47.しようじょうのちゅうい。
「どうだ? その籠手は?
きつかったり、重すぎたりはしないか?」
「きつくはない。
重さはほとんど感じない」
ガチャガチャガチャガチャ……
「指も、自然に、不自由することなく動かせる。
これで……魔王の暴走を、防げるのか?」
「魔王の暴走……というよりは、お前さんの衝動を魔王が押した結果の暴走、とみるべきだな。
今の魔王は、単体では大した力を持たない。
いや、力はあっても、それを発揮するためにはお前さんの意志による承認を必要とする。
しょせん、魔王の残骸は、お前さんの体に寄生しているにすぎん。
主体は、あくまでお前さん自身だ」
「そう……か。
さきほどの、騒ぎも……」
「お前さんの意識が……そうしたいと願ったからこそ、起こった……と、見るべきだな。
今後も……お前さんが心底憎んだり恨んだりするような相手が現れれば、なにかの拍子に魔王の力が暴走してそいつに襲いかかる可能性は、十分にある。
そうならないように、こちらとしても出来る限りの手を尽くすつもりではあるが……完全に防止することはできない」
「わかった。
こちらとしても……最善を尽くす。
こちらの世界は……向こうよりは、よほど住みやすいようだからな。
せいぜい、適応してみせるさ」
「その意気だ。
この籠手の機能は、大まかにいって二つ。
一つは、魔王の力を抑制する機能。
もう一つは、今後起こり得る、お前さんの体の変化をモニターして、リアルタイムでわたしのところに送信する機能だ。
籠手、といっても装甲としての防御力はほとんどないから、そのへんは期待しないように」
「それはいいのだが……変化とは、これからも起こり得るものなのか?」
「起こり得る……というより、現在進行形だ。
魔王の残骸は、寄生主であるお前さんの体と心を常に乗っ取ろうとしているということを忘れるな。
今の時点では、わたしのアイテムや施術でそれを押さえ込んでいるわけだが……魔王の力がこちらの予想以上の速度で成長すれば、お前さん自身もひとのみにされる。
つまり……魔王の残骸が、新しい魔王として機能しはじめる」
「もしそうなるようなら……おれごと、新しい魔王を葬ってくれ。
あんたなら、簡単に出来るんだろう?」
「すでに覚悟はできている、か。
その手の自己犠牲精神は、個人的には好むところではないのだがな。
お前さんの経歴を考慮すれば、そのような発送になるのもやむを得ないか。
ま、そのときの対処法は、その腕輪にもその籠手にも、すでに組み込んである」
「それは……魔王の影響力を、無効化するものなのだな?」
「そうだ。
最低最悪の事態を回避するためのものだ。
その点は、安心していい」
「魔王の力を押さえ込むために、おれに出来ることはないのか?」
「……ないな。
強いていえば……わたしの求めに応じ、こまめに全身精密検査を受けに来ること……に、なるか。
魔王の性質や能力については、まだまだわからない点が多すぎる。
こちらとしても、研究するためのデータはより多く欲しいところだ」
「もともと、それが取引の条件だったからな。
こちらとしても異存はない」
「今……自分の意志で、魔王の力は行使できる状態なのか?」
「いいや、無理だ。
さきほどは、無詠唱で魔法を連発していたそうだが……もともと、おれは魔法の素養がないはずだった」
「では……そうだな。
その腕輪に、音声通信機能を付加しよう。
こちらが望むときは、声をかける。
そちらでなにか異常事態が起こったとき、あるいは、こちらに相談したいことがあるときなどは、腕輪にはなしかけろ。
必要がある場合には、お前さんの体を即座にわたしの塔の中に転移させる」
「了解した。
あと……注意事項などは、あるか?」
「ふむ。
注意事項……か。
その籠手をつけたままでも、日常生活はつつがなく送れるよう、設計したはずだし……。
あ。それ、つけたままでも風呂にはいれるぞ。完全防水で、手入れの必要もない。
まあ……ない……かな。
たぶん」
「たぶん……か。
ずいぶんと、頼りにならない返答だな」
「こっちにしたって、魔王の残骸を相手にするのははじめてのことだ。
手探りの部分が大きくなるのは、どうしたって避けられないさ」
「……こうして、協力してくれるだけ、有り難いと思えと……そういうことだな」
「わかれば、よろしい」
「ゼグスくん、さっきから塔の魔女さんとごちゃごちゃとわけのわからない言葉ではなしこんでいるしぃ。
あ。あの、腕にピッタリとフィットした銀色の籠手はぁ、軽薄草紙っぽいアイテムで格好いいと思うけどぉ」
「……格好いいか、あれ?」
「おれに聞くな、ハイネス」
「中二臭いアイテムであるな」
「……中二臭い?」
「あー。
こちらの王子様、ときおり意味不明の単語を口走るからぁ、あまり本気で相手にしない方が賢明よぉ。
意味を聞き返してもなんの役にも立たないし、基本スルーの方向でぇ」
「……この女が……」
「あははははは。
ククリルちゃんって、本当に誰が相手でも物怖じしないようだね!」
「……なぜ、余が出会う女はこうも気が強くて扱いにくいのばかりなのか……。
シナリオライター、出てこぉい!」
「……また、わけのわからないことをいっているしぃ。
そんなに扱いやすい女性をお好みなら、王宮に籠もってあてがわれる人だけを相手に暮らしてればいいのにぃ……」
「それに、ククリルの場合は気が強いというより、他人の顔色をうかがわないでいいたいことをいっているだけだよな。
気が強いというと……はて、誰のことになるんだろう?」
「気が強い女といえば、そこのパ……」
ごんっ。
「……ね、姉さん……」
「あら、ちょっと、手が滑って青銅製の壷が飛んでいったみたいですね。
王子様?
大丈夫ですか? 大丈夫ですよね?
なにせ、ご自慢の特性、絶対防御の持ち主であらせられるわけですから……」
「……ちょっと王子!」
「……ったぁ。
なんだ。
直撃しなくても、衝撃はあるのだぞ。
今、瞼の中に火花が飛んだ……」
「わたしが、ときどき冒険者やっていることは、内緒の方向で。
さもないと……攻撃魔法百連発、お見舞いさせていただきますが」
「……わ、わかった。
無事ではあろうとも……それだけの攻撃魔法を食らったら、かなり不快なことにはなりそうだからな。
秘密にする理由についても……あえて、聞くまい」
「そ。
女には秘密がつきもの。
余計な詮索をしないのも、男の甲斐性ってものです」
「……う、うむ」
「……まあ、こぶの一つでも出来ているかと思ったら、無傷でいらっしゃるのね、王子様。
流石は、絶対防御の特性の持ち主……」
「……なんだか知らないけどぉ、魔法使いとか特性持ちって、やっぱ、どこか壊れていると思うのよねぇ」
「お前がいうな、ククリル」
「ハイネスの意見に賛同する」
「姉さん、今のは……」
「いや、本当。
手が滑っただけだし……」
「とはいっても……青銅製の壷を、王子様の頭部に直撃というは……パスリリ家としても、かなり……」
「テリス!」
「は……はい!」
「王子様が無事だったのだから、いいの!」
「……はぁ……」
「王子様、大丈夫ですわよね? ね!」
「……ふ、ふむ。
大事ない!」
「ほら。
ああおっしゃっていることだし……気にしないでいいわ。いいえ。
気にしたら負けよ!」
「ま、負け……なのですか?」
「そうよ、テリス。
あなたはルックスもいいし優秀だし、自慢の弟だけど……残念な点が一つだけあるわ」
「姉さん、それは……」
「ここの連中と比較すると……圧倒的に、キャラが薄い」