろしいか?』
「あ。はい。
では、こちらも立ったままで失礼させていただきます。
だけど……ギダルさん、大きいですね」
『ヒト族とやらは小さいな。
なるほど。
各種の衣服や装備、武器やアイテムを持つことによって、身体の脆弱さを補っているのか』
「ええ、まあ。
そういうことに、なりますか。
わたしたちは、ギダルさんのような立派で頑丈そうな鱗は持ち合わせておりませんので……」
『ふむ。
見た目からして、いかにも虚弱そうな種族であるな。
しかし、物作りには長けておるようだ』
「恐れ入ります。
早速ですが、ギダルさんは当地への長期滞在をお望みなのでしょうか?
こちらのシナクさんのはなしによれば、なんでも世界を渡る能力をお持ちであるとか?」
『おお、それよ。
我は迷宮を介して数々の世界を渡ってきたわけだが……この世界の迷宮は、いつになく変わっておるの』
「そうなんでしょか?
わたしたちは迷宮から大規模に魔力を取り出して利用していますので、そちらの影響もあるのかも知れません」
『迷宮の魔力を利用している世界は、決して少なくはない。むしろ、規模の大小はさておき、そうした営為をまったく行わない知的種族の方が珍しいくらいだ。
変わっているというのはだな、もっと根本的なところで……』
「わたくしたちは、こちらの世界しか存じ上げませんので、こちらの迷宮がどのように変わっているのか、自覚することは難しいかと」
『そうなのであろうな。
こちらの迷宮は……全般的には、とても安定している。しかし、時折、局所的に大きく変動する性質がある。
こちらの迷宮には、時空の歪みが一カ所に集中して顕在化する性質があるな。
その歪みがいつどこに出現するのか、予測をすることはなかなかに難しいことがこの数日でよく理解できた。
おかげで、ここから別の世界へ渡る目処がまるでたたん』
「こちらで何度か観測されているモンスターの大量発生現象も、その性質が原因なのかも知れませんね」
『モンスター……怪物、か。
別世界からの来訪者は、確かにこちらから見ればそのように見えるのであろうな。
この我も、さしずめそのモンスターとやらの一種になるわけか』
「こちらの世界には、大陸法といいまして、知的種族の権益を保護して対等な交易を活発にするための法律があります。
姿形がどうであれ、交渉が可能な相手を粗略に扱うことはありません」
『ヒト族は、まったくの野蛮種族、というわけでもなさそうだの。
しかし、交易……欲しいものがあるのならば、対価を用意して取引をしなければならぬのか。
いや、それ自体はまことに結構な姿勢であろうとは思うが、いかんせん、この身一つでこの世界に放り出された身。
我の希望としては、まずはレッドドラゴンのおわすところまで案内を願いたいのであるが……』
「ドラゴンの居場所をお知らせする程度のことなら、無償でご案内できますが。
ただ、ドラゴン側の希望によりまして、誰も近づけるなという意志を通告されておりますので、むやみに近づくと攻撃を受けることになるかもしれません。
そのため、身の安全は保障できないことになりますが……」
『それは、構わぬ。
眷属である我が始祖に詣でるについて、なんを遠慮する必要があろうか。
仮にレッドドラゴンの怒りを買ってこの身を焼かれたとしても、眷属としては本望というものだ』
「……怖いことをおっしゃいます。
危険性をわきまえた上でのご希望とあれば、ギルドとしてもお止めする理由はありません。
それでは……これが、ドラゴンの巣へ至る順路になりますね。
なにぶん、迷宮内のことゆえ、かなり複雑怪奇な道筋となっております。
ただ今から地図の写しを作り、近くまで転移魔法の手配をさせていただきますので……」
『いや、それには及ばぬ。
道順は、もう、覚えた』
「……え?」
『それから、今後の便利のために、おぬしらヒト族の言語処理系を走査する許可をいただきたい』
「言語処理系……の、走査? ですか……」
『理解できぬか?
我がヒト族の言葉を理解するための、一番手っ取り早い方法になるな。
痛みも、その他のいかなる危険性もないことは、我が保証する。
しかし、個体内部の情報処理系を走査する行為はプライバシーの侵害に抵触する行為でもあるからな。
我にしてもヒト族の個人的事情に特に興味があるわけでもないが、そちらが我を知的種族と認めて遇してくれるからには、こちらもしかるべく配慮をして断りを入れてから行うのが筋というものであろう』
「……あ!
走査って、つまり……」
『ふむ。
平易な表現をするならば、おぬしたちヒト族が記憶するところを閲覧する行為にあたるな。
なに、言語習得に必要な情報は限られておるし、ほんの二、三人のサンプルさえ参照すればおおむね必要なことは学習できる。
それ以降は、その個体が持つドラゴンのコインの力を借りずとも我は人語を理解できるし、直接頭の中にこちらの意志を伝えることも出来るようになる』
「あっ……あ。
すごい……ですね。それは……。
ええっと……ど、どうしましょう?
シナクさん」
「危険はないっていっているし、好きにさせてもいんじゃないですか?
おれたちにしてみても、損はしない申し出になると思いますけど……」
「そう……ですね。
では、そちらのよろしいように」
『了解した。
走査を開始する。
……走査を終了した。
これで、我という個体に関しては、ヒト族の言葉で不自由することはなくなった』
「その走査ってやつを使えば、おれたちが知っていることをすべて読みとれるってわけですか?」
『そうなるな。
だが、約束した通り、言語習得に必要な情報のみを選択して走査したので、不必要におぬしらの私的記憶は覗いたりはしていないぞ?』
「い、いや……そういうことではなく……それじゃあ、ギダルさんは、その気になりさえすれば、おれたちの心も読めるってわけですか?」
『可能か不可能かで答えるならば、そのような行為も充分に可能であるが……それは、我の感性からいえばかなり悪趣味な行為に該当するぞ』
「いや、おれたちにとっても、充分悪趣味な行為なんですが……そういうことではなく……」
『なにをぶつくさいっておるのか。
我は、先に迷宮内におわすレッドドラゴンを詣でてまいる。
帰ってきたら、このギルドとやらにも便宜を図ってくれた見返りに、なんらかの恩賞を与えようと考えておるから、そのつもりでいるがよい。
それでは、さらばだ』
ばしゅんっ。
……ひぃぃぃぃ……ん……。
「その場で、空高く飛び上がって……」
「迷宮の方に、一直線に飛んでいっちゃいましたね」
「なんというか……」
「ええ。
こちらの基準でいえば、いろいろと破格の種族みたいで」
「……帝国の、折衝省に連絡しなくては……」
「おれも、迷宮に帰って仕事の続きやろう。
おーい! きぼりん。
おれたちは、歩いていくぞぉ!」