68.おじょうさま、きえる。
「……なに、これ?
本気?」
「そう思うでしょ?
でも、冗談でもなんでもなくって、本気のクエスト依頼だって。
あの、塔の魔女さん直々に。
設定された成功報酬の額も額だから、ギルドも粗略には扱えなくって……」
「それで、指名手配のポスターがこっちにも回ってきた、ってわけか……。
ポーズだけでも、しっかりしておかないとね」
「通常の手配だけでなく、ポスター貼りのお仕事も手配しなくては……」
「……あっ!
猫っていえば、あんなところに!
まさか、あれがこれ、ってことはないよね?」
「ははは。
まさかぁ……とはいえ、うまく捕まえられたら、プラチナのインゴット十本分だし……。
一応、いってこようかな……」
「……あれがこれ、だったら、一生とはいわないけど、十年や二十年は余裕で遊んで暮らせるしね」
「……ちょっと、いってきます……。
あっ」
「……あれ?
もう、捕まえようとしている人が……クエスト依頼、一般にはまだ公開されていないのに……」
「あの子の、飼い猫かな?
それにしては……ずいぶんと汚れているし、みすぼらしいけど……」
「汚れているのかな?
毛皮が真っ黒なんで、ここからだとよくわからないや?」
「真っ黒? 嘘。
あの猫、黄色っぽい毛皮に、所々斑点がついているけど……」
「……」
「「……あれは、これだぁ!」」
「……お騒がせして申し訳ありません。
これより冒険者の方向けの、新型術式のお披露目をこの場にてさせていただきます。
剣や槍、弓などを具現化する術式はこれまでにも販売しさせていただきましたが、これなる新型術式は内部機構の精密さ、その威力などといった面において、従来の術式とは一線を画しております。
論より証拠、これより発案者であらせられるわが王国の第一位王位継承者、ルテリャスリ王子様に、実際に使用していただきましょう……」
「……そぉーっと、そぉーっと……。
はい。
いい子、いい子……ようやく、捕まえることが出来ました。
この子は……おそらく、こちらに来てから何度か見かけたあの子だと思うのですが……。
さて?
なんでわたくしは、そんなことに確信を持てるのでしょうか?
それに、なんでこの子を捕まえて、こうして抱き上げようとしたのでしょうか?
今まで、そうすることが当たり前のように感じていましたが、よくよく考えてみると、この子を抱き上げても、その後、どうするのか……妙案は、まるで、思いつきませんね。
なによりわたくしは、これからお父様と一緒に帝都に行かなくてはならない身ですし……」
「……機銃、具現化!」
「「「「「……おお!」」」」」
「ふふふ。
外から来た者にとっては、この程度の術式も感嘆の種になるのか。
だが、本当に驚くのはこれからよ。
あれなる的に向けて……」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ……。
「……きゃっ!」
しゅん。
「「……消えた!」」
「ミルレイ!
どこにいった、ミルレイ!」
迷宮内、臨時修練所。
「……ということで、ギルドからの指示により、おれがみなさんへの指導役を担当することになりました。こちらにいるリンナさんともども、新人研修の経験がある冒険者ということでの人選だと思います。
こちらが一方的に教えるという事ではなく、みなさんの経験から出た有意の知恵を結晶して次代の人たちに手渡すことの手助けが出来ればいいと、そのように思っています。
そこで、早速ではありますが、今回している箱の中から、紙切れを一つづつ取ってくください。
その紙切れには、数字が書かれているはずです。同じ数字が書かれている人たち同士で集まってくださいね。
これより、おれとリンナさん、それに何名かの書記を伴って、二手に分かれて迷宮に入って貰います。
今の紙切れに書かれた数字は、この場限りのパーティ編成を示したものになります。
籤引きで決まった組み合わせですから、文句は受けつけません。
同じ数字を引いた人同士で隊列の組み方や戦い方など、詳しい打ち合わせを行ってください。
繰り返します。
これより、同じ数字を引いた人同士でパーティを組んで、迷宮に入って貰います。そのための準備を、手早くすませてください。
あ。
縮地の札、間に合いました?
これ……ただで配っちゃて、いいんですか?
はい、わかりました。
ええ、みなさん、準備をしながら、ちょっと注目してください。
たった今、新型の術式札が到着しました。ギルドの計らいで、お披露目もかねて、今回のみ、無料で配布してくださるそうです。
これは二枚一組で使用しますので、二枚づつ取って、近くの人に回してください。
使い方についての詳しい説明は、これより行います……」
迷宮入り口付近。
「ミルレイが!
ついさっきまで、ここにいたのに……わしが見ている前で、ぱっと消えたんだっ!」
「……本当です。
わたしたちも……ここにいた猫が、この依頼の猫ではないかとはなしていたところで……」
「ちょうどそこに、こちらのお嬢さんが、すっと猫に近寄っていって、ごく自然な動作で、猫を抱き上げて……」
「……そのときに、あそこで新型術式のお披露目がはじまって、凄い音が響いたかと思うと、すっと抱いていた猫ごと、お嬢さんの姿が消えたんです。
目を離した隙にどこかへ去った、ということではなく、見ている前で、一瞬でぱっと、姿がなくなったんです」
「この依頼書にもあるとおり……あの猫には、そういう性質があるようで……お嬢様も、抱いていた猫に引きずられてどこかに移動した、とみるべきなのでしょうが……」
「ええと、こちらの……ギニオスさん、でしたか? お嬢さんを心配なさるお気持ちは痛いほどわかりますが、もう少し、落ち着いてくださいね。
今、ギルドに勤務している人……ではないですけど、魔法の専門知識を持っているものにいって、絶大な能力を持つ魔法使いに連絡を取っているところです」
しゅん。
「……あの猫のゆくえがわかったのか?」
「あ、塔の魔女さん、ちょうどいいとこに。
実は、その猫を抱いたまま、こちらのギニオス氏のお嬢様も一緒に、消えてしまったところで……」
「……なるほど。
そういう、はじまり方なのか……」
「はじまり方?
魔女さん、なにか、心当たりでも?」
「ないことも、ないのだが……この場で断言できるほどの、確固たる根拠は持たないのでな。
憶測混じりになってしまうから、この場で口にするのは止めておこう。
ただ、ギニオスといったか。
その男の娘は、無事といえば無事だろうよ。
無事、という語の定義の問題になるのだが、少なくとも命を脅かされているわけはない。
いろいろと振り回されているようだが、息災ではあろうよ。そうであるはずだ。
あの猫は、生命というよりは現象、ゆえに、不滅に近い存在なのだからな」
「ええっと、魔女さん。
なにがなんだか、ちっともわからないのですが……」
「このわたしだって、この案件については、わかっていることよりもわかっていないことの方が多い。
ただ、あの小娘なら、適切なときと場所を選んで、ひょっっこり帰ってくるだろう……と、そんなことは、予感している。
保証は出来かねるので、予感、という言葉をあえて使っているのだが……個人的には、あの小娘の無事を確信しているといってもいい」