79.ぼうけんしゃのうたげ。
迷宮内、羊蹄亭支店。
「やあやあ、マスター!
二、三日ぶりだね!」
「おー。
お前らか。お前らに限らず、ここ二、三日、冒険者の客はめっきり減っていたんだがな。
またそぞろ、賑やかになるか」
「そういうことだね!
マスター、これ、お土産だよ!」
どさっ。
「……と、馬鹿。
お土産はありがたいけど……こんなに量があるんなら、厨房で出せって……。
しかし、川魚か……。
新鮮そうだし、さっそく焼いてみるかな」
「ぼくらはいいので、他のお客さんにふるまってあげて下さい。
正直、魚は、少々食傷気味なので……」
「ああ、そうかい。
それでいいっていうんなら、そうさせてもらうが……お前ら、探索業務が休止していた間、どっかに出かけてたのか?」
「ええ。
実は、みんなで剣聖様の山荘に招かれていまして……」
「そうかいそうかい。
詳しいはなしはじっくりと聞くとして……注文は、二人ともいつものやつでいいな?」
「マスターに任せるよ!」
「はい。
それでお願いします」
「……ガデスとやらは、まだ起きぬか?」
「縛ったまま、寝台に転がしておきました」
「しかし、精神操作系かぁ……。
厄介だなぁ」
「なにか対策はないものか」
「そっち方面の魔法に詳しい者に、あとで聞いてみよう。
運が良ければ、この酒場にも顔を出すと思うが……」
「予想していたよりもずっと優秀だったんで、助かったわ」
「紹介してくれたマスターに感謝だな」
「今日はもう、奢っちゃうからぁ、なんでも好きなだけ注文しちゃっていいわよぉ」
ぱらっ。
『ありがとう』
「ゴドラを応援した者の奢りだ!
遠慮なく飲み食いしよろ!
この店の値段だと、一晩貸し切ってもあまりある金子がこの兜の中にあるのだ!」
「「「「「「……おおっ!」」」」」
「まあ、スポンサーになった人たちも、金払った分取り返すつもりで、じゃんじゃん飲み食いしてけや」
「……はぁ」
「ちっきしょう……」
「……あん?
よもや……まだ、文句があるやつが、いるのではなかろうな?
いるのだったら……明日の朝一にでも、拙者がお相手つかまつるが……」
「……あー。
止めておいた方がいいぞ、お前ら。
おれと違ってリンナさん、こういうとき手加減しねーから……」
「「「「「……は、はいっ!」」」」」
「やー、マスター。
おひさしぶり」
「マスターよ。
この金子でこやつらに好きなものを飲み食いさせて欲しい」
「おうよ。
金さえ払ってもらえば、なんでも注文にしたがいますがね……。
だけどこりゃ、たとえ人数がいるにしても、一晩の払いにしては多すぎだ。
それに……だな。
こんな、何百人もいっぺんに連れてくるのなら、事前に連絡寄越せやぁ!
こっちにも準備ってものがあるんだよ!」
「まあ、まあ。マスター。
せっかく店がこんなに大きくなったんだから、たまには満席にしないともったいないじゃないか」
「大きなお世話だ!
時間帯によってはちゃんと席が埋まっているよ!
それに、こんなにいっぺんに来られても、こっちも注文をさばきれないんだよ!
シナクとリンナ!
いきなりこんな人数連れてきたお前らが、責任持って酒瓶とグラス、各テーブルに適当に配って歩け。
あとは手酌でやってもらって、料理も適当に作っておくからな。
別に注文があるようだたったら、あとで個別に受ける」
「はいはい。
その程度のお手伝いでよければ、よろこんで」
「仕方がないの」
「おお、魔法剣士。
よいところでいきあった。
実は相談があるのだが……」
「目下多忙につき、相談を受けるに当たっては肉体労働の提供と引き替えに受けつける」
「なにをすればよいのじゃ?」
「マスターが出した酒瓶とグラスを、各テーブルに適当に配れとよ」
「それくらい、おやすいご用じゃ。
ほれ、おぬしらも手伝わぬか」
「お、おれたちもですか?」
「元はといえば、おぬしらの相談事であろう」
「あ」
「それもそうか」
「第一、皇女様が働いて、おれたちが座ったまんまというのもなんだしな」
「酒が行き渡ったら、この煮込みもな。
大皿に盛っておいたから、小皿と一緒に持って行って、そっちで取り分けてくれ。
その後は、今、魚を焼いているから……」
「はいはい。
どんどん運びますよー」
さらさらさら。
『猟は、三人で前からやっていた』
『夜も』
『北方は、冬場は他に収入源になるものがない』
「ほうほう。
それでか」
さらさらさら。
『読み書きや武器の使い方は、院長先生に習った』
『院長先生が亡くなって、孤児院も閉鎖』
『小さい子たちの行き先を決めて、その後、途方に暮れていたときに、迷宮のことを知った』
『一か八かで、三人でこっちに来た』
『わたしたち、こんなんだから、他に雇ってくれるところがない』
「結構、シビアなはなしだな」
「迷宮にわざわざ働きにこようなんて子たちは、おおかたこんなもんでしょう。
宿舎の子たちのはなしを聞いても、似たりよたりだしぃ」
「……領主とかがなんとか出来ないんかな、こういうの」
「なぁにぃ。ハイネス。
王子様に感化されたぁ。
理想を口にするの簡単だけど、そのために必要な財源、どっから持ってくるのぉ」
「おれたちの実家は、こういってはなんだが、貴族とは名ばかりの貧乏所帯だからな」
「ま……おれだって、実家に仕送りしているけどな。
貴族ってのは、収入の多寡によらず、対面を保つための出費が恒常的にあるわけで……」
「うちらのような少領主だと、なおさら辛いな」
「ここのギルドくらいにお金儲けが得意にならなければ、この先もやっていけないわよねぇ」
「ここで、冒険者としての稼ぎで元手を作って、なんかしら金になる特産品でも作るより他ないよな」
「ここの報酬も、個人としてみれば大金だけど、領地経営とかに回したら、あっという間に消えてなくなる程度の額なわけだしぃ」
「ぼっち王先輩くらいに稼げれば、はなしは別なんだろうだけどな」
「このままモンスター討伐報酬が増え続ければ、誰でも今のぼっち王先輩程度は稼げるようになるのではないか?」
「そんときは、ぼっち王先輩は、その数倍くらいは軽く稼いでいるだろうよ」
「違いない」
「……そうか。
精神干渉系魔法を使うモンスターが、出たか……」
「そうじゃ。
攻撃魔法を使うモンスターは、段々と増えてきた印象があるが……」
「補助魔法とか使いこなすモンスターが増えたら、ますます対処に困ることになるの。
その報告は、ギルドへは」
「当然、報告済みじゃ。
魔法剣士よ。
呪術系魔法を得意とするおぬしならば、なんらかの対応策を知っているのではないかと思ってな」
「用件は、理解したが……帝国皇女よ。
その相談に応じることは、無理だ」
「それは、なにゆえ?」
「呪術や精神干渉系魔法に抗する術は、現状では発見されておらん。
魔力の動きそのものを抑制する方法は、いくつかあるのだが……それとて、どこまで効果があるか……。
その手の魔法を使うモンスターと遭遇したときの対策は、実際的なことをいえばたった一つだけということになるな。
魔法を使われる前に、そのモンスターを叩け。
使われたら、そこで終わりだと思った方がよい」
「やられる前に、やれ……か。
なんとまあ、単純にしてわらわ好みの対応策であることよ」
「以前にもまして……モンスターの早期発見と即応性が重要になってくるわけだな」
「それも、教本に追加するか。
理屈では理解できても、それを常に実行できる冒険者が、さて、どれほどいることか」
「こうなると、長距離攻撃が、肝要となってくるな。
ことによると、後衛の方法論を一から構築し直した方がいいかも知れん」