90.どらごにゅーと。
迷宮内、管制所。
「……知的種族である可能性あり、ですか……」
「ええ。
それも、複数の場所から同様の報告があがってきています」
「元魔王軍方面の、翻訳状況はどうなっていますか?」
「ドラゴンのコインは、あれば便利ですけれども、もうなくてもいけそうです。
通信機を通したやりとりの量が多かったので、各言語の基本的な文法は解析済み、日常的なやりとりであれば、なんとか翻訳可能なレベルに達しているとか。
あとは語彙を増やして、翻訳精度をあげていく工程が残っているそうですが……」
「その工程には、ドラゴンのコインはあまり役には立ちませんしね。
では、ドラゴンのコインを一度引き上げさせてもらって……それからシナクさんに連絡を。
一度席を外せないものかどうか、確認してください」
迷宮内、臨時教練所。
「で、トトライダーのメッセンジャーが、こっちに来たわけか……。
どうします? リンナさん」
「今日の予定は、昨夜のうちから決まっておるからの。
なんだっったら、こちらの方は拙者一人でも監督できるが。
このあとは、パーティ同士の模擬戦。それが終わったら、全員総出のバトルロワイヤル。
昼の休憩を挟んで、反省会の続きに細かい駄目だし」
「はい。
こっちは、リンナさんひとりでも大丈夫なようですね。
それでは、ちょっくらいってきます。
出来る限り早く戻るつもりではありますが……」
「そんなもの、現場の状況次第になろう」
「ですよね。
しかし……知的種族、か。
また増えるのかなあ……」
迷宮内、管制所。
「……といった次第でして、とりあえず、このコインはシナクさんにお返しします」
「はい、確かに。
だけど……このコインさえあれば、おれ以外の誰かが交渉役をやっても、よさそうなものじゃないか?」
「シナクさん以外の方になりますと、みなさん、経験がありませんので……。
やはり、経験者に任せる方が、成功確率もあがるかと判断いたしました」
「成功確率、ね。
まあ、やれといわれれば、やりますけど……」
「移動用に、きぼりんさん一体が随行することになります。
行き先については、そちらのきぼりんさんが知っていますので、ついていっていただければ……」
「はいはい。
それでは、いきますか」
しゅん。
「……おーい、誰かいるかー。
ギルドから派遣された交渉役ですがー……」
「おお、来た来た。
思ったより早かったな。
こっちだこっち」
「で……どんな様子ですか?」
「どうにも、こうにも……。
あれ、みろよ」
「……羽根の生えた、リザードマン……。
いや、リザードマンよりも、もっとゴツゴツした感じか……」
「接触時から、身振り手振りで、敵意がないと意思表示していたんだが……。
なにぶん、意志の疎通が出来なくてな。
それで、パーティの一人に脱出札を使わせて、ギルドにお伺いをたてたわけだが……」
「なるほど。
それじゃあ、ちょっとはなしかけてみるわ。
ええ。
こちらは、冒険者ギルド所属、冒険者のシナクトいいます。
こちらがいっていること、理解できますか?」
カルカルル。カル。
『理解できる。
こちらは、ドラゴニュートのギダル』
「どらごにゅーと?
それは、所属する団体の名称か、それとも種族名か?」
『種族名になる。
冒険者ギルドとは、種族名か?』
「いえ、所属団体の名称になります。
この迷宮の攻略を、主導している団体でして。
冒険者の業務自体は、もっと多岐にわたりますが」
『では、冒険というのは職業名、冒険者ギルドは組織名という理解でいいのか?』
「そういうことになります。
ドラゴニュートのギダルさんは、どのような経緯でこのような場所へ?」
『迷子だ』
「……は?」
『恥ずかしいはなしになるが、迷い猫の尻尾を追って世界を駆けめぐるうちに、自分の居場所を見失って途方に暮れていたところだ』
「ええっと……と、いうことは……ドラゴニュートのギダルさんは、世界を渡る能力がおありで?」
『ただのギダルだけでよい。
生来の能力というわけではなく、迷宮の力を利用する形で我は世界を渡ることが出来る。
迷宮の中は空間のときとして歪みが存在し、われはそれを関知する能力がある』
「は……はあ。
そういう種族も、いるわけですね?」
『こちらには、わが種族はいないのか?』
「はあ。
おれの知る限り、ドラゴニュートという種族名は初めて耳にしますね」
『で、あるか。
われらドラゴニュートは、栄えあるドラゴンの眷属。
身体も頑強で、空も飛べるし、火も吐ける。
長寿で、その分、個体間の交渉はなきに等しいのであるが……』
「な、なんか最強っぽい種族っすね」
『二本足の種族の中では、まさしく最強であろう。
少なくとも、わが種族以上に強い種族を、我は知らぬ。
ところで、さきほどより気になっておるのだが、おぬしの体からそことはなく我が始祖の気が漂ってきておる。
なんぞ、ドラゴンゆかりの品でも持参しているのではないか?』
「えっと……このコインのことかな?
心あたりっていったら、これくらいしかないけど……。
こいつの効用のおかげで、今も会話が通じているわけでして……」
『おお! おお!
まさしくこれは、我が始祖の……もそっと、手直に見させてはくれないか?』
「あ、はい。
どうぞ」
『まさしく、まさしく。
これは……確かに、レッドドラゴンの……』
「たまたま出会った記念に、いただいたものになります。
おかげで、今回のような場合に大変重宝しております」
『なんと、始祖手ずからおぬしにこれをかっ!
おぬし……一体、何者か?』
「シナクっていう、けちな冒険者になります」
『ふ……む。
謙遜か、韜晦か……。
して、そのドラゴンとは、どこで出会った?』
「この迷宮の中で」
『なんとぉ!』
「ギルドに尋ねれば、現在地の座標もわかると思いますが……。
でも、ドラゴンさんの方が、まだあの場所にいるかどうか……」
『この迷宮内に、おわすというのかっ!』
「最後におれが会ったときは、いましたね。
今もまだいるかどうかは、保証できませんが。
あのドラゴンさん、他者との接触を忌諱していましたので、ギルドの方針としてもドラゴンさんの居場所を封印して、誰も近寄っていませんもので、今もいるかどうかは、事実上、確認出来ません」
『レッドドラゴンの意志を尊重した形か。
いや、よくやってくれた。
それが出来る者は、なかなかにおらぬのだ。
なにかと欲得に駆られて倒そうとしたりなんだり……』
「まあ、こっちとしても迷宮攻略って仕事の最中ですから、無駄な危険をあえて背負い込みたくはないなーって判断なんでしょうけど……」
『迷宮を攻略、か。
そのような世界も珍しいな』
「……そうなんすか?」
『我が知る限り、迷宮は不可避の自然災害とみなす世界が大半だ』
「ははぁ、なるほど」
『そういえば、奇妙な風体をしておるな、おぬし。
種族名はなんという?』
「ヒト族と申します。
こっちの世界では、二本足の中で一番数が多い種族になりますが……」
『そうか。
ことによると、我は、郷里よりも想定外に隔たった世界まで来てしまったらしいな』
「それでギダルさんは、この後はどうするおつもりで?」
『どうもこうもあるか。
漂流者がとれる選択の余地は、いずれにせよ少なかろう。
まずは、おぬしのいうギルドという組織と交渉を持ちたい。
近くにレッドドラゴンがおわすとあれば、一度は詣でぬわけにはいかぬからな。
その後のことは、おいおい考えよう。
おそらくは、そのギルドとやらの世話になることだろうが……』
「は、はあ……。
ではまあ、ギルド本部まで、ご案内いたしますか。
ちょっと待ってくださいね。
連絡を取ってから、移動しますので。
きぼりん、転移陣の用意を。
あー。
どうも、シナクです。
第一の接触、友好的に成功した模様。
本人申告で、ドラゴニュートという種族のギダルさんだそうです。
ギダルさんはギルドの世話になることを希望しています。
その前に、レッドドラゴンと接触することを強く望んでいらっしゃます」