53.うらかたたち、ふんせんちゅう。
迷宮内、アイテム開発室試験場。
「これが、移動力を飛躍的に増大する術式ですか?」
「そうなのでございます単純な機能と比較して術式としてはかなり複雑なものになりました上実際の使用上に当たっても効果の適用具合を調整するのが難しくこれまで開発が遅れました次第でございますこれを使いこなせれば誰もが抱き枕様もといシナク様レベルの移動力を持つことも可能になります」
「足が速くなる術式、なのですか?」
「機能ということになるとその通りでございます簡単に原理を説明しますと足元の空間を圧縮し一歩あたりの移動距離を使用者の意志により自由に伸長させるものになります開発コードとして仮に縮地術式と名づけられております」
「一歩が、長くなる……ですか?
今ひとつ、ピンと来ないのですが」
「はい実際に試してみれば実感をできるかと思います」
「でも、使いこなせれば……とわざわざ断るということは、使いこなすのが難しい、ということなのですよね?」
「ようは慣れの問題であるかと推察いたします攻撃範囲拡大の術式や疑似質量増減の術式になども実用化直後は事故が頻発いたしましたこの縮地術式もそれらの術式と同じく使用者の意志によりその効果を制御するものに分類されますので慣れさえすれば問題は自然と解消するものかと推察いたします」
「慣れ、ですか。
各種武器を具現化する術式も、販売されてから普及するまで、それなりに時間がかかりましたしね。
これも、普及するまでに時間がかかるということですか?」
「この縮地術式は迷宮の攻略を効率化するためギルド本部より依頼を受けて制作した術式にございます聞けば数日後から元魔王軍人の研修開始を睨んだ臨時教官の再教育と情報交換会が開始されるとかそれに乗じるわけではございませんがこの縮地術式と自動小銃具現化術式の使用法についてもその場でご説明を申し上げ及ばずながら普及に貢献したいものと考えておりますこの二つの術式が普及すれば冒険者全体の移動力と攻撃力とが一気に増大することになりますゆえ」
迷宮内、来賓用入り口。
「……ふう。
なんとか、日が落ちる前に、到着することが出来たな……」
「お父様。
すぐにでも、帝都に転移なさいますの?」
「いいや。
ここでも、二、三の商談の約束がある。
転移陣が集中しているから、この迷宮はわしら商人にとってもかっこうの待ち合わせ場所となっているのだよ。
その前に、まずは、宿を取らなくてはな」
「旦那様、お嬢様、迷宮へようこそ。
お荷物をお持ちしましょうか?
居心地の良い宿をお求めなら、何カ所かご案内できますが?」
「あら、可愛い荷物持ちさん」
「これでも、冒険者ギルド公認の案内係です。
他にもなにかお求めのものがおありでしたら、非合法のものを除いてたいていのご用件に対応してご案内できますが」
「手数料はいかほどかな?」
「報酬はギルドからいただいておりますので、お客様からのチップや報酬は一切いただかない規則になっております」
「ふむ。
身なりがいいものが通りかかると、浮浪児が山ほどよってくる王都とはえらい違いだ。
それでは、わしと娘が宿泊できる宿まで案内願おうかな」
「旦那様。
迷宮へは、長くご滞在の予定でございますか?」
「いや。
一泊か、商談が長引いてもせいぜい、二、三泊といったところだな」
「宿泊するのは、旦那様とお嬢様、それに護衛の方二名でよろしいのですか?」
「いや、うしろの橇にあと四名の護衛が乗っている。
わしと娘で一部屋、護衛六名が別の部屋になるな。護衛の部屋は大部屋一つにまとめてもいくつかの部屋に分散しても、どちらでもかまわん」
「それでは、こちらへ。
お荷物はすべてわたくしどもがお持ちいたします」
迷宮内、軍籍冒険者修練所。
「今度は、こちらが見学をさせてもらうことになりました。
グリハム小隊長」
「これはどうも、ダリル教官。
ご無沙汰しております。
ギルドからはなしは聞いていますが……うちの教育方針は、とにかく体力をつけて、あとの細かい部分は実習と座学を平行してやらせて、体でおぼえさせていくってもんで……。
ごらんの通り、あまりそちらさんの参考になるとも思えませんが……」
「いや、それでも現にほとんどロストを出していないのだから、謙遜するにはあたらないだろう。
体力増強を重視する方針はこちらも見習いたいところだが、なにぶん、他にも叩き込まねばならないことが多いし、働きながら研修を受けている者も多いしで、思うようにいかない」
「こちらは、全員が軍から衣服住の保証を受けている関係で、終日訓練に専念出来ますしね。
そちらのように、個別の事情を抱えた人たち相手にするのとでは、やはり違ってきますよ」
「うむ。
大まかなカリキュラムはこちらから提示できるが、細かい部分ではどうしても個々の新人たちが自主的に受講する内容を決めてしまうからな。
体力がつき、疲れにくい体が出来れば、現場に出てからもそれだけ冷静な判断力を保てる道理であるが、そうした道理が見えてくるのは実際に迷宮に入るようになってからだ。
それで……今、元魔王軍兵士たちの体力測定を行っているところなわけだが、兵士だけあってみな、そこそこに仕上がっている。平均年齢こそ、予想よりも若かったが、戦闘行為自体には不安がない状態だ。
あとは、こちらのギルドの流儀とか、パーティ単位で動く際の、実際的な規範やこの迷宮限定で使用できる術式アイテムなどの使用法を教えればいいだけ、であるようだな」
「ほほう。
それは、ほとんど即戦力ってことじゃあないですか」
「だからこそ、ギルドも戸惑っているわけよ。
なにしろ、一万とか二万とかの単位で、一気に冒険者が増えようとしているわけだからな。
教育だけではなく、その後、実際に稼働してから以降の体制も見直さなくてはならないし……」
「キャパシティオーバーってやつですか?」
「ああ。
教官の大増員もそうだが、それ以外にも、直接冒険者と接触する管制所の職員も急遽増員し……なんやかんやと、かなりせわしないことになっている」
「そりゃ、探索業務がしばらく休止になるわけだ」
剣聖所有山荘内。
「まま、もう一献」
『いや、酒はもういい。
口当たりはいいが、もう飽きた。
それより、この魚をもっと食べてもいいか?』
「どうぞどぞ。
調子に乗って釣りすぎて、余っているくらいですから」
「ゼグスくんも今まで苦労してきたんだからぁ、今日明日くらいは飲み食いしてぇ、ゆっくり温泉にでもつかってぇ、のんびりしていきなさいよぉ」
『いや……ここまでよくしてもらうと、かえって悪い気がしてくるな』
「なに、子どもが遠慮をすることはない。
なんなら、ゼグスくんもこのまま家の子になってしまうか?」
「わははははははは。
そりゃいいなあ、かーちゃん」
『それは……どういう意味だ?
翻訳機能の不調か?』
「あー。
気にすんな。
この夫婦は、いつもこんな調子だから、するっとスルーの方向で」
『……そう……なのか』
「さてと、うちの子たちも、そろそろ眠そうにしているので、われら一家はここで中座させてもらうことにしよう」
「わはははははは。
子どもが小さいうちには、どうしても早寝早起きになるな」
「剣聖様、バッカス、おやすみーっす」
「「「「おやすみーっす」」」」
「……あー。
途中、ゼグスくんの乱入というトラブルはあったものの、それ以降は平和なもんだったな……。
普段とは、大違いだ」