77.くろう、それぞれ。
「あと、ラクルとニクルは、ゆっくりとしゃべって口を見せてやれば、ある程度はこちらのいうことをわかるそうだ」
「くちびるが読めるのか?」
「それだけでも、朗報だな」
「三人の間では手話、それ以外の者との会話は基本的に筆談。
ラクルは、一応、しゃべれはするんだが……」
「おぉぎぃぎぐるしぃので、ひどぉまえではぁ、あまぃしだぐはぁあぢぃまぜん」
「と、いうことだ。
慣れれば、意味を取ることに不自由はしないのだろうが……あくまで、見よう見真似だからな。自分の声を聞くことができないと、正確な発声というのは学びづらいらしい。
オラスを除いた二人は、猛練習して術式を駆動させるキーワードの発声だけを修得しているから、冒険者としての活動するのに支障はないと思うが……」
「成績優秀、ですものねぇ。
ハイネスもマルサスも、異存はないわねぇ」
「ああ。別にかまわねーっしょ。
言葉が通じないリザードマンと組んだことだってあるし」
「二人の判断に任せる」
「ということで……。
あなた方がよかったら、装備を調えて、ここに再集合。
今日中に、一度迷宮に入って、試してみよう」
「……あー。
こくこく頷いたと思ったら、ぱーっと走っていった……。
三人とも、若いなー……」
「おれたちと二、三才しか違わないと思うが」
「その二、三才が大きいんだろ!
おれたちの年頃では!」
「しかしまあ、あっさりと決めたな。
今まで紹介してきたやつらは、即座に断ってきたもんだが……」
「あれくらい癖がある方が、面倒の見甲斐があるわよぉ、マスター。
それに、癖の強さならこっちだって負けず劣らずだしぃ」
「おっ。
来た来た」
「三人とも、なかなか様になっているではないか」
「とくに、オラスくんねぇ。
かなりの重装備だけど、途中でバテたりしない?」
『問題ない』
「お。
手帳」
「筆談というやつか」
『オラス、目と勘もいい。
誰よりも早く、モンスターを見つける』
ぱらっ。
『オラスになにか伝えたいことがあれば、こちらに顔を向けてしゃべってくれれば、通訳できる』
「よく使うフレーズは、あらかじめ書いてあるんだな」
「思ったよりも、コミュニケーションに不自由しなさそうだな」
「迷宮に入れば、指示飛ばすときくらいしかしゃべらないもんな」
「案ずるより生むが易しっていうしぃ、つべこべいう前に、さっさと迷宮に入ってみましょうぉ。
三人は、もう縮地の札、買ってるぅ?
買ってないようだった、これ、あげるからぁ。
使い方は……」
「この説明書を読むがいい」
「二人とも面倒見がいいな、おい」
「足並みが揃わないと、なにかと困るでしょうに。
ハイネスも、予備の札をあげなさいってぇ」
「はいはい。
これで頼りになる後輩がゲットできれるのなら、実に安いもんですよ。ええ」
「札は、両足にセットしたわねぇ。
具体的な使い方はぁ、現場でおぼえることにしてもらってぇ……では、いきますかぁ」
迷宮内、某所。
「……うぉぉぉぉっ!」
「どうした!
ガデス!」
「いきなり味方を襲うやつがあるかぁ!」
「聞こえてねー!」
「みんな……ガデスから、離れろ!」
「……抜かったわ……」
「ティリ様、なにか心当たりがおありで?」
「精神操作系の魔法……。
最近では魔法剣士も多用していたものだが、味方にやられるとここまで厄介なものとは……」
「ってことは……敵の物狂いの魔法かなにか、成功したってことですか?」
「おそらくは。
魔法を使うモンスターは、徐々に増えてきてはいたが……直接的な攻撃魔法ではなく、絡め手の精神操作系の魔法で攻めてくるとは思わなんだ」
「ガデス、うちらのパーティで一番力が強いもんな」
「攻撃があたれば、骨の一本や二本は軽く逝くな」
「で……どうします?」
「半日くらい放置しておけば、自然と元に戻ると思うが……」
「それを待つわけにもいきませんでしょう」
「やはり、同士討ち覚悟で取りさえますか?」
「いや。
わらわ一人で十分じゃ。
おぬしらは、やつを縛る用意でもしておけ」
「ティリ様が、お一人で?」
「なに。
動きは大振りで隙も大きいし、たやすいこと。
……見ているがよい!」
しゅん。しゅた。
どさ。
「……わっ」
「すげぇ」
「槍の石突きで水月突いて……」
「上体が折れ曲がったところで、後頭部に肘打ち」
「たった二撃で、ガデスを気死させた……」
「なにをしておる!
起きたら、また暴れる可能性がある!
さっさとこいつを身動きできぬようにせぬか!」
「「「「「……ああ。はい……」」」」」
「さて……。
こうなってしまっては、このパーティの今日の仕事も仕舞いだな。
そのガデスとやらを縛ったら、脱出札で帰るぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
「なんだかんだで、普段よりもずっと稼げたよな、今日は」
「報酬的にも、経験的にもな」
「大量発生後はモンスターが騒がしくなるってのは、本当だったな」
「監督役の制度も、正解だな。
冷静に見守ってくれる人がいるだけで、こちらも余裕が出て来る」
「ああ。
おれたちにとっても、学ぶべきことが多い一日だった」
迷宮内、臨時教練所。
「だからよぉ。
そんなまどろっこしい真似をいちちいしていくのは面倒くさいっていってるだろぉ!」
「面倒くさくても、やらないと危険だってぇの!
自分の命を守るためだぞ!
少しくらいの手間を惜しんでどうする!」
「おれの命だ! 好きにさせろやぁ!」
「パーティの他の面子を巻き込まなけりゃあな!
お前一人のことならいくらだって好きにさせるわぁ!」
「ああ、もう!
ヤメだヤメ!
もともと無理だとは思ってたけれどもよぉ!
やっぱ決定的に向いてねーよ、おれは!
教官ってやつにはようっ!」
「おれも同感だけどな!
ここまでつき合ったんだから、最後までつき合えやこら!
こんなわずかな手間を省いて、お前にどんだけのメリットがあるのかいってみろよ、おい!
それに納得ができれば、おれが間違っていました悪うございましたといくらでもはいつくばって頭を下げてやらぁ!」
「おし、いったな! ぼっち王!
他のみなも確かに聞いたな!
では、いいかよく聞けよ。
その手の虫系にはな、通常の毒物が効きにくいんだ。
よし正確にいうのなら、よく効く毒物とそうでない毒物があるんだわ!
それを一つ一つ現場でいちいち確認していけってのかぁ! ああん!
今、おれたちが後生大事に持ち歩いている毒物関係が、いったい何種類あると思っていやがる!」
「だからって、初手から特攻かますのも悪手だろう!
なにかっていうといきなり体張れば偉いとでも思ってるのか、貴様は!
そうなら、もはや知性ある人間のやり方ではないな。
そんなものは、獣だ動物だぁ! おらぁ!
目があった縄張りをおかしたといっては始終吠えまくって相手構わず噛みついてまわる狂犬とどこが違うよ!」
「獣で結構、動物で結構!
なんで冒険者がいちいちモンスターの研究なぞせにゃならん。
ただでさえ新手のモンスターが次から次へと出て来ているんだ。
欠点だのなんだのをおぼえる前に、一体でも多くのモンスターをいてこましてなんぼってもんだろうがよぉ!
冒険者ってやつはよぉ!」
「これだから、短足単細胞野郎は!
はぁー。
その、相手を見つけたら即攻撃のパターンで、さて、どれほどの実績を積み上げてきたことでしょうねー。
そこまで自信ありげに断言するんなら、さぞかし立派な成績を収めてきたことでしょう。
それこそ、おれなんかの数倍も……」
「成績とか実績のことは口に出すなよゴラァ!
お前……ぼっち王! お前がそれいうと、洒落にならんぞ!」
「あー。自分の都合が悪くなると、恥ずかしげもなく泣きをいれますかねー。今さらなにをいいますかねー、このおやじはー。
実績で語るのが、冒険者ってもんだろうが、おらぁ!」