33.かるくてあわせ。
「彼ら、彼女らは、背景的な人物として犯人からは除外する、ということですね」
「そういうことになるな、レニー。
その条件で、もっとも説得力のある犯人と犯行方法、動機を考え出した者に報償を取らせる」
「剣聖様!
それ、わたしたちが参加しても……」
「おう。
面白い解答が寄せられるのなら、子どもたちでもメイドたちでも参加してみよ。
報償は、解答の説得力に応じて渡すことにする」
迷宮内特設研究室。
『今は麻酔で強制的に眠らせているが……彼は、夢の中で魔王に呼びかけられたそうだ。
魔王とは、つまるところ、複数の迷宮に侵攻し、場合によっては迷宮の外の世界までも支配した不滅の意志。独裁者の肉体に対して度重なる強化をおこなった果てに行き着いた個体を指す名称であるという。今回の大量発生において、再奥の門の部屋に出現した個体が、どうやら魔王であるらしい』
「どうも周囲の魔力を吸い込んでそれで身体の欠損部分を再構成しているようでございます」
『彼は、夢の中で、魔王の力が欲しくはないか……と、呼びかけられたそうだが、その内容と符合するな。彼の肉体を媒介として、魔王がまた蘇ろうとしているのか……』
「これ以上欠損部分の不自然な再構成を放置することは危険と判断しますこの室内に充満する魔力を外部に排除する術式を展開いたします」
『魔王の再生を遅らせるわけか。
消極的であるが、そうしておいた方がいいだろう。ついでに、この部屋の警備増強も頼んでおいた方が……』
「……うっ……」
「彼が目ざめたようです」
『……なにぃ?
欠損部の再構成だけではなく、薬物の分解まで……』
「最強の生物兵器たらんと自らの体を魔改造した存在ならばその程度の性能はむしろ予測されるべきかとそもそも容態からいえば今彼が生きていることさえ奇跡なのですから」
『……注射を! いや、ガスでも!
とにかく、即効性の麻酔処置を……』
「……うぉぉぉぉぉぉっ!」
しゅん。
「何処かへと転移いたしました」
剣聖邸宅付近。
「それでは、ぼっち王先輩。
よろしくお願いしますぅ」
「お、おう。
しかし……木剣とはいえ、どこまで本気で打ち込んでいいのか判断に迷うな……」
「一度、本気できて試してくださぁい」
「……本人もああいっているし、ちょい本気で……」
ひゅん。カン。
「およ?」
「んっふふ」
「今の……見えた?」
「見えません。
でも、なんとなくどこに来るのかは予測ができたので……。
わたしぃ、こう見えても特性持ちなんでぇ……」
「……ほー……。
特性持ちにも、いろいろなタイプがいるんだな」
「出来るだけトリッキーで、こちらの予測を上回る攻撃をお願いしますぅ」
「了解。
そういうことなら……」
ひゅん。カン。カン。カン。
ざっ。
「……きゃっ!
足技!」
「いや、剣はよく受けるからさ。つい。
よっ」
ざっ。
「まだまだぁ!」
「……およっ?」
ざざっ。
「あれま。
組み打ちまでこなすのか。
最近の新人さん、レベルたけーな……」
「教官がたの仕込みがいいのでぇ。
それに、特性のおかげでとっさに体が動くっていうのもありますしぃ……」
「その特性については、あとで詳しく聞くことにしよう……とっ!」
カン。カン。カン。カン。カン。カン。……
「……ちょ。
先輩、早すぎ。
こんなの……予測できても、体がついてかない!」
……カン。カン。カン。カン!
「……あっ!
あーあ……」
「いや、でも、新人のうちにここまで粘れれば、かなり上等なんじゃね?」
「先輩クラスに本気で足を使われると、まるで手も足も出ないしぃ……」
「うーん。
しかし……そうか。
君の特性、なんとなくどういう性質のものなのか、わかった気がする。
ときどき、頭で考えたことに体の動きがついてこれていない節があったから……直感とか、短時間限定の未来予知とかなんじゃないか?」
「似て非なるもの、ですかねぇ。
何代分かの戦闘記憶がこの体に染み込んでいるみたいでぇ……。
頭でっかち、という意味では、確かにそういうのに近いところはあるかなーって……」
「……なーる。
何人分かの実戦経験が、生まれつき備わっている感じなのか……。
記憶とか経験いっても、口や文章では伝えられないものもあるわけだし……そういう、次代に伝えにくい記憶を受け継ぐような特性も、あるわけね」
「この手の特性は、何人か記録にも残されていましてぇ……ものの本によっては、武神の加護と呼んでいることもありますけどぉ……」
「時と場所によっては、それなりに重宝される特性なんだろうな」
「ええ。
今のような平和な時代に、わたしのような小娘に発現しても、宝の持ち腐れですけどねぇ」
「でも、たまたま近くに迷宮に出現して、その持ち腐れがお宝に戻った、ってわけか……」
「お宝になるかどうかはぁ、まだこれからのおはなしですけどぉ……」
「いろんなタイプがいるもんだなあ。
あっちではカスクレイド卿が、ティリ様にいいようにあしらわれているし……」
「カスクレイド卿も、速度や反射神経に補正がかかっているはずなのですけど……」
「ただ、対人戦の経験が圧倒的に足りてないからなあ。
簡単なフェイントにも、面白いように引っかかってら」
「あの方の場合……最初の一撃で片がつくことの方が、圧倒的に多くていらしゃるからぁ……」
「これまでは、鍛錬とか修練とかとは無縁でも、十分に通用したんだろうな」
「これからは、それだけでは足りないと?」
「……確証はないけど、多分な。
これまでの例からみても、大発生の直後ってのは、モンスターが一段、強くなるんだ。負傷者が多くなるのも、その時期に集中している感じだし……。
モンスターの質自体が、それまでとは違ってくる感じというか……」
「……それは、それは……。
わたしたちもぉ、せいぜい、気をつけなくては……」
「ぼっち王先輩!
こっちにもつきあってくださいませんかね!」
「……はいはい。
ま、お互い浴衣姿だし、あくまで軽くね」
「無謀ね、ハイネス」
がん。がん。がん。
「……きったねー……」
「ふふふ」
「特性とか絶対防御とか、きったねー!」
がん。がん。がん。
「無駄だ。マルサスとやら。
おぬしの攻撃は、いくらやってもこの余には届かん」
「……ですね」
ぱしっ。
「……え?」
「王子様ご自身は無敵でも、剣の根本を強打することはできるのか。
王子、剣が飛ばされましたが……これ以上、こちらに攻撃する手段はおありで?」
「……む。
その程度のことなら!」
「……おっと」
どすんっ!
「……ぐっ……」
「あー。
王子の特性、投げ技は、有効なんだ。
確かに、直接打撃を加えたりいているわけではないしなあ……。
温泉で溺れかけたことといい、絶対防御とかいいながらも、意外につけいる隙、多いようですね。
体全体がそのままでも楯扱いに出来るってのは利点だと思いますが……それだけでは、少し弱いかな。
もっと、攻撃方法を工夫しないと……。
いつまでも、カスクレイド卿とか他人頼みでもないでしょう」
「こ、これでも……最初の頃に比べれば、だいぶ、マシにはなってきたのだがな……」
「モンスターはこっちの事情に頓着してくれませんからね。
以前と比べれば、とかの御託は通用しませんぜ」