58.きゅうかのおわり。
「どこでまで噂が流れているんだか、どんどん流れ込んでくるからね、若い……幼い子たち」
「ここまでくれば、とりあえずご飯と宿には困らなくなるからね」
「うまく使えるところまで育てられれば、ギルドにとっても恩恵があるんだろうけど……」
「そこまで育てられなかったら、ただ飯ぐらいが増える一方だからね。
仕事を斡旋するギルドの側も、必死だよ」
「今のところ、迷宮の終わりが見えてないから果てしなく人手を必要としている状況だけど……いつか、終わりが来るのかな?」
「どうなんだろ?
いつかは、終わりが来るんだろうけど……みんな、何年も先のことだろうっていっているし……しばらくは、この調子なんじゃないかな?」
「迷宮が攻略されちゃったら……モンスターも、中の設備も空間も、無尽蔵の魔力も……すべて使えなくなっちゃうってことなんだよね?」
「そのときはうちのギルドも、おしまいだね」
「別に破産するわけではないから、おしまいはいいすぎなんだろうけど……それでも、業務内容も今の何十分の一、何百分の一になっちゃうんだろうね」
「つまり……どこにでもあるような、寂れた冒険者ギルドになっちゃうわけか……」
「迷宮が出てくるまでは、うちのギルドもそんなもんだったんでしょ。もともと」
「……ああ。
魔王軍って……それを、終わりを恐れて、際限なくいくつもの世界の迷宮を攻略していっちゃったんだ……」
「そう思うと、なんだか……」
「うん。
やるせないね」
「考えてみると……迷宮って、うまく攻略している間はバブリーに景気がよくなるけど、その後、うまく着地できないと、かえって害になるような気も、しないでない」
「わたしら冒険者も、あらかじめ目標金額を設定して、そこまで賞金がたまったら足を洗って別の土地でやり直す、っていうのが、一番利口なやり口かも知れないわけだし」
「それが一番だよね。
いつまでも続けられる仕事ではないし、便利なアイテムが使い放題の迷宮以外の場所で、非力なわたしたちが冒険者としてうまくやっていけるとも思わないし」
「男の人だと、またはなしも違ってくるんでしょうけどね」
「うん。
ここの報酬なら、少し貯めれば外では一財産なわけだし、持参金にするにしろ、それを元手になにか商売をはじめるにしろ、足りないってことはないからね」
「どのみち、冒険者のなり手は続々と来ているわけだし」
「引き際を見極めるのが肝心、か……」
剣聖所有山荘内。
「そうか。
もう帰るか」
「ええ。
珍しい人たちのおはなしもたくさん聞かせていただけて、もう十分休養できましたから」
「休暇も、今日までしか取っていませんので」
「そういうのなら、引き留めはしまい。
帰ってからも、息災でな」
「はい。
剣聖様も、他の皆様もお元気で」
「ご招待、ありがとうございました」
「それでは……」
「……失礼いたします」
しゅん。
「……最初の退場者は、パスリリ姉弟、か」
「……そんなに長い間、追いかけ続けたんですか?」
「ああ。
それはもう、苦労の連続だった。
あれはな、存在自体が不確定な代物であるから、足取りを追うのも困難を極める。
加えて、複数の世界のまたいで移動するは、過去や未来への移動も平然とこなすは、気まぐれだはで……実に小憎らしいほどに追跡がしにくい生物であった。
あのような生物は、実に珍しい」
「……こういう風に聞くとさぞかし苦労したんだろうとか思わないでもないけど、実際には時間も空間も飛び越えてこの大女が目を血走らせて猫一匹を追い回しているわけで、現場の様子を思い浮かべると結構笑えるよな。
目撃者がいたら、新手のモンスターかなにかだと思うぞ、絶対」
「ああ、そうそう。
目撃されたことも、再三あったな。
どうやら、幽霊だか怪異だかだと思われたらしい。
一部の時空では都市伝説扱いになっていた」
「……現れたり消えたりする猫と浴衣姿の女。
順当な解釈なんじゃね?」
「客観的にみてみれば……そういうことに、なるな。
それから、追跡中にあの猫の巡回パターンを解析してみたのだが……」
「なにか、特徴的な傾向がありましたか?」
「……迷宮を中心とした周辺地域をさまよっていることは確かなのだが……。
どうも……なにかを、探しているようだな。
それが、人か物かははっきりしないのだが……。
一度目星をつけた場所と時間には、集中して繰り返し、訪れている。
ただ……なにしろ、猫がやることだからなあ。
確たる動機などなく、単なる気まぐれである可能性も、多々あるわけだが……」
「そこまで行動パターンがわかっていても、結局捕まえることが出来なかったのか?」
「ふむ。
こちらが近づくと、敏感にその気配を感じ取って、するりと逃げおうせるからな、あれは。
いやはや。
やはりわたしは、肉体労働にはつくづく向いていないものだと実感したよ」
「逆に、四百年近くやらなければその結論に達せなかったことに驚いたよ、おれは」
「そうだな……。
抱き枕、お前さん、あの猫を捕まえてみないか? 報酬は、十分にはずんでやるから……」
「おいおい。
おれは、あんたみたいな事実上不老不死に近い怪物ではないんだ。何百年単位の追いかけっこをやり続けられるだけの根性と肉体は持ち合わせてねーよ」
「……そこがネックなら、なんだったら改造手術を施してもいいのだが……」
「いったいどこのどいつが、猫を捕まえるために改造人間に志願するんだよ!
土下座して頼まれたってお断りだ!」
「……しかたがないな。
それでは……ギルドに、成功報酬のクエスト依頼でも出しておくか」
「……いたりいなかったりする猫の捕獲依頼、か……。
依頼を出すのは勝手だが……ギルドも冒険者も、本気にするやつは少ないだろうなあ……」
「自分でやって駄目だったのだから、別の誰かを当てにするより他ないだろう」
「シナク、なんだかんだいって、あの魔女と仲がいい」
「そぉかぁ?」
「そうじゃそうじゃ。
なんというか、会話をするときに遠慮というものが感じられぬ」
「いや、ティリ様とはなすときに遠慮しなかったら、むしろそっちの方がやばいでしょう。身分的にいって」
「と、いうことで、このあとは拙者らとつき合え」
「ちょ、リンナさん、そんな腕を引っ張らなくても別について行きますから……」
「……相変わらず、モテモテねぇ。ぼっち王先輩」
「あんだけいい寄られて誰とも一線を越えていないというのがすごいよな」
「鋼の自制心だ」
「ねえねえ、きみたち!
これから釣りにいくんだけど、今日これから時間があったら、一緒にいかないかい!」
「またいくんですか?
昨日も確か、半日くらいっていたと思うのですけど……」
「ええ。
今度は、おみやげの分です」
「おみやげ?」
「羊蹄亭のマスターへの、ね。
昨日の調子だとまだまだ釣れそうですから、まとまった数を釣ってこちらのコニスちゃんの鞄に収納すれば……」
「新鮮なまま、保存できるんだね!」
「ははぁ、なるほど……」
『魚か? 魚は、いい。
おれも、いく』
「おお。
ゼグスくんが、やる気になっている!」
「では、みんなでいきますかぁ。
他にやることもないしぃ、のんびりとぉ……」
「……どうせ帰っても仕事にならないからか、冒険者たちは、もう少しのんびりしていくようだな。
たまの休暇だ。
せいぜい、ゆっくりしていけばいいのさ。
どうせ……あと少しすれば、今までとは微妙に異なる種類の仕事が、山ほど待っているのだ」