82.たてとほこ。
「だいたい銃というものはだな、原理的には大変に単純なものだ。
銃身により気体と固体の出口を銃口へと誘導してやり、その逆の根本で爆発をさせてその圧力で固体を前方へと撃ち出す。
ただそれだけの代物でな。
これだけ単純な仕掛けが何故今まで作られてこなかったかというと……」
「……その爆発に耐えきれるほど頑強な筒を作る技術がなかったから、ということになるな。
たとえば、炸薬を利用した兵器、火箭などはわが帝国でも意外に古くから用いられておる。
これなどは、直接的な打撃を与えるものというよりは、大きな音や火を出して人馬を驚かせ、戦列を崩すことを主な機能としているわけだが……とにかく、火薬の兵器利用はそれこそ千年近く前から行われておる。
そこから大砲が発明されるまでに数百年の歳月を必要とし、さらに個人で携帯できるような銃器となると、ピス族の出現を待たねばならぬこととなる。
やつら、ピス族の武器を目にするまで、炸薬の爆発に耐えうる筒を制作できるとは、わらわたちは夢にも思わなかったわけだ」
「冶金技術の水準ももちろん、問題であったわけだが……そこまで小型化した銃器の運用法や実際の威力など、現物を見てみるまで拙者らには想像も出来なかった領域であるな」
「その新兵器を物質具現化術式とを組み合わせて量産する、などというのは、発想の飛躍という点ではなかなか余人に出来ることではない。
魔術に疎いピス族にも、技術的な想像力に欠けるわらわたち大陸の民にも、なかなか出来ぬ発想であることは認めねばなるまい」
「あの王子が自称している……前世の記憶ってやつのお告げですかね?」
「あれの前世というやつがどのような世界であったのかはよくは知らんし、知りたくもないがな。
家柄と特性持ちであることだけが取り柄というわけでもなかったようじゃの。
あの発想をうまく活かすことが出来れば、あの王子の将来も、なかなか面白いことになるやも知れん」
「本人の前であんまり煽らないで下さいよ。
あの人、結構調子に乗りやすそうだから……」
「いうわけがなかろう。あの玉子王子は、前世がうんぬんはさしおいても、どうにも虫が好かん」
「それで、だな。
その単純な原理を実現した銃器が、なぜ精巧な構造を必要とするのかというと、だな、銃身の中で起こす爆発に耐えうる強度と持たせる同時に、次弾を装填させるための機構や薬莢を排出させるための機構なども備えつつ、保持し、銃口がぶれにくい重量バランスや悪環境下で多少手荒く扱っても壊れにくい頑強さも実現しなければならず……と、仕様に対するハードルが非常に高く厳しくなるからだな。
それら、厳しい基準をクリアさせるためには、長い年月に渡って試行錯誤を繰り返し、徐々に洗練されたものへと改良していく過程が必要だったに違いない。
武器のみならずヒトが手にする道具というのはすべてこうした研鑽を経て現在の形になっているわけであるが……」
「はー。
リンナさん、詳しいっすね」
「……呪術銃を作るときにな、ピス族の資料を翻訳したものを、読ませてもらったわけであるが……。
ものがものゆえ、帝国側は拙者に読ませることをかなり渋ったもの。
呪術銃は扱いが難しく、拙者以外にはあまりうまく扱えぬということで強引に説得して押し通したが」
「まあ……帝国としては、強力な武器になりうる技術の詳細は、出来る限り外には出したくはないだろうな……。
下手をすると、現在のパワーバランスが崩れかねない情報なわけだし……」
「何十、何百と誓約書を書かされて、帝国側の魔法使いに行動制限のまじないまで施されて……それでようやく、資料を閲覧を許可されたな。
あくまで拙者個人のみが使用する、ということで、この呪術銃は実用化にいたったわけだ」
「では……今回の、王子の機銃とか?」
「これは、そもそも迷宮の外では使用できない術式であろう? であれば、外の世界への影響は、きわめて少ない。
それに……具現化したものを分解して、内部の構造を調べることも出来ない仕様になっているはずだ」
「……あー。
そうか。
帝国としては……個人が勝手に強力な武器を生産したり使用したりすることは危惧しているけど……」
「迷宮内に限定して使用する限りにおいては、悪しき影響もあまりない、と……そのように、判断したのであろうな。
もっとも……体内に魔力をため込める体質の者であれば、体内魔力を使用して強引に具現化することも可能ではあるのだが……」
「……そうなんすか?」
「そうなのだ。
だが、まあそれは、止めておいた方が、無難であろうよ。
あの機銃ほどの質量と、際限なく吐き出される銃弾とを同時に具現化するとなると、魔力もかなり大量に消耗させられることになる。
通常の魔法使いであれば、保ってもわずかに数分しか使用できぬであろう」
「つまり……別に魔力の供給源を確保しない限り、おおよそ実用的ではない……と。
じゃあ、狙撃銃も、その線でおせば……」
「おそらく、許可は降りるであろう。
なにより、機銃という前例があるのだからな。
それに、発起人の一人として帝国皇女が名を連ねていることも、認可を出しやすくする一因となろう」
「ですねー。
帝室の権威は、こういうときには有利に働くと思うし……。
あれ?
そいういや、肝心のマルサスくんは?」
「紙とインクとペンを求めて、売店に走っていったわ。
早速、嘆願書かなんだかを書くそうじゃ」
「……それでな。
ゴドラってやつは、今ものびたまんまでここにはいないんだが、こーんな大きなガタイをした大男ででな。完全武装したそいつが頭上に大きなメイスを振りかざして、真っ正面から振り下ろしたときは、もう……ああ、これでまた一人逝ったなあ、と、そう思ったもんさ」
「ぼっち王、小さいし華奢に見えるもんな」
「おおうよ。
そしたら、どうだ。
がん、と、まともにメイスが振り下ろされて、確実に兜に激突したってのに……当のぼっち王は、平然とたっていやがる。
それどころか、うっすらと口元に笑みさえ浮かべていやがった。
あれには……あきれるを通り越して、背筋に寒いものは走ったな。
あれは……いったいどんだけの加護を施されていれば、あんだけ打たれ強くなれるってんだ……。
だってよう、ゴドラの渾身の一撃、っていったら……」
「……大型モンスターの頭蓋だって、軽く粉砕するってはなしだよな」
「おうよ。
おれは、確かにこの目で見ていたが……あれは絶対、手を抜いた動きではなかった……」
「それを耐えきって、その直後に反撃さえしてみせたぼっち王ってのは……」
「ああ。
早さだけが取り柄の軽戦士かと思ったが、とんどもない。
ゴドラの一撃を受けて平然と立っていられる者なんて、ギルド中探したって数えるほどしかいやしねー……」
「……なんだか、シナクくん、また伝説作っているみたいだね!」
「半分は、無理矢理押しつけたあの武装のおかげでしょう。
あれは確か、かなり特別な品で……」
「そう!
あの複合防御術式は特別製で、受けた衝撃や攻撃の種類を判別して、それに対抗するための術式を自動生成する自己学習機能が内蔵されているんだね!
あとでそれを調べさせてもらえば、新しい防御術式が労せずとも手に入るって寸法さ!」
「普段のシナクさんであれば、すぐに避けてしますから、大きな物理攻撃はまず受けないんですが……」
「今日の経験を、あの複合防御術式が学習して対策を抗したとしたら……よりいっそう、硬くなったと思うね!」
「ええ。
物理攻撃にも、かなり耐性がついたかと」