51.たいがいてきいめーじせんりゃくのぐたいてきほうほう。
「と、ここまではなしたからには、レニー、お前のことだ。
すでに腹案やら対策やらを用意しているんだろう」
「……ええ、まあ」
「具体的な内容を、続けていわないのか?
……なにか、あるな……」
「あるといえば、あるんですが……要は、イメージ戦略の問題ですから……具体的な行動を起こすのに、少々問題が……」
「……レニーにしては、やけに言葉を濁すなぁ……。
ということは……金とかそういう、解決しやすい問題ではないのか……」
「この問題を解決するための方向性は、たった一つしかありません。
迷宮とかモンスターの恐ろしさを周知し、日夜それに立ち向かっている冒険者という仕事の大変さもアピールしていく。
ギルド主導でやると、そろそろ警戒心を刺激されている勢力の反発や誤解を招きかねませんから、可能な限り自然に行わなければなりません」
「……それがわかっているのなら、やればいいじゃないか……」
「より具体的にいうと、吟遊詩人や軽薄草紙の流通元にかけあって、迷宮でモンスター討伐を行う冒険者たちの活躍を大陸中に広めます。
酒場廻りの詩人と軽薄草紙は大衆娯楽の花形ですから、一度火がつけばかなり幅広い層を巻き込んだブームとなる可能性があります」
「……おい、レニー……。
するってぇと、なにか?
お前は……たかだか冒険者を誇り高い騎士様のような、女子供向けのヒーローに祭り上げようってのか?」
「やはり、シナクさんは、お気に召さないようで……」
「当たり前だ!
おれたちの仕事ってのは、もっと地味で泥臭くって……冒険者ってのは、そもそも、なんらかの理由で堅気の生活が出来ない半端者の集まりだぞ!
それを、不当に美化して世間様に広めるってのは、ちょっとばかし問題があるんじゃねーか?」
「半端者の集まり、ですか。
確かに、これまでの冒険者、あるいは、このギルドに所属している以外の冒険者の大半は、今でもその通りなのでしょう。
ですが、その流れをかえたのは、シナクさんご自身じゃないですか。
今、ギルドに所属している冒険者の半数以上が、シナクさんの教本で学んだ後に実務を経験しています。それ以前の冒険者とは、質的に異なっているといってもいい」
「……それをいわれるとなぁ……」
「と、いうことで、これが実録冒険者シリーズの初回版のゲラなんだよ!」
どさどさどさっ。
「……え?
……あれぇ?」
「それどれ、見せてみろ」
「おー。
意外と似ているのう、この挿し絵……」
「なになに。
驚異! 大量発生モンスター千体斬りの巻き……だって」
「こっちは……すごいぞぼくらのスリーSランク、だって」
「一昨日はドラゴンとはなし、昨日はピス族を発見、今日はグリフォンと戦い……か。
誇張や省略はあるものの、それなりに取材はしているようじゃな」
「……おい。
レニー、それに、コニス。
今まで、長々とくっちゃべってきたのは……これのいいわけをするための、前振りだったりしないよなぁ……」
「大丈夫だよ、シナクくん!
ちゃんと、モデル料もガッポリはいってくるから!」
「そういう問題じゃねー!」
「この手の大衆娯楽作品は、実在のモデルがいる場合でもいちいちモデルの許可を得ることはありませんから、法的にはなんの問題もないのですが……できれば、シナクさんの同意も得ておきたいな、と……そのように思いまして……。
それに、このシリーズ、ピス族の知識を使用した大量印刷に対応した印刷機をはじめて実用化した刊行物になる予定ですので、うまくすれば歴史に残るかもしれません」
「ますますイヤになるよ!
なにが悲しくて流れ者の冒険者風情が子供向け絵入り読み物のヒーローに祭り上げられなくちゃいけないんだ!」
「いえいえ。
たかが軽薄草紙といっても、今となっては一概に馬鹿には出来なくなっています。実際の購読者年齢も最近ではかなり高くなってきていますし、タイアップで劇場にかかって上演されるものも多く……」
「そういうはなしじゃねーだろーよ、おい!」
「それに、たまたま派手なエピソードが多いシナクさんから開始することになりましたが、そのあとには他の人たちの活躍も続きますので……」
「それと、もう印刷製本も終わって各地の流通元に送るだけになっているから、これからキャンセルするとなると大損害になるんだね!」
「確信犯の、事後承諾かよ」
「確信犯の、事後承諾です」
「……はぁ。
もう、勝手にしろよ。
そいつが、冒険者やらのイメージアップに繋がるとも思えないけど……」
『冒険者の会話とは、着地点が予想できないものなのだな』
「いや、それは……あの人たちだけのはなしだと思いますけど……」
「確かに、あの流れと結論は予測できんな」
「今のはなしにでてきた、新型の印刷機な。
あれを使用して、余の少額舎の教本も印刷ことになっておるのだ」
「あれぇ?
王子様、少学舎って、そんなに大規模なんですかぁ?」
「大学の言語学者どのの提案でな。
これから大陸共通語を学ぶ異族向けの教本などと一緒に、初学舎向け教本の内容を練っているところなのだ。
年少者も異族も、日常会話が出来て、初歩的な書類が一通り読み書きできるようになるまでという目的地は共通しているので、内容的にはかなり重複することになるらしい。
義務教育の理念についても帝国大学の学者の方が、王国内よりも賛同者が多いくらいで、教本が完成したら、帝国内で配布することも考慮してくださるとか……」
「そりゃ、学者さんなら、学問の普及に力をいれる政策に賛同しますでしょう」
「ふむ。
確かに、教育事業は金食い虫で、短期的には利益になりにくい。しかし、長期的にみるとだな……」
「はいはい。
そのご高説は、以前にもうけたまわりましたからぁ……。
それで、帝国の学者さんが認めた教本が完成すると、どうなるんです?」
「数十万部……いや、ことによると、数百万部以上の需要が見込めるようになるな。
なにしろ、帝国で認められるということは、大陸中で使用される目が出てくるということだ。
これほど、大量印刷に向いた書物も他にあるまい。
余が前世をまっとうした世界では、大量印刷の普及を後押ししたのはいくつもの国にまたがって広まった宗教の聖典であったわけだが、こちらの世界では大陸標準語を伝道するための教本がその役割を果たすことになりそうだ。
結果として、帝国の文化政策を後押しすることにもなるのであろうが、大陸標準語自体は何百年も前から人口に膾炙しておるわけであるし、ここは識字率の向上にまずは焦点をあてて考慮すべきなのであろうな。うん」
「冒険者としての実績とは関連がない分野では、大活躍でいらっしゃるのねぇ」
「……う、うむ。
その、冒険者としても、だな。
今作らせておる秘密兵器が完成したなら、その後は打撃力に欠けるという余の欠点が補完されることになる。
そうすれば……ふふ。ふふふふふふ。
そのときこそ、余の無双時代が開闢するのだ!」
「あらあら。
なんだかよくわからなけど、お楽しみが多そうで、よろしいですわねぇ」
「実績はイマイチぱっとしないけど、冒険者の中でもこの王子様が一番迷宮を楽しんでいるのかも知れないな」
『迷宮とは……楽しむ、ものなのか?』
「少なくとも、おれは楽しんでいるけど」
「違うな、ハイネス。
迷宮とは、楽しまなければやっていけないものなのだ」




