70.みなれぬ、てき。
迷宮内、臨時修練所。
「……結局、機銃の術式は後に回すか?」
「ええ。
一度迷宮に入って、その後でもいいでしょう。
とりあえずは、やつらの普段の対応を見ておきたいし……」
「縮地の術式は、効率よく全員にモンスターとの遭遇戦をやらせるのに必要だが、機銃の術式は……」
「かえって、邪魔になりますね。
あれを使っていいことになると、普段の戦い方がわからない。
それに、縮地の術式だけでも、これだけ混乱しているっていうのに……この上、機銃の術式まで与えたりしたら……」
「さらに輪をかけて、手がつけられなくなる……か」
「ええ。
今は、かなり距離をおいて試していますが……ついさっきまでは、しょっちゅう人や壁に衝突とかしていた。
迷宮に入る前に怪我人が出るんじゃないかって、ひやひやしましたよ」
「仮に怪我人が出たとしても、それこそ、自己責任というものだがの。
しかし……みな、意外と注意書きを読まずに使いはじめるものだな」
「考えてみると、おれたちの場合、リンナさんなりルリーカなりに一通り解説されてから新アイテムを使うことが多いですしね」
「注意書きなどは、一通り呼んで理解してから使いはじめた方が、結局は早く慣れるのであるがな」
「面倒くさいのと、それに、体でおぼえる方が早いと思うやつが多いんでしょう」
迷宮入り口付近。
「ミルズたちのパーティとは、おぬしらのことか?」
「あ、はい。
では、あなたが……」
「ふむ。
ギルドの要請によりおぬしらを監督することとなった、シュフェルリティリウス・シャルファフィアナともうす。
気軽に、ティリと呼ぶがよい」
「……はい?」
「おい!」
「これって……」
「噂の、皇女様じゃあ……」
「確かにわらわは皇女ではあるが、今は一冒険者としてここにおる。立場でいえばおぬしらと等しい。
ゆえに、そのように身構えずともよいぞ」
「そ、いわれても……なあ」
「恐れ多いというか……」
「どう接していいのかわからない、っつうか……」
「そういう人がギルドに登録しているってことは、聞いていても、なあ……」
「まさか、こういう形で顔を合わせるとは思わないし……」
「細かいことをいつまでもぐずぐず述べ立てておるではない。
準備が整っておるのだったら、さっさと迷宮に入らぬか。
わらわはあくまでいざというときの控えと考え、まずはいつもの通り、おぬしらだけで迷宮で過ごしてみせよ」
「あ、はい。
準備は、もう出来て……おります」
「で、では……いくか?」
「あ、ああ」
「いいか。
これまでの例を鑑みるに、大量発生直後は、モンスターが強化されている。
気を引き締めて、どのような事態にも動じずに、冷静に対処せよ」
「「「「「「……は、はい」」」」」」
迷宮内、臨時修練所。
「……はーい。
そろそろ、迷宮に入りましょうかね。
みなさん、ちゃんと自分のパーティと合流できてますか? 準備は、整っていますね?
それでは、こちらのに一番から十番までのパーティ、そちらに十一番から二十番までのパーティを順番に整列させてください。
今、事務員さんたちが順番にみなさんの名前を確認していきます。
それが済んだら、このまま二手の分かれて迷宮に入ります。
研修時に経験した方も多いかと思いますが、一度モンスターと遭遇して戦闘を経験した方は、列の一番後ろに下がって貰います」
迷宮内、某所。
「胡蝶があそこに集中して舞っているということは……」
「あそこにいるんだろうな、モンスター」
「見えないモンスター……いや、視認しにくいモンスターか。
これだけ薄暗いし、まだ、距離もあるし……」
「瓜坊、使ってみるか?」
「それしかなかろう」
「「「「「式紙瓜坊、行けぇ!」」」」」
どどーん!
「……やったか?」
「これだけ派手にぶっ飛ばせば、流石に……」
「なにかが焼け焦げている匂いはしているな」
「あと、細い煙も、あちこちから……」
「煙が晴れたら、慎重に前進してみよう」
「ああ。
皇女様の御前だ。
醜態は晒せないぞ」
「慎重に、慎重に」
ざっ、ざっ、ざっ……
「……こりゃあ……」
「細かい肉片が……」
「おい!
動いてないか! これ?」
「こいつ……爆破されても、まだ生きてる!」
「叩き潰せ! 踏み潰せ!」
「それでも駄目なら……焼け!
ランタン用の油がある!」
「透明な肉片、か……気づかずにいたら、そのまま為すすべもなく飲み込まれていたのだろうな」
「ああ。
元の大きさはどうだったのか知らないが、ここまで細かくなれば、対応できないこともない」
「細かくなればなったで、面倒ではあるがな」
「とにかく! さっさと片づけろ!
こいつら! 放っておくと再度集まって、大きな塊になろうとするらしい!」
「念入りに踏み潰すと、流石に動かなくなったぞ」
「大きくなると、どんな攻撃をしてくるのか予想がつかないからな。
小さいうちに、ひとつひとつ始末をつけていけ!」
「……うわぁ!」
「どうした?」
「集合して、少し大きくなったやつが……跳ねた!」
「不定形で、透明で、動く肉片、か。
やっかいといえば、やっかいな」
「今は、焼け焦げたあとがあるから、まだしも視認しやすがな。
今のうちに、さっさと始末をつけないと……ある程度の大きさになったら……」
「やばいな」
「いいから、手足を動かせ!
こいつら、一定以上の大きさになると、こっちに飛びかかって張りついてくるぞ!」
「直接触れるなよ!
今、ピリピリした!
酸だか塩基だか知らないが、こいつらの表面は、こちらを溶かす成分で出来ているらしい」
「そういえば、靴底から、焦げ臭い匂いが……」
「手足が駄目なら、武器だ!
使い慣れた道具で摺り潰せ!
攻撃範囲拡張の術式を駆動すれば、焦げもしない!」
「おお、それだ。
それでいこう」
「……さても、大量発生直後の迷宮は、やはり侮れぬものじゃな。
予想だにしないモンスターが出て来るものじゃ」
迷宮内、某所。
「それでは打ち合わせ通り、グダイとガイム、それにヒラズが前衛でお願い」
「ん」
「おう」
「任せろ」
「警戒用の術式は、すでに駆動させているから、それを目印にして。
この術式に引っかからないモンスターが出て来ることもあり得るから、常に自分の目で確認をすること」
「なに?
そんな前例、あるのか?」
「前例はないけど、迷宮ではなにが起こるかは事前に予測出来ない。
術式ばかりを頼りにせず、自分の五感で警戒することを怠らない。
少しでも異常を感じたら、即座に口に出して周囲に伝える。
わかった?」
「わかった」
「あ、ああ。
了解した」
「やはり、カラスが頭で、正解だな」
「では……さっさと、前に進んでください」
ざっ、ざっ、ざっ……
「今の会話も、取れてる?」
「間に合った分は。
ただ、口述筆記に慣れているわけではないので……」
「速記とかが出来ないと、会話すべてを書き取るのは無理だよな。
要点だけでも構わない。
細かい会話の内容より、誰がどういう態度をとったのかということのが重要だから。
多少、細部のぬけ落ちがあったとしても、ここでは気にしなくていい」
「はい」
「……ん?
おい!
なんだ、ありゃあ!」
「天井に……張りついているのか?」
「ファルス、弓を!」
「はいよ」
ひゅん。
「……命中。
弓は、刺さるようだ」
「だが……効果もあまりなさそうだな。
身じろぎもせず、平然としていやがる」
「ファルスは弓で援護。
他の人たちは、攻撃範囲拡張の術式で対応。
近寄って、本格的に攻勢を開始!」