84.かずのもんだい。
「冒険者が増えすぎて、ギルドの事務能力がパンクしかかっているという相談もされた」
「いや……そりゃ、相談したくもなる状況だってのは、わかるけどさぁ。
元魔王軍兵士が稼働しはじめれば、一気に一万とか二万とか増える計算になる。
だけど、それって……魔法使いに相談して、なんとかなることなのか?」
「大量の情報を短時間で処理するのは、ピス族の思考機械が得意。あの機械は、あちらの世界では事務処理機械としても普及し、日常的に使用されている。
翻訳機能を中継する通信末端の術式化と併せて、ここの冒険者の情報を一括管理するとかなんとか、そんな構想を相談された。
具体的にいうと、現行の冒険者カードを通信機件翻訳機件個人情報管理端末件その他諸々の多機能なものに置き換えることを、ギルドは考えているらしい」
「そんなこと……出来るのか?
それこそ、はは、魔法みたいなはなしだな」
「ピス族の思考機械は、現在、代行できる機能をきぼりんにより術式化されて、かなりハイブリッドと様態になっている。特殊なネットワークをとして処理系を迷宮各所に分散し、偏在している状態。
そこにアクセスできる末端を量産することは、不可能ではない。
ただし、まともに機能するのは迷宮内に限定される」
「例によって、魔力の関係だな」
「魔力と、それにアクセス可能領域の関係。
半日以上かかってピス族やきぼりんと検討してみたが、どうやら可能なようだという結論に達した。
しかし、前例がない術式になるので、ある程度まともまったリソースを用意しなければならない。
わかりやすくいうと、きぼりん数十人の手を空けてしばらくそちらの研究開発に専念させたい」
「……出来るのか? そんなこと。
あいつら、なんだかんだで、迷宮のあちこちで忙しそうにしているけど……」
「現在、迷宮内の隔壁敷設作業に従事しているきぼりんを、研究開発に回す予定。
あの作業に必要な術式は、すでに書式が固まっている。
迷宮内の指定された場所に決まりきった術式を刻んでいくのは、すでにきぼりんでなくても出来る単純肉体労働になっている。
手順書が出来次第、引き継ぎを済ませ、きぼりんは順次その作業から手を引いていく」
「ははぁ、なるほど。
うまくいくといいなあ」
「人手は、足りるのか?
冒険者以外の部署も、今ではかなり負担が多くなっているはずだが……」
「デスクワークとか読み書きや計算が必要となる作業は、少学舎から安定的に供給されるようになっている。
場合によっては、その特定の作業に必要な知識も教えてからそれぞれの職場に人員を送ってくれる」
「……そんなサービスまでやっているのか」
「むろん、無償ではない。
特殊な知識や技能が必要な人材に関しては、手間賃自体に差をつけられるし、場合にとっては求人した側が教育費を負担する場合もある」
「まあ……タダでは、やらないだろうな。
教える側の手間も、時間も、かかるわけだから……」
「基本的な教育からはじまって、各職種に必要な人材の育成と仲介までをひっくるめて、あの王子は商売にしようとしているらしい。
王子は、人材派遣会社と呼んでいた」
「人材派遣……は、まだわかるけど……会社ってのは、なんだ?」
「営利目的の集団を指す用語らしい。
商会は商品を売るだけだが、会社は商品以外のものでも商売をする。
人手や情報、アイデアや各種権利など、目に見えない事物をひっくるめて全部扱うことが出来る営利団体、それが会社。
王子から、そう説明された」
「例によって……前世の知識ってやつかな?」
「そうであろうな。
王子は発案だか引用だかをしなくても、最近の大手商会は取り引きするモノを拡大する傾向にあるから、遅かれ早かれ、こちらの世界でもそういう方向に進化したことであろうが……」
「いや……ちょっと待て。
その、ルリーカが参加した会議の場に、王子もいたのか?」
「会議の場には、王子はいなかった。
ただ、ほぼ同じ時間帯にギルド本部で別口の打ち合わせをしていたから、休憩時間とかに雑談をする機会があった」
「ああ……なるほど。
別口で、ねえ……」
「王子の会社とやらが、ギルドと打ち合わせ、か……。
今の説明を聞く限り、別段、不思議というわけでもないか……」
「王子の会社とやらが、これからどんな仕事をやろうとしているのか、ティリ様なら予想がつきますか?」
「わらわでなくとも、少し考えれば容易に察することが出来ると思うが……。
まず、な。
冒険者の数は、近い将来飛躍的に増加する。これが、前提条件じゃ」
「はい。
そうなりますね」
「次に、王子の会社やらは人材の育成と派遣をその業務としている」
「ええ。
ルリーカのはなしでは、そういうことだろうですね」
「で、あれば、結論はもはや明らかであろう。
冒険者が増えれば、討伐されるモンスターの数も増える。
後始末やモンスターの死体を処理する人手も、足りなくなるのが道理というものであろう。
それらのフォロワーは、冒険者一人に対して数名は必要になる計算じゃぞ」
「……あー……。
なる……ほど。
そっちかぁ……」
「おそらく、王子の会社は……労働力の安定供給を目指して、近隣の地域から出稼ぎ労働者をかき集めてくるつもりではないか?
いまだに、人買いまがいの商売が平気で横行している世情じゃ。
寒村を回って王子の名を出してしかるべく待遇を保証すれば、それなりの人数は確保出来よう。
そこから先、その事業がうまくいくかどうかが、王子の手腕次第であろうな」
「飢えたり子どもを売ったりするよりは、迷宮に出稼ぎに来る方が、なんぼかマシってことか……」
「帝国皇女の推察で、ほぼ正解。
ただし、迷宮内の人手だけではなく、春からギルド主導で開始する、大規模農場の人員も、かなり広範な地域からかき集めてくるとはなしていた」
「大規模農場?」
「シナクはまだ、小耳に挟んだことはなかったか?」
「名前だけは、何度か耳にしましたが……具体的にどんなもんかは、とんと想像がつきませんね」
「ここから港町デラムデラルまでは、広大な荒れ地が広がっている。
その広大な土地は、保水性が悪くて地味に乏しく、まばらに草が生える程度で、放牧をする以外に利用のしようがない土地だった。
そこの土壌を改良して、将来的には耕作に適した土地に改良していく計画がある。
ピス族の知識と肥料用途として溜めこんだモンスターの内臓その他が入り交じった発酵物、それに労働力を集約させることを可能とするまとまった資本。
以上の条件が揃えば、将来的には十分に採算が合う農地を作ることが出来る、と、ギルドは考えている」
「それで……王子の会社が、人集めの部分を買って出ている形か……」
「非営利的な少学舎の事業が軌道に乗り、新型術式の販売によりまとまった資金を得たので、王子は自信をつけて次の段階へと踏み込んだものと思われる」
「いや、まあ……悪いことをしているわけではないし、是非とも成功して欲しいとは思うけどね……。
しかし……そっかぁ。
あの王子がねえ……」
「呼んだか? ぼっち王」
「ありゃ?
噂をすれば影ってやつですかね?」
「わが社の新製品の使い勝手なぞを聞きたくて、冒険者が多く集まるこの店に来てみたのだが……すでに、酔っぱらいしかいない状態で、ヒアリングもまともに出来ぬな」
「ああ。
なんだかんだあって、今夜は飲み放題になっちまいましたからね。
王子もどうです? 一杯」