54.はこいりむすめ、とまどう。
迷宮内、高級宿場町。
しゅん。
「なんと。
ここも……迷宮内なのか?」
「ええ。
このように、小さな町ならすっぽり入るような空間が迷宮内にはいくつもありますので、そこに建物を建てて利用しております。
こちらは、比較的グレードの高い宿屋や飲食店が並んでいる区画になります」
「昼のように明るく、清潔で……帝都よりも、煌びやかで……。
迷宮とは、とてもいいところなのですね」
「ギルドが手間暇をかけてそのように造営した結果ですよ。
ここでは魔力が湯水のように使えますので、照明や熱源に不自由することもございません。
この区画の宿屋には、すべての個室に、蛇口をひねれば適温のお湯が出てくる浴室がしつらえてあります」
「なんと贅沢な!」
「あとは、部屋の広さとか室内の調度とか、宿屋の従業員の質によって、若干の差は出てきますが……この区画のどこの宿屋をお選びなっても、後悔することにはならないでしょう」
「それは……たとえば、ここで最低の宿屋を選んでも、ということかね?」
「ええ。
この区画にある宿屋は、外の宿屋と比較したらかなりグレードが高いようです。
ぼく自身はとうてい、そのような宿屋のお世話になれる身分ではありませんが、こちらにお泊まりになったみなさまは例外なくご満足なさっています」
「それでは……ここで一番、最上級の宿屋に案内してくれたまえ」
「かしこまりました。
それでは、こちらへどうぞ」
剣聖所有山荘内。
「……それじゃあ、カスクレイド卿とパスリリ姉弟は、面識があったのか?」
「おれは、王宮に引きこもっていた王子とは違って、勝手気ままに出歩いていたからな。
王都のたいがいの有名人とは、顔見知りだ」
「地元では顔が広い、ってやつか」
「それ以前に、大貴族もいいところなんですけどね、カスクレイド卿って」
「ぼっち王先輩はぁ、身分とかそういうことには頓着なさらないでしょうよぅ、ハイネス」
「流れ者の冒険者なんでな。
確かに、王族とか貴族とかいっても、おれなんかはいまだにピンとこないわけだけど。
王都にも、いったことないしな。別に、いきたいとも思わんけど」
「おれたち小貴族は、領地と王都をいったり来たりですね。一年とか二年くらいのスパンで。とりあえず王都に出ていれば、他の貴族とも顔つなぎが出来ますので」
「貴族は貴族で、いろいろ面倒そうだよな」
「そりゃあ、もう。
しきたりや作法は無意味に細かいし、とりあえず偉そうなやつらには頭を下げておかなければならないし、国に納める税金は高いし領地の収益はそんなに高くはないしで……」
「ハイネス!
みっとないから、愚痴はおやめなさいなぁ」
「おっと、すいません。
とにかく、たとえ爵位や領地を持っていたとしても、ことに昨今では暮らし向きが楽であると限りませんやね。
おれたちみたいな小領主よりもどこぞの商会の主の方が、よっぽど贅沢な暮らしをしていますわ。
ま、あっちはあっちで、相応の苦労ってもんがあるんでしょうがね」
「あははははは!
あるある!
商人にもね、苦労はいっぱいあるよ!
商品を安定供給させたり、販路を確保したり、同業者同士の競争とかね!」
「大貴族、小貴族、王子、皇女、魔法使い、魔法剣士、魔法兵、それに、元魔王軍兵士が雁首並べて酒飲み交わしているんだから、かなり変則的な空間だよな、ここ」
「と、いうより、前歴問わずの冒険者という存在そのものが、変則のかたまりみたいなものでしょう」
「そうではあるんだが……同じ冒険者同士といっても、顔見知りになれる範囲ってのは意外に狭いじゃないか。
事実、剣聖様に招待されなかったら、こっちの三人組とかともこうして顔を合わす機会は、まずなかったわけだし……」
「案外、横のつながりは薄かったりしますからね」
「事務方が業務多忙で探索作業が休止中ってのもあるけど……案外、剣聖様が、意図して作ってくれたのかもな。
この場も」
迷宮内、ギルド総括所。
「新規管制要員、何名まで決定しましたか?」
「ええっと……現在、三十二名です。
明日、面接の予約が入っているのが、二十六名!」
「……まだまだ、足りないようですね」
「募集はかけているのですが、なかなか……。
希望者が来ても、微妙に適性に欠けていたりしますし……」
「こうなれば……少学舎に連絡して、読み書きと簡単な算術が出来る方を紹介してくれるよう、連絡してください!」
「少学舎ですと……多少、いいえ、場合によっては、かなり年齢が若く、幼くなってしまう場合もありますが……」
「冒険者にも年齢制限がないように、ギルド事務員にも年齢制限はありません。
年齢よりも、仕事を十全にこなせる能力があるかどうかが、一番大事な基準です。
それよりなにより、背に腹は変えられません。
数日中に、一万人以上、冒険者が増加するんですよ! 業務をこなせるようになるまで教育する期間を考慮すると、もう時間がありません! 考えられる伝手はすべてあたってください!」
迷宮内、最高級宿屋、黒樫亭。
「……こちらのお部屋ですと、同じフロアに使用人や護衛の方向けの控え室がご用意できますが……」
「ふむ。
なかなか、いい部屋ではないか。
窓からの展望以外は、帝都の一流所と比べても遜色ないくらいだ」
「なにぶん、迷宮内の立地になりますですので、展望についてはご容赦のほどを」
「冗談だ。
この部屋にしてもらおう。
支払いは、小切手でもいいかね?」
「はい。小切手も、承っております。
それから、グロウェル商会のブルフス様から旦那様が到着したら連絡するようにと承っております。
旦那様のご到着をブルフス様にお告げしてもよろしいでしょうか?」
「なに?
ここでは、そんな伝言までしているのか!」
「こちらの宿場町に案内されますのは一定上の格式にふさわしい方ばかりになりますので、保安上の関係もありまして、宿同士の連絡は密になっております。
旦那様も、どなたかとのお待ち合わせを予定されているようでしたら、その方のお名前をいただければ、その方の所にしかるべく伝言を届けさせていただきますが……」
「そ、そうか。
それはまた、明日以降のことにしよう。今夜は、まず長旅の疲れを癒したいからな。
まずは、ブルクスにこちらの到着を告げてくれたまえ。
それから、食事の用意をしていただこう」
「はい。
それでは、こちらのメーニューにあるものでしたら、すぐにでもご用意できます。
メニューにある以外の料ででも、ご用命をいただければ可能な限り応じさせていただきます。
他にもなにかご用がおありの際は、そこのベルを鳴らしてくだされば、うちの者が即座にお伺いいたします……」
「……いくらでも、ふんだんにお湯が使える浴室。
ぴかぴかに磨き上げられた浴槽。
香料入りの、高級石鹸。
どこにいっても、昼間のように明るく、不自然なまでに白々しい空間。
旅の疲れは癒されるけど……ここ、本当に迷宮の中なのかしら?
想像していたのとあまりにも違うので……なにか、騙されている気分。
いくら、外から来たお客様用の宿といっても……普通、ここまでする? 出来る?
いくら、魔力が無尽蔵に使えるといったって……それだけでは、こんなに立派なお宿、建たないよね?
そう。
ここ、豪華すぎるんだわ。
帝都の宿屋でも、ここまで立派な調度を揃えているところなんて、数えるほどしかないし……。
ここを経営しているギルドって……そんなに、お金を持て余しているのかしら?」