31.まおうとへいしのゆめ。
ちからがほしいか?
「……誰だ?」
ちからはほしくないか?
「……力、だと?」
うしなわれたみぎうでをおぎなってあまありあるちからだ。
「……それで俺になにをしろと?」
ほしいままに。
「……欲しいまま?」
このよのすべてをほっすることも、いくつものせかいをのみほすこともできよう。
「……ふっ。まるで、魔王のような……」
そのまおうのちからがほしくはないか?
「……まさか……おまえは……」
そのまさかといったらどうする?
「……」
あまたのせかいをのみこんだまおうがあれしきのことでほろびるとおもうのか?
「……」
われはなんどでもよみがる。
「……」
ひとによくぼうがつきぬかぎりわれはふめつだ。
「……」
われをうけいれよ。
「……」
さすればいかなるねがいもかなえることができよう。
「……自称魔王よ。その残骸さんよ。
あんた……馬鹿だろ?」
われがうつけともうすか?
「少なくとも、売り込み先を間違えているぜ。
おれはな……物心ついたときにはすでに魔王軍で働いていた。いや、働かされていた。親父だがじいさんだかの代に征服された世界の住人、その子孫だ。
いくつもの世界を転戦してきたが、おれと同じような境遇の兵士たちはいくさをやるごとにばかすかおっちんでいく。十人に一人も生き残れないいくさを何度も経験して、そんでも新しい兵士はどんどん補充されてくる。
そんな、物心ついて以来、使い捨てにされてきた四等臣民のおれに、だ……仲間たちを使い捨てにしてきた魔王と同じになれといわれて、はいなりましょうそうしましょうと素直にうなづくと思うのか?」
おぬしは……ちからをきょぜつするというのか?
「どうして拒絶されないと思うんだ?
そもそも……大きすぎる力を持って、それで心安らかになれるのか?
あんたは……平穏で満ち足りていたというのか? 魔王さんよ。
だったらなぜ……こうして、おれの頭の中にまで浸食してきて、未練がましく、今や難民同然のちっぽけなおれなんかの意向を気にしているんだ?
本当に力があるというのなら、おれの意向なんか無視して体を乗っ取るなりなんなりすればいいだろう。
もっとも……片腕を失い、それ以外にもあちこち骨折していて、なにかと不自由な並以下のからだだがな。
こんなもんでよければ、くれてやる。どうせ、今までだって何度も死線をくぐり、どうにか繋いでいるだけの人生だ。未練もないさ。
もっとも、くれてやったあとで……少しでもおれの意識を残しているのなら、覚悟はしておけよ。
おれには……おれたち魔王軍兵士には、魔王にたいする遺恨は余りあるほど持っている。
おれの体を乗っ取ったとしても……少しでも隙があったのなら乗っ取り返して、この体もろとも魔王の意識を抹消してやる。
なあ、魔王さんよ。魔王の残骸さんよ。
ふけば飛ぶような四等臣民のおれが偉大なる魔王さんと差し違えることができるんなら、そいつは対価としてみりゃあ、不釣り合いなほどに割がいいと……そうは思わないか?」
きさまは……。
「とりつく先か売り込む先を間違えたな、魔王さんよ。魔王の残骸さんよ。
魔王軍兵士、いや、元魔王軍兵士といえど、おれは……あんたの、敵だ。
それも、不倶戴天の天敵だ」
「……夢、か……」
『……起きたか? 酷い汗だ。
服を脱げ。一度、汗を拭おう』
「……ああ。すまない」
『なに。怪我人の世話にはなれている。
それに、怪我人自体も、それほど多くない。
お前が一番重傷なのではないか?』
「そうなのか?」
『そうさ。
負傷して助かっている者が少ない、というべきかな。
やつら、指揮官らしい者を優先的に、確実に潰していったし、投降者には寛大だったし……。
こういってはなんだが、いくさの相手としてはとてもやりやすい、勝つにせよ負けるにせよ、後腐れの作りにくい相手だった』
「そのやつら……ギルドといったか。
結局は、そいつらに負けたのだろう?」
『らしいな。
緒戦で四天王をやられて……その四天王が魔王まで召還したらしいが……そいつも、撃退されたらしい。
元の世界との門も塞がれ、おれたちはギルドに生かされている敗残兵ということになる』
「勝とうが負けようが、こちらを生かしてくれるんなら、せいぜい尻尾を振るさ」
『その意気だ。
それぐらいの元気があれば、傷の直りも……おい! なんだ、それは!』
「それ?」
『その……焼け落ちた膝の先から……なにか、生えかけているぞ!』
『それで……消失したはずの手が、再生しかけていると?』
『この透析写真をみるかぎり……小さいながらも、骨格は一通りそろっています。
このまま放置すれば、数日中には通常通りの大きさになるかと』
『彼は……そのような、生命力が強く四肢を失っても再生するような種族なのか?』
『通常のヒト族……とみて、間違いはありません。
彼自身も、そのように認識しております』
『なんらかの実験や改造を施された形跡は?』
『現在、改めて精密検査を受けてもらっていますが……彼自身は、これまでの生涯、ずっと戦場にいたと記憶しているようで……長期に渡って何らかの操作を受けたおぼえはないそうです』
『意識は、はっきりしているんだな』
『はい。
記憶は負傷前から連続しており、こちらの問診についても明瞭に答え、矛盾点はありません。
こちらの検査や問診についても協力的です。
彼自身が……再生中の腕と……他の負傷箇所が全治していることについて不審に思い、不安をおぼえているようで……その原因を、知りたがっています。
問診の途中で、少し気になることをいっていましたが……』
『気になること?』
『再生中の腕に気づく直前、魔王の夢をみたと。
それに……もし自分がこの先、魔王になったとしたら、即座に殺してくれともいってました。
どうも……彼は、自分の体が魔王に乗っ取られるのではないか……と、心配をしているようです。
非科学的な妄想……杞憂であると、断言したいところですが……』
『こっちの世界に来てからこっち、科学では説明できない事例ばかりを見せつけられてばかりだからな……。
われわれは、われわれの仕事を。
つまり、手持ちの機器で可能な限り精密な検査をおこなって……あとは、こちらの専門家にも相談しておこう』
『こちらの専門家……魔法使い、ですか?』
『そんなに渋い顔をするものではない。
彼らの魔法のおかげでこの迷宮から電力を引き出し、われらピス族も大いに恩恵を受けているのだ。
郷にはいれば郷に従え、餅は餅屋、さ』
「……きゃぁー!」
「……ん?」
「どうしましたか?」
「そ、そこに……」
「……これは!」
「なんとぉ!」
「なぜ、こんなことに……」
「……ふぁ。
なんの騒ぎだぁ……」
ばたん。
「……んー。
みなさん、おはよー……。
で、朝っぱらから、なに騒いでるの?」
「……シナクさん。
いいところに来ました。これをみてください」
「……って!
なに、これ!」
「脈はなく、体もすっかり冷たくなっています。
蘇生処理も、もう不可能でしょう。
ナイフで、喉を一突き。
手慣れた手口ですね」
「おい! ずいぶんと落ち着いているよなあ、レニー!」
「今さら、慌てたところで事態はよくなりません。
それよりも……まずいことになりましたよ。
殺害動機や下手人のことも、ですが……どうやったら、絶対防御の特性を持った王子を刺殺することが可能だったのか……まるで、予想がつきません」