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64.しょうにんたち。

 迷宮内、最高級宿屋、黒樫亭。

「……冒険者、かぁ……。

 世の中には、こんな生き方をしている人たちも、いたのですねぇ。

 しかし、実録とかうたっていますけど、これに書いてあること、どこまでが本当なんでしょう?

 ドラゴンとかグリフォンとか……常識で考えると、いくら迷宮内の出来事といっても、たった一人の人が、ここまでレアなモンスターと遭遇出来るとは思えないのですが……この本、ここのギルドの肝いりで発売されているようですからね。

 普通に考えると、そんなにわかりやすい嘘を、わざわざ書いて出版することはないと思うのですが……。

 でも、ここに書かれていることがすべて本当の事だとすると……うーん……。

 世の中には、凄い人もいるものなのですねえ。

 背丈なんかは、わたくしとあまり変わらないような小柄な方だそうですが……」

「ミルレイ。

 そろそろ時間だ。

 支度をしておきなさい」

「あ、はい。

 お父様。

 今いきます……」


 迷宮内、最高級レストラン、個室内。

「……とにかく、ここのギルドは抜け目がないな。

 帝国にもうまくとりいって、歩調を合わせているようだし……」

「もっと正直に、つけいる隙がないといったらどうかね?

 確かに、迷宮発の、ことに工業製品は魅力が大きい。

 だが……」

「このギルドが直に注文を取って、転移魔法でお望みの場所に完成品を転送してくる。

 転売しようにも、われら商人のつけいる隙はないな」

「ここの製品は高価で取り引きできるから、扱えればうまみがるのだが……」

「そのかわり、食料などの消耗品は、いくらでも買ってくれるぞ。

 ことに穀物や野菜などの食料は、今、不足気味であるらしい。いくらでも買い取ってくれるといっていたが」

「こちらに搬入する荷については、まだしも有望だな。

 いくつかの製紙工場が、ここのギルドと直取引をする契約を取りつけて、何倍もの規模になったとか聞いている」

「そのかわり、足代のことも考慮せねばならないからな。

 あまり長い距離を運ぶことになると、こちらとしても利幅がそれだけ減るわけであるし……」

「運ぶといえば、近頃増えてきた規格馬車のはなしは聞いているか?」

「荒れ地にも強い板バネを備えているとかいう、あれか?」

「ああ、そうだ。

 なんでも……大きな港には、あの馬車専用の埠頭まで押さえはじめているとか。

 船の大きさに合わせて勾配を変えることが出来る搬入用の坂道まで用意して、馬車の荷台だけをすっぽりと短時間で船に出し入れするそうだ」

「なんと」

「そんな大がかりなことをして……いったい、なんの得が……」

「荷捌きの時間を短縮する、ということであったな。

 実際、そこの専用埠頭では、あっという間に荷の出し入れが終わる。船が出入りする時間の方が、よほどかかっている。

 一日あたりになおして考えれば、扱える荷物の量は、余所とは格段に差が出てくる」

「……ふむ。

 時間の短縮……効率、というやつか?」

「短時間に大量の荷を裁けるとなると、それだけで有利ではあるな。

 そうした馬車や船や埠頭を使って、新たな輸送網を構築しつつあるようだ」

「それも、まさか……」

「ああ。

 どうも、ここのギルドの差配らしいな。

 その輸送網に便乗しようとする行商人が、後を絶たないらしい」

「自分で運べるだけの荷を扱うだけなら、売り上げ的にみてもたかが知れているからな。

 荷を買いつけて、売り契約を結んで、後は他人に荷だけを運んでもらう……といったことができれば、駆け出しの行商人にとっては、大きく機会も広がろう」

「輸送だけを専門に扱う商会、か……。

 その可能性は、考えたことがなかったな」

「荷台だけを貸して、その荷台になにを積むのかはお客にまかせる。

 約束した刻限に荷台を取りにいって、あとは目的地まで一直線。

 荷台への積み卸し作業は頼んだ側の負担になるが……相場よりは格安で運んでくれるそうだ。

 急ぐようなら、途中でどんどん馬だけを取り替えればよい。替えの荷馬など、どこででも調達が出来る」

「われらの商会とはあまり縁がない小商いとはいえ……なかなかに、考えたものだな」

「おぬしら、点滴、という言葉を知っておるか?」

「なんだ、それは?」

「管につながった針を体に直接刺して、水分や栄養素を直接送りつけることをそういうのだそうだ」

「ずいぶんと痛そうなはなしだな、それは」

「栄養素、か。

 余りあるわれらには、あまり縁がなさそうだ」

「むしろ、取り除いていただきたいくらいで……」

「まったくだ」

「いや、それはともかく。

 その点滴、というやつでな。

 流行病の死者を、ある程度抑えることが出来るというはなしなのだ」

「……なんと!」

「まことか、それは!」

「流行病が頻発している南方へな。

 針と管、管に繋ぐ貯水筒などを……大量に送りはじめているそうだ。

 帝国大学医学部の主導でな」

「ここからか?」

「血管に刺せるほどの細かい管など、他のどこで作れる?

 これで、効果ありとなれば……」

「また、迷宮が儲けることになるな」

「迷宮ではなく、ギルドが、だ」

「懐中時計といい、点滴といい……別の場所では真似できない商品を次々と考案しては売りつけてまわるから……」

「それも、今では国外にまで……いいや、大陸のほぼ全土に、売りつけてまわるっておる」

「それも、魔法で直送するから仲介を必要とせぬ」

「大型の機械も、徐々に売りはじめているしな」

「機織機の噂は聞いたか?」

「蒸気の力で動くとかいう、あれか?

 あの噂が本当ならば……繊維産業は、軒並み打撃を受けることになるな」

「なんでも、地域格差をなるべく生まないように、機械が大量に出来てから、一斉に放出するそうだが……」

「……あんなものが、一斉に稼働して見ろ。

 失業者が大量に発生するぞ」

「だからこそ、大量の機械を一斉に放出するのだろう。

 どこかが、格安の布を大量に作りはじめれば、どうしたって値崩れは起こる。

 だが、多くの場所で同時にそれが起これば、少なくともどこか一カ所だけが一人勝ちをすることはなくなる」

「ふん。

 機織りに携わっていた大量の人間にとっては、仕事を奪われることになるわけだがな」

「別の仕事を探すしかないさ。

 いやだといっても、いずれ、変化は避けられないのだ」

「今の時点では、真似することも対抗することも出来ぬ。

 と、なれば……」

「うまく取り入って金を毟ろうと試みるより他に、取れる手だてはなかろうよ」

「ミルレイ、どうした?

 さっきから、黙り込んで……」

「いや、若いお嬢さんにとっては、退屈な話題が長くなりすぎましたな」

「いえ、お父様、おじさま。

 そういうことではなく、ですね。

 そこの子、どこから入り込んだのかなーって、考えていたのですけど……」

「……え?

 なに? こんなところに……」

「なぜ、黒猫が!」

「黒猫?

 わしには、まるまると太った縞模様にみえるぞ」

「灰色の、子猫ではない?」

「い、いや……それよりも、まずは、この猫をどうにかするのが先決であろう!

 店員だ!

 店員を呼べ!」

「……あっ」

「「「……消えた……」」」

「……ま、まあみなさん。

 ここは迷宮で、迷宮というのは不思議なことも、いろいろと起きるそうですから……」

「あ……ああ、そうだな。

 ここは、迷宮の中であった」

「余所とは、違うのだな」

「迷宮だからな」

「迷宮なら、しかたがない」

「あの子……わたくしのいく先々に、現れているような……」

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