81.べんちゃーきぎょうことはじめ。
「こちらの三人は、猟で慣れているらしく、遠距離の射撃を得意とします。
状況により弓も使いますが、具現化石弓を使用すれば、中型モンスターの頭蓋を一撃で粉砕する腕前。
それゆえ、長距離用の狙撃銃を切実に欲しております」
「石弓、か。
石弓やらボウガンやらは、単純な構造の弓と比べて、部材が多くて整備が面倒だからな。
具現化武装にすれば、故障に気をつけなくてもいいし、手入れの手間も省ける。
威力は、弓に数倍するわけだし、狙撃の腕に自信があるのであれば、メインの武装として選択するのは悪くない手だ」
「三人とも、近接戦もそれなりにこなせましたけどね。
でも、おれたちのパーティ的にも、長距離戦を強化したいという思惑もありますので……」
「そちらのいい分は理解した。
どうじゃ、シナクよ。
この国の王子が機銃を生産して、このわらわが狙撃銃を生産して悪いという法もあるまい?」
「……一応、ギルドとピス族の同意を得る必要があると思いますが……。
それさえクリアできれば、確かに問題はないかと」
「ふむ。
では、必要な手続きは、マルサス。
おぬしに任せる。
手間賃は支払うゆえ、冒険者稼業の合間を縫って、必要な事務手続きのいっさいをおぬしが執り行うがよい。
必要な経費が発生すれば、こちらに連絡いたせばその都度に支払うことにしよう。
公式文書や帳簿の書き方は、心得ておろうな?」
「これでも数年後には小さいとはいえ領地を任される身、その程度の素養は仕込まれております。
しかし……おれで、本当によろしいので?」
「よきにはからえ。
一人でやりきれれぬようであれば、人を雇え。
冒険者も金子をため込む一方では、妬心を買うばかりよ。
うまく金子を外に回してこそ、莫大な報酬を得る甲斐もあろうというもの。
金に糸目をつけず、最上の結果を追求いたせ」
「……はぁー。
こういうやりとり見てると、やっぱティリ様って他人に命令するのに慣れているんだなーって時間するわ」
「普段は、生意気な小娘だがの」
「年増の戯れ言はあえて捨て置く。
だが……果たして、ピス族は、本当に狙撃用の銃器を持っておるのだろうが?」
「……うーん。
今現在、持っているかどうかは断言できませんけど……そのような用途は、絶対に必要とされてきた筈ですから……過去に、何度か生産されている公算が高いんじゃないかと……」
「なるほどの。
拙者も、シナクと同意見じゃ。
むしろ、狙撃を必要としない戦場の方が、想像しにくい」
「それで……過去に一度でも生産した経験があるのなら、ピス族であればあの機械、思考機械とやらに、図面とか製法とかを残している筈なんですよね。
事実、最近帝国傘下の諸国に送られる予定の機織機械なんかは、ピス族にしてみれば何百年も前の、現物が残っていない機械なんですけど……思考機械の中に残ってた情報を元にして、立派に復元しているわけですから」
「……ピス族にしてみれば、あれも大昔の代物なのか……」
「彼らにしてみれば、おれたちなんて猿顔の野蛮人ってところなんじゃないでしょうか?
ま、今のところいがみ合う理由もありませんから、せいぜい仲良くやっていきましょうや。
で、その狙撃銃とやらの生産をするにあたって、必要となる工程はというと……」
「ま、待って下さい、ぼっち王先輩。
今、メモに……え?
このメモ帳と鉛筆、使っていいって?
助かる!」
「……いい?
まず、法的に問題がないのかの、確認。
ギルド、ピス族……それに、念のため、帝国の折衝官にも、事前に確認をしておいた方が、安全だな。ピス族の知識や技術に関しては、かなり神経質になっているってはなしだし……。
不安があるのなら、前例を作った王子のところに挨拶がてら、許可を取るコツなんかを尋ねにいってもいいし」
「なるほど。
第一段階として、法的に問題はないのか、確認……ですね?」
「それがクリア出来たら、こんどは技術的な部分の詰めになるんだけど……。
こいつは、ほとんどきぼりんまかせになるだろうな。
逆に、きぼりんがなんか助けを求めて来たら、それには即座に応じてやってくれ。
試作品があがってくるまでになったら、試験とかで協力できるだろうけど……そこにいいくまでの工程で、魔法の門外漢が手伝えることはあまりない……と、思う。
そのあたり、どうでしょう? リンナさん」
「一時的に特定の物質を具現化の術式は、すでに枯れた技術といっていいものだからな。
とはいっても、無から有を作り出すわけだから、魔力の消耗もそれだけ激しく、迷宮のような特殊な環境でなければ、まず使用されることのない魔法であるが……。
だから、ここで問題となるのは、数十数百という細かい部品を、組み上がって使用可能な状態で再現する、という気の遠くなるような細かい術式に組み合わせを一斉に行い、そのすべてを完全にコントロールしなければならない、という精密さであり……通常の魔法使いであれば、その煩雑さにすぐに作業をあきらめてしまうことだろう。
まあ、この段階ではきぼりんに任せておくより他、実質的には出来ることはないな」
「報酬は、可能な限り弾むことにしよう」
「専門知識を駆使して面倒な作業をえんえんとさせるわけですから、それがよろしいでしょう」
「そんで、試作品が出来て、それも調整して売りに出せる製品も仕上がったとする。
ここまでが、第二段階。
この先の……」
「販売が、第三段階という事になろうの」
「その通りです、ティリ様。
だけど……この第三段階に限っては、おれから助言できることはなにもない。
おれ、商売のことについては、まるっきり経験のない素人だからな。
おれよりは、むしろ……前例を作った王子とか、代々武器商人やっているあそこのおねーさんに相談してもらった方が確実なんじゃないかと思うけど……」
「ああ。
あの、いつもテンションが高い方ですか?」
「そうそう。
ハイテンションのおねーさん。
あれで、それなりのコネクション持っているようだし、手間賃を惜しむ気がなかったら、販売はあれに丸投げしてやってもいいくらいだし……」
「餅は餅屋ともいいますからね」
「そうそう。
その分、こちらの儲けは削られることになるけど、それさえ覚悟するなら、丸投げも安全な方法ではある。
このへんは、出資者全員の意向も確認してからでないと、方針を決定できないところではあるけど……」
「その第三段階とやらは、まだまだ先のはなしになるしの。
まずは、第一段階から順番に、片づけていけばよい」
「ですね。
第一段階は、そんなに手間も時間もかからないと思いますが……」
「そうじゃの。
せいぜい、数日といったところか?」
「そんなもんでしょうね。
問題がないのか、関係各所に確認をしていく程度のことですから……」
「それで、ここまでの部分でなんぞ質問はないか? マルサス」
「はっ。
特には……」
「では、明日までに自分の行動を縛る契約書を作成してくるがよい。
わらわたちも……そうさな。
当座の活動資金として、白金貨十枚ほどを用意しておくことにしよう」
「……そんなに! で、ございますか……」
「驚くほどの大金ということもなかろう。
人一人を動かす金子と考えれば大きいが、機銃術式の現在の価格ではないか。
逆に、初期費用としてこの程度を計上しなくては、帝室の名折れとなろう。
その初期費用の中から、当座の必要経費と自分の手間賃を出しておけ。
必要経費は詳細に書き出して、あとで精算するものとする。
それに……そうさな。
王子に面談にいくときは、そこな姉妹も伴っていくがよい。
あれは女好きであるからな。
見目麗しき女性を伴ってはなしを聞きにいけば、あることないこと、さぞかし調子に乗って盛大にさえずってくれることであろう