50.こくさいしゃかいにおけるあぴーるのひつようせい。
「モンスターや大量発生は怖いし、いやがるけど、モンスターの死体からとれる各種素材や迷宮内の魔力は美味しいし、いつまでも利用したい……って、ところか」
「実に、逆説的ですね。
ギルドや冒険者が頑張れば頑張るほど、外部が感じる迷宮の危険性に対する認識が甘くなる。
本来なら、あれら、モンスターや迷宮は、危険性とそれをくぐり抜けた際に得られる利益とが表裏一体となった代物だったはずなのですが……。
危険性の部分をわれわれ冒険者がうまく肩代わりするほど、リスクに対する認識が薄れていく」
「最近は、迷宮内に出入りする人も増えてきているから、なおさらだね!」
「ことに共用部は、魔力光に照らされて昼夜を問わず明るく、他の土地では見られないような高価な商品や飲食物、最先端の知見などが平然と取り引きされている。
確かに……迷宮の中でも、明るい部分のみに注視するのなら、今の大陸でもこれほどきらびやかな場所はなかろう」
「ギルドや冒険者以外で、迷宮に出入りするってのは……商人や職人、それに、学者さんたちか。
彼らにしてみれば、自分の商売のために来ているわけだし、そのリスクってやつを肩代わりする代わりにおれたち冒険者は高額の報酬を得ているわけで……。
冒険者とはそういう仕事だ、と割り切るより他、ないんじゃないか?」
「ギルドも冒険者も、その実、地道に細かい工夫や努力を積み重ねて、ようやく今の状態を維持できるようになってきたわけなのですが……」
「そういう舞台裏の事情は、外のやつらにいっても始まらないだろう。
国同士のいくさなら、あるいは戦意昂揚とかのために英雄をでっち上げる場合もあるんだろうけど……ギルドや冒険者にそういうのが必要かっていうと……」
「ギルドや冒険者がどうこうというより……今後のことを考えると、今のうち、迷宮の怖さを周知して、もっと危機感を持ってもらった方がいいのかも知れませんね」
「レニー。
そりゃまた、どうして?」
「ひとことでいうと、もったいつけってやつだね!」
「もったいつけ……。
コニー。
いったい、誰に対しての?」
「迷宮に注目する大陸中の人たちにたいして!
迷宮産の商品を手にする人たちにしても、これを作るのに必要な素材とかを、鼻歌交じりに採取できるのと、屈強な冒険者が死闘を繰り返してようやく採取できるのとでは……ありがたみが、違ってくるのだよ!」
「……ああ。
なんだ、商売のはなしか……」
「商売のはなしでも、あるんだけれどね!
それ以外にも、いざってときに手をさしのべてくれるかどうかっていうこともあるんだよ!」
「こういってはなんですが……今までが、うまくいきすぎていますから。
今後も、最後までこのまま推移してくれればいいのですが……そうなるという保証は、どこにもありません。
これが、一つ」
「それは……ギルドの迷宮攻略が、どっかで破綻する可能性のことをいってるのか?」
「そうです。
組織の疲弊などのよる人為的な原因、迷宮の変質や大量発生などによる外因……予想外のことは、いくらでも起こりえますから……われわれが失敗したときのことを考えると、迷宮の脅威を外部にも印象づけておくことは、保険として必要になるかと」
「王都と帝国に向けて、かなり詳細な経過報告は、ギルドがまとめて定期的に送付していると聞いたけど……」
「それは、次の迷宮が出現したときに、参考にするための記録を複数の場所にバックアップしておく、という意味合いが強いわけです。
それはそれで、将来的には必要とされる情報だと思うのですが……実際には、その書類が必要とされるときまで、役所の書庫の奥底に眠るだけで終わってしまうでしょう。
それとは別に、今後は、もっと幅広い層へ迷宮の脅威をアピールし、ギルドが失敗したときに備えてもらう必要があるのではないでしょうか?
この、われわれが失敗したときのための保険、という機能が、まず、一つ。
次に……王宮とか、周辺諸国の上層部とかへ、改めて迷宮の危険性を周知すること、の意味について、ですが……いくつかあるのですが、もっとも重要なのが、武装集団としてのギルドが、あまりにも急激に大きくなり過ぎた、ということが挙げられます。
今までだって、まとまった戦力としては決して小さいものではなかったのですが……ここに来て、二万前後の元魔王軍兵士が加わるとなると……下手をすると、小さな国の常備軍よりも大規模な戦力になってしまう」
「……ああ。
そりゃ……そう、だよな」
「これだけの戦闘集団がなぜ放置されているかといえば、迷宮の脅威に対抗するため、という名分があるからです。
だから、今のうちに迷宮の脅威をしっかりと周囲に認知させておかないと……」
「痛くもない腹をさぐられる、ってえか……無意味に警戒される、わけか……」
「一国の正規軍なみの戦力を持つ武装集団が、突如、出現したら……周辺の国々は、神経を尖らせるのではないですか?」
「ギルドや冒険者たちが実際になにを考えているかは、この際、関係なさそうだな……」
「根拠のない不安、いいかえるのなら、勘ぐりですからね。
それだけの戦力をそろえても、それでも、迷宮の攻略はおぼつかないのだと……そのようにアピールすることも、必要となってくると思います。
無用な干渉を避けるためにも」
「……面倒なもんだなあ、まつりごとってやつも……」
「今や……武力も経済力も、下手な国家級の規模になりつつありますからね、うちのギルドは。
いつまでも無防備なままでいると、つけ入る隙を大きくするだけです。
今のギルドには……外交を担当する部署がありませんから」
「場合によっては……近隣諸国との交渉窓口を設置する必要もあり、か。
そら……普通のギルドには必要ないよ!
そんなもん!」
「大陸のあっちこっちに散っているギルドの渉外さんたちも、商売を通して結構頑張っているのだけどね!
強い発言権を持つお偉いさんに取り入ったり、赴任地周辺の取引相手とのパイプを太くして、親ギルドみたいな空気を作っていったり!
迷宮産の商品は目新しいものが多いから、競合相手も少なくて今のところはあまり敵も作っていないし!」
「……草の根レベルだな……」
「草の根といっても、商売をすることが前提だからね!
動いている金額も大きいし、これでなかなか馬鹿に出来ない影響力を持ったりしているのだよ!
迷宮へ物資を運び込む街道を、新たに何本か敷設しようという計画もあるそうだしね! これなんかは、ギルドの自己資金だけでも十分に実現可能なんだけど、わざといくつかの大手商会から資金を引っ張ってきて、合弁という形にするそうだよ!」
「なんで、そんなことを?」
「取引相手の取り分を大きくするためだね!
ギルドが買いつけて迷宮に運ぶ物資は、多くは周辺の商会から買うわけだから!」
「……あえて、ギルドが支払う分を大きくして、相手に恩を売るわけか……。
はー。
いろいろと、面倒臭そう」
「ギルドや迷宮が孤立しないように、富や技術を独占せず、積極的に外部に供給している……というのは、前にもいったとおりのなですが……今後は、もっと積極的に外に出していくことになるでしょう。
でも……迷宮からそうした事物を取り出すのは、決して楽な仕事ではない……と、普段からアピールしておいた方が、より高い値段をつけて売ることができますよ、というはなしです」