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39.こんよく。

「……ふぅー……。

 いいお湯だ。

 釣りもいいけど、たいがいにしておかないと、体が冷えるからな」

「まったくだ、シナクよ。

 今後冬場に釣りをするときは、もっと厚着をするべきであるな」

「……ティリ様も、平然とこの場にいますし……」

「おぬしは、剣聖や塔の魔女とも混浴しておるわけだし、わらわだけ例外にすることもなかろう」

「いいですけど……あまり騒いだり、必要以上にくっついたりしないでくださいよ。そういうことをする場所ではないんですから」

「ふふん。

 了解した。

 しかし……」


 ざばぁ。


「なんですか、急に立ち上がって……」

「ほれ。

 シナクはこれをみても、何も感じぬか?」

「あー。

 健康的な肌色で、まことに結構なことで……」

「……これだからの。

 せっかく二人きりになれたというのに、もう少しこう、色っぽい展開にならぬのかの。

 この朴念仁は」

「姫様と色っぽいことになったりしたら、それこそ大事じゃないっすか」

「身分やら世間体やらに一片の価値も見いだしておらぬ癖に、よくいうわ」

「そんなことよりも今は、このお湯を楽しみましょうよ」

「……考えてみれば、シナクは、あの魔女の凹凸だけは豊かな裸体を見慣れているのであったな。

 発展途上のわらわの裸体では、刺激が薄すぎたか……。

 作戦を改めて、だな……」

「……なんだか、自分の世界に入っちゃってるし……」

「のうシナクよ。

 おぬしも若い男性であるわけよの?」

「はあ。

 まあ、一応」

「もっと、こう……青春的な劣情とか若さ故の激しい衝動を若いおなごにぶつけたいとか、そういう欲求はないものかの?」

「……まだ、そんなこといってるんですか? 嫁入り前の娘さんが。

 あることにはありますが、ティリ様には関係ありません」

「戦力外告知された!

 わ、わらわが駄目なら、どういうのが好みだ?

 おっきな魔女みたいな凹凸だけは豊かなタイプか? それもとちっちゃな魔女みたいな幼児体型か? はたまた、魔法剣士のようなすとーんとした細身がよいのか?」

「いい加減、そういう話題から離れません?

 好みのタイプとかそういうことを考えたことはありませんけど……そうっすね。

 強いていえば、仕事とあまり関係のない人のが、そういう関係にはなりやすいっすかね。

 まあ、誰が相手でも、当分は、その気なる予定はありませんが」

「……はぁ?」

「だって、仕事がらみでつき合ってる人と深い関係になったら、いろいろとやりにくいでしょう。お互い。

 冒険者のお仕事ってのは、一瞬の気の迷いが命取りになることもあるわけだし……」

「……なんじゃ、それは?」

「なんじゃ、といわれましても……ティリ様の問いかけに素直に答えただけですが、なにか?」

「……シナクよ……」

「はい?」

「おぬしは……ほんっ……とぉにぃ、恋情とか式場が薄いやつなのじゃな!」

「……ええ、まあ。

 たぶん、そうなんじゃないかと……」

「そうなんじゃないかと……じゃ、なーい!」

「まま、ティリ様。

 そんなに興奮なさらず……」

「これが落ち着いていられるか!

 シナクよ。

 おぬしにとってわらわは……いや、わらわ以外のおなごも、一瞥してもなんら心動かされることがないという意味において、総じて路傍の石ころと大差ない存在であるわけか!

 今わかった! もうもうわかった!」

「……あー。

 ティリ様?」

「これは……もっと根本的な部分から、戦略を考え直さねばならんな……。

 ということで、先にあがるぞ、シナクよ」


 ざばっ。


「……ああ。いっちゃった。

 ま、静かになっていいか……」


 がらっ。


「あ。

 今度はルリーカが入ってきた。

 湯船にはいる前に、ちゃんと体にお湯をかけろよ」

「わかっている」


 ざぱぁ。


「……ふぅ」

「こらこら。

 仮にも風呂場でお互い全裸なんだから、平然とおれの膝の上に乗ろうとしない」

「指定席」

「……うっ」

「ルリーカの、指定席」

「……ううっ。

 そことはない威圧感が……。

 ああ、もう、いいや。

 好きにしなさい」

「好きにする」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「シナク」

「はいよ。

 なに、ルリーカ?」

「なにも、感じない?」

「感じる? なにを?」

「本当に、反応していないから、困る。憤る」

「はいはい。

 そんな、お湯の中で暴れないの。

 ぐりぐり尻を押しつけてきても、痛いだけだから。

 そんなことをしていると、今後無期限に指定席使用禁止にしますよ」

「……むう」

「服を着ているときならともかく、素っ裸のときにこれをやられると少しつらいな。

 女性には理解できないデリケートな場所に直接刺激がくるから……」

「シナク……そういう割には、焦ってないし、ここ、反応もしていない」

「はい。

 女の子がそういうところに直接手を伸ばすんじゃありません」

「ルリーカ、シナクに女扱いされてない……」

「いや、そんなことも、ないと思うけど……。

 女扱いしていなかったら、今のだって怒鳴りつけているし……」

「そういう意味ではなく!」

「おお。

 珍しいな。

 ルリーカが大声をあげるの」

「ルリーカは、シナクにとってどんな存在か?」

「大事な仕事仲間」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……それだけ?」

「あー。

 友達?」

「それだけ?」

「……ほかに、なにをいえば……」

「やっぱり、女扱いしていない。

 ルリーカ以外の女の裸を見たら、ここ、いつも大きくしているのに……」

「いつもってほど、見慣れているわけでもないでしょうに。

 それに、そこ、欲情したときだけではなく単なる生理現象でも勝手に大きくなりますから。

 あと……さっきまでいたティリ様の全裸をみたときも、特に反応はしなかったぞ。

 別に、ルリーカだけが特別というわけでもないと思うけど……」

「……本当?」

「本当、本当。

 嘘だと思ったら、ティリ様に確認してみればいい」


 がらっ。


「おお。

 シナクにルリーカか。相変わらず仲がいいな。

 ちょっとお邪魔するぞ」

「今度はリンナさんですか。

 ってか、せめて前くらい、隠してくださいよ」

「ちょうど両手が塞がっていてな。

 ほれ。

 湯をかぶる間、この盆を、湯の上に浮かべておけ」

「なにかと思ったら……酒ですか?」

「ああ。

 ぬるめに燗をしてもらってきた」


 ばっぱーん。


「……はぁ。

 せっかくいい湯が沸いているのだから、一度はこれをやらないとな。

 ほれ、シナクやルリーカも、一献つき合え」

「いや、おれは……」

「つき合う」

「おお。

 ルリーカはいける口だったな。

 いけいけ、どんどんいけ」

「お、おい……。

 大丈夫か?」

「なにを心配しておるのか、シナクよ。

 ルリーカは昔からザルだったではないか」

「いやね、リンナさん、そういうことではなく……」

「シナクが女扱いしてくれないから、やけ酒」

「ははは。

 そうかそうか、おぬしもか、ルリーカ。拙者にも心当たりがあるが……。

 これはなぁ……どうも、男として人間として、どこか壊れているらしいからの」

「本人を目の前に、ひでぇいわれようだ」

「だって、実際にそうであろう。

 シナクよ。

 おぬしくらいの年頃の男といえば、全員がとはいわないが、頭の中の八割方は色事に占められているものだ。

 拙者も、何度迫られて難儀したことか……」

「その割には、いまだに独り身なんですね」

「む。

 まあ、拙者は、これでも男の好みがうるさいからな。

 で、まあ……その拙者の経験に照らし合わせても、これだけ大勢の美形に取り囲まれても、近づかれても、誰に対しても指一本動かさない男というのは、きわめて例外的であるということは断言が出来る」

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