37.つり。
「……温泉、だと?
なんだ、それは?」
「そうか、そうか。
では、論より証拠。
さっそく実地に体験してみましょう」
「ま、まて。
おれは、元魔王軍兵士で今も魔王の残骸にとりつかれている……」
「そーゆーシリアスなのは、終わり終わり。
眉間に皺寄せていたって事態は好転しやしないんですから、とりあえずはこの場の出来事を楽しみましょう。
湯に浸かりながら酒を呑むとね、これがまたいい具合に効いてくるんですよ」
「酒? 酒というのはなんだ?」
「おお、そんなことも知らないのか。
これも、早速、体験してみなくてはね。
しかし、魔王軍ってのも、思ったよりも無粋な集団だったようで……」
「……いきなり、馴染んでいるようじゃね?」
「こういうときは、ハイネスの軽さは重宝しますねぇ」
「で、パスリリ家のお二人さんよ。
そちらの方的には、あれでもいいのかな?
なんか、全裸と剣聖様の差配で勝手にああいうことになっちまっているようだが……」
「……と、いわれましても……」
「……今のあの人は、まるで敵意を持たないようですし……」
「あの時に、われらの攻撃魔法から、間一髪、逃れた方と聞けば、遺恨に感じるのは当然という気もしますし……」
「司令部には、今回の件もすべて報告するけど……変なはなしだけど、たった一人でも生き残りがいてくれてよかったと、思うところもあるし……」
「あのときは……モンスターの集団が相手だとばかり思っていましたからね」
「いくさで、敵味方に別れていたのだから、遺憾に思うとか殊勝なことをいうつもりはないけど……」
「ええ。
こちらに殺意がないのに、実際には多数の死傷者がいたことをあとで知った形ですから、この程度のしっぺ返しは、むしろ当然かと……」
「むろん、だからといって、襲われることがあれば遠慮なく相応の反撃はしますけどね。今後も」
「やられっぱなしは、性分ではありませんし……ただ、彼個人に含むところがあるかというと、それはまた別で……」
「ま。
まだ向こうの気が済んでいないのなら、何度でも来ればいいんじゃない?
何度でも、返り討ちにしてやるだけだし」
「……どうやら、本当に大丈夫なようね」
「相変わらず、いらぬ気苦労をしているようだの、シナクよ。
あの魔女はともかく、剣聖様の差配でもあるのだぞ。
万が一にも、遺漏はあるまい」
「みたいっすね、どうも。
リンナさんとルリーカは、剣聖様とも古い知り合いなんでしたっけ?」
「拙者は、それほどでもないが……向こうでのつき合いも含めれば、シナクよりは長いことになるな」
「ルリーカは、十年以上前から」
「地元組は、ほとんど家族ぐるみのつき合いになるのか……。
しかし……今、ふと思ったんだけど、今回の面子、剣聖様の選抜なんだよな。
あの人、いったい何を基準にして選んだんだろ?」
「基準……ですか?」
「あ?
なにか、思い当たることでもあるのか? レニー」
「多分……剣聖様の目から見て、面白そうな人たちを集めたのではないかと……」
「面白そうな……」
「剣聖様、魔王戦のとき、かなり大勢の冒険者と面通ししたからね! 結果的に!
そのとき、目に留まった人たちに片っ端から声をかけたんだと思うよ!」
「……明確な基準があるわけでもないのな」
「案外、アバウトなところもある方ですから」
「いや、いいけど。
しかし、あの人、ゼグスとかいったか、これから、どうすんだろ?」
「どうするって……とりあえずは、迷宮で働くのではないですか?
魔王の能力を使いこなせるというのが本当なら、あっという間に万能型の第一線の冒険者になれますよ。
将来的には外の世界に出て行くにしても、しばらくはこちらの世界に馴染むための時間が必要だろうと思いますし……」
「そう……なるだろうなあ。
ほかの道に進んでも、かなりオーバースペックなことになるだろうし……」
「シナクにーちゃん、釣りにいこー!」
「おおー。
今いくー」
「魚釣り、ですか?」
「ああ。
昨日、子どもたちと約束をしてな。
ちょっといったところに、ちょうどいい渓流があるそうだ。
竿も魚籠も、一通り揃っているそうだし……」
「いいですね、では、ぼくもご一緒しましょうか」
「そいつはいいな。
幸運補正持ちのレニーが来れば、大漁間違いなしだ」
「なに、魚を穫るのか?
わらわにもやらせてみよ。
わらわは、釣りというものをしたことがない」
「はいはい、ティリ様も来ますか」
「……だからね、こうやって毛針をついつい、と、適当に水面ぎりぎりに動かしてやると……ほら、来た!」
「「「「「……おお!」」」」」
「……っと、さっそく、釣れましたね。で、釣ったやつをこうして魚籠にいれて、っと。
ここいらに来る人がいないのか、食いつきがいいや。
この分なら、半日でもかなり釣れることでしょう。
竿は全員に行き渡らないので、順番に交代してやってくださいねー。
はい。
こっちの竿は、次、ティリ様やってみますか?」
「こ、これか……。
この針を、水面ぎりぎりに、動かせばいいのだな?」
「そんなに緊張しなくても……。
その針を虫かなにかと錯覚して食らいつくようですから、できるだけそれらしく動かしてみてください」
「こ、こうか……。
おお、来た!」
「いきなりあげないで、針を少し深くくわえ込んでから……。
はい、そこであげて」
「おお、おお!
釣れた! 釣れたぞ! シナクよ!」
「はいはい。
今、針を外しますからねー。
はい、はずれた。
竿は、次の人に渡してください」
「そ、そうか……」
「そんなに名残惜しそうな顔しなくても、すぐに一巡して順番が回ってきますから……」
「そうじゃな!
いや、これはこれで、狩りとは別の面白さがあるの!」
「シナクにーちゃーん!
魚から、針はずしてぇー!」
「おう、今いくー。
レニーがいるせいか、本当、入れ食いだなー」
「あっという間に、魚籠がいっぱいになった。
みんな、まだやめないようだし、一度、厨房に中身を空けてくるか」
「この場で、焼いて食べてもいいと思いますが」
「それもそうだな。
でも、薪木集めて火を起こして……って、手間を考えると、料理は向こうに任せた方が早いと思う。
どれ、ちょっとおれがひとっ走り、いってくるわ。
すぐに戻るから」
「お魚……ですか?
それも、こんなに?」
「新鮮だから、うまいですよ。
それに……人数もいるから、多すぎて困るということもないでしょう。
万が一、余ったりしたら、開いて塩でも多めに振って、干し物にでもして土産に持って帰りましょう」
「それでは……この桶にでも……」
「はいよ」
ざばざばざば。
「では、料理の方はお願いします」
「冒険者だけあって、妙なところで生活力がある人ですね……」
「それより……献立、考え直さないと。
お魚料理もレパートリーを出さないと、同じ味つけばかりだと、すぐに飽きるでしょうし……」
「川魚……たいがい、身は淡泊ですからね」
「で、いってきたけど……なんだ。
結局、火を起こしたのか?」
「ええ。
魚籠が、もういっぱいになりそうだったので……」
「まあ、いいけど。
塩くらい、もらってくるんだったな……」
「でも、味つけなしでも好評ですよ、これ」
「ま、釣りたての焼きたてなんて、食ったことないやつのが多いだろうしな」
「内陸部では、魚を食べる習慣そのものがないことも多いしの」
「帝国ではどうなんです?」
「外から入ってきた料理として、魚料理自体はあるだが……こうして、姿のままを串に刺して焼いただけのは、食べたことがないの。
ふむ。
野趣にあふれていて、うまい」
「そりゃ、よかった」